幼女とモンスター料理と私
「というわけで、異世界に行きましょう」
「何でやねん」
私は目の前に座るピンク髪の幼女に、遠慮なくツッコミを入れた。
「人をいきなり拉致しておいて、一言目が『というわけで』って説明すっ飛ばしすぎやろ」
高校に向かう電車の中で、急にこのピンク幼女が近づいてきて、「子供をキュ○ハッピー色に染めた馬鹿親はどいつやねん!」と正義感を滾らせていると、急に意識がブラックアウトした。
そして気がつくと、七色の光に満ちたサイケデリックな空間におり、戸惑う私に投げかけられたのが先程の発言である。
「フ○ムのゲームかてもう少しチュートリアルあるやろ?」
「この状況で冷静なツッコミができる貴方に、事情説明とか不要ですよね?」
確かに、説明されなくとも状況は何となく分かっている。
「あれやろ、最近流行の異世界転移ってやつやろ?」
「失礼な、異世界転移はダン○インの頃からナウなヤングにバカウケですよ!」
「お前何歳やねんっ!?」
間違っても平成生まれではない。
「とにかく、ローズちゃんの神様パゥワァで異世界に送ってあげますから、一緒に冒険を楽しみましょう?」
「せやかて、今日は空手の稽古があるんや」
「今日は休め」
「そんなー」
「異世界に出荷よー」
パンッと私達は熱いハイタッチを交わす。
自称神様の怪しい似非ロリだが、このノリの良さは嫌いじゃない。
「コントはこの辺にしておいて、何で私が異世界送りなん? まだトラックに轢かれてへんで?」
「罪もないトラックの運ちゃんを前科一犯にするなんて、そんな酷い事できません!」
「罪もない女子高生を誘拐するのも酷いやろ!」
ちなみに日本の交通事故死者数は年間約四千人で、その内六割は高齢者、一割は十歳以下なので、異世界転移・転生しそうな中高生から中年までは三割、つまり年間千二百人ほどしかいない。
「それで異世界に送る理由ですが、ぶっちゃけただの暇潰しです」
「えっ、魔王を倒して世界を救うとかって理由やないの?」
「やだなー、私が世界を救う善良な神様に見えるんですか?」
「せやな」
私は心の底から納得した。ローズの見た目はただの淫乱ピンク幼女だが、その瞳はヘドロのように濁った冒涜的な光を放っている。
「そんなわけで、私の暇潰しに付き合ってくださいよ」
「う~ん、でも異世界って危険なんやろ?」
「そんな貴方に朗報です。今なら何とチート能力が選び放題っ!」
「えっ、本当なんっ!?」
「さらに今回は一周年記念でステータス・カンストまでおつけ致します!」
「まぁ、何てお得っ!」
「今すぐフリーダイヤル・1192―1919、1192―1919まで!」
「流石は淫乱ピンク、エロエロやな」
ちなみに私は1185作ろう鎌倉幕府世代だ。
「そんなわけで、身の安全は保証しますから異世界に行きましょう?」
「ええで、やりたい事もあったしな」
私はあっさり頷いた。散々もったいつけていたが、元から異世界に行く気は満々だったのだ。
「えっ、そんなに女騎士とゆりゆりプレイがしたかったんですか?」
「エロから離れろやっ! 私が興味あるのは色欲やなくて食欲の方や!」
「なーんて、最初から知ってましたよ、てへペロ♥」
「殴りたい、この笑顔」
と言いつつ殴りかかったら、あっさりとジョルトカウンターで返された。
へへっ、体重の乗ったいいパンチを打つじゃねえか。
「実を言うと、貴方が花より肉団子な食欲系女子で、これの愛読者だから選んだのです」
ローズはそう言うと、虚空からモンスター料理漫画こと『ダン○ョン飯』を取り出した。
「これを毎日のように読んで『あー、スライム食いたいわー』とか言うJKはそういませんからね」
「嘘やん、世界に千人はおるって!」
世の中にはロリのエロ漫画を描く女性や、ショタのBLを描く男性がいるくらいだ。スライムを食いたい女子高生なんて山ほどいるに違いない。
「いやいや、今時のJKなら『キャハハ、スライムとかマジキモイんですけどー』『スライムが許されるのは小学生までだよねー』って言いますよ」
「そのネタを知ってる時点で今時のJKやない」
「つまり、貴方は非今時JKなのですっ!」
「は、図ったなっ!?」
まぁ、オタクの両親にオタクエリートとして教育され、淑女の嗜みとして常に二十面体ダイスを携帯しているような私が、普通の女子高生を名乗る気は毛頭もないが。
「ハゲだけに?」
「ハゲとらんわっ!」
「そろそろハゲ美少女萌えの時代が来ると思うんです」
「来るかっ!」
ただ、その手の薄い本は探せば既にあると思う。
エロの世界は宇宙よりも深い底なし沼、大抵のジャンルは先人が既にやり尽くしているのだ。
「ケモ耳から男装の麗人まで、幅広く押さえた漫画神はマジで神ですよね」
「せやな、神のせいで何百万人の性癖が歪んだ事やら」
かくいう私もその一人である。キリコ×BJは鉄板、リバーシもOK。
「さて、このままBLとJUNEの違いを小一時間くらい語りたい所ですが」
「えっ、百時間の間違いやろ?」
「どんだけ腐ってるんですか、貴方はっ!」
「私が腐ってるんやない、世間の発酵が遅れているんや」
「だから無知蒙昧な民に腐敗の喜びを教えてやろうというのだっ! ……って魔王かい!」
「むしろガン○ムのラスボスやろ?」
「そうですね」
納得して頷き合う私達。マジで趣味だけは合う。
「そういうわけで、異世界に行ってモンスター料理を楽しみましょう!」
「強引に戻したな」
「このままダベっていると話が進みませんからね」
「誰に言っとんねん」
キリッとした顔で明後日の方を向くローズにツッコミを入れる。
だがそれも気にせず、彼女は私の手を取った。
「では行きますよ……ふんぐるい、むぐるうなふ、ベントラー、ベントラーッ!」
「混ぜすぎや!」
「あっ、言い忘れてましたけど、モンスター料理を楽しむ旅なので、モンスター以外を食べるのは禁止ですから」
「ちょっ、それキツすぎやて!」
後付けルールに抗議する暇もなく、また急に意識がブラックアウトする。
そして気がつけば、スライムやゴブリンっぽい生物がうろつく平原に立っていた。
「早速獲物を発見です、一狩り行きましょう!」
「えーい、もうやったるわ!」
相変わらず説明不足なローズに手を引っ張られて、私はやけになって近くのスライムに向かって突撃した。
こうして、私の異世界モンスター料理道が始まったのであった。
そして三ヶ月後。
「やってられんわっ!」
「わおっ、急にどうしたんですか?」
私は空の皿を地面に叩きつけると、まだ食事中のローズに詰め寄った。
「どうもこうも、モンスター縛りの料理はあかんて!」
「えー、美味しいじゃないですか?」
ローズは食べかけのドラゴン肉スープを掲げて、不思議そうに首を捻る。
「いや、確かに美味い物もあったで? ドラゴンは鶏肉っぽくて臭みがなかったし、ユニコーンの馬刺しとか柔らかくて食べやすかったし」
「『処女に食われるなら本望である、ハァハァ』とか超キモかったですけどね」
「甘いゼリー風だと思っていたスライムが、生臭くて酸っぱかったとか、残念な事も多かったけどな」
「消化液の塊みたいなモノですからね、ほぼゲ○ですよスライムなんて」
食っている最中にも同じ事を言われたのでローズをぶん殴り、ア○ロとブ○イトさんゴッコをしたのも良い思い出である。
ちなみに、スライムは細かく刻んでから鉄板で焼いてたら、もんじゃ焼きみたいで意外と食えた。
「美味い物も不味い物もどれも良い経験になって、異世界に来れた事はマジで感謝しとるわ」
「いやー、照れますね」
「せやけど、せやけどな……野菜が足りんねんっ!」
そう、モンスター料理は赤茶色い肉ばかりで、お皿を彩る野菜の緑黄色が不足していたのだ。
「どれもこれも肉肉肉肉って憎らしいわボケっ!」
「完璧始祖超人編は最高でしたね」
「誰がキン○マンの話しとんねん!」
「そこを伏せたらゴールデン・ボール男に聞こえちゃうじゃないですか、ス・ケ・ベ♥」
「やかましいわっ!」
怒ってラリアットをかまそうとしたら、逆に傲慢な即死技をかけられた。どこの虐殺王やねんこの幼女。
「でも、そんなに肉ばかりでしたっけ?」
「というか、野菜のモンスターが少なすぎるんや」
私はそう言って、今まで食べてきたモンスターを分類別にまとめたメモ帳を見せた。
【植物・菌類】
歩きキノコ 動くキノコ、普通にキノコの味
スポア 胞子の化物
トレント 動く樹木
バロメッツ 羊が生える花(?)、肉はカニの味
プラントモンスター 食人植物、消化液はドレッシングに使える
マンドレイク 人型の根菜類、引き抜くと悲鳴を上げてそれを聞くと死ぬ
「なっ? たったの六種類やで。しかもスポアとトレントは食う所ないし、バロメッツにいたっては羊が生えるとか、これ肉やんか」
太いヒマワリみたいな茎から羊が生えて、メェメェ鳴いているのを見た時は、危うくSAN値が直送されかけた。その後美味しく頂いたけれども。
「モンスターなんて動いて人間を襲うのがお仕事ですからね、動けない植物のモンスターは少ないですよ」
「せなや、気づかなかった私が悪かったわ」
いくら肉が美味くてもそれだけだと飽きる、という真理には気づけたが。
「メモでは一括りにしたけど、歩きキノコとプラントモンスターは種類が豊富やから、そこは救いやったけどな……せめて頭がパンやおにぎりのモンスターくらい用意しといてや」
「や○せワールドは管轄外なので」
いっそカレ○ックでもいいからお米が食いたい。
「あとな、食えないモンスターが多すぎやねん」
「そうでしたか?」
「むしろ食えるモンスターを紹介した方が早いくらいやわ」
私はそう言ってメモ帳のページをめくる。
「無駄に長いので読み飛ばしても構いませんよ」
「誰に向かって言っとんねん」
【魔獣】
アクリス 寝そべれず、木に寄りかかって寝るヘラジカ
アスピドケロン 島ほども巨大な亀
アンピプテラ ドラゴンの一種、手足がない
ヴィーヴィル 頭に宝石が生えたワイバーン
オドントティラヌス アレクサンダーを襲った三角獣
オルトロス 頭が二つの犬
キャスパリーグ 化け猫
クラーケン 巨大なイカ
ケルピー 灰色の馬、人を溺れさせて食う
ケルベロス 地獄の番犬、三つ首
ジェヴォーダンの獣 牛サイズの黒い狼
シーサーペント 巨大なウミヘビ
シーホース 半馬半魚、別名ヒッポカムポス、攻1350・防1600
ジャイアント○○ 大きなネズミ、イヌ、カラス、サメ等々
ダイナソー 恐竜
タルー・ウシュタ 水牛、メスと交尾して子供を産めなくする
ドラゴン 竜、東洋系の場合は龍
バイコーン 二本角のユニコーン、不純
バジリスク 石化のトカゲ、また死んでおられるぞ
パピルサグ サソリの魔物
ヒドラ 九首の竜、血が猛毒
ヒポグリフ グリフォンと馬の合いの子
ピュートーン 足のないドラゴン
ファイア・ドレイク 炎を吐くドラゴン
フェニックス 炎に包まれた不死の鳥、漫画神の火の鳥って性格悪いよね
ブラックドッグ 不吉な黒い犬、亡霊や妖精に分類される事も
ペガサス 翼の生えた馬、星座カーストの元凶、蟹座は泣いていい
ベヒモス 巨大なカバ、悪魔でもある
ペリュトン 翼の生えた鹿
ヘルハンド 黒い地獄の番犬
ペルーダ 蛇の頭、亀の胴体、ライオンの髭っぽい毛が生えた謎生物
ユニコーン 一角獣、処女厨
ラストモンスター アルマジロ、武器を溶かす。やっぱり拳こそが最強の兵器!
ラドン 百の頭を持つ蛇、怪獣王と戦った方ではない
ロック 巨大な鳥、シンドバッドの冒険に出てくる奴が有名
ワイバーン 前足のないドラゴン
【合成魔獣】
キマイラ ライオン、山羊、ドラゴンの頭、蛇の尻尾、蝙蝠の翼を持つ
グリフォン 鷹の翼と前半身、虎の後ろ半身
コカトリス 鶏に蛇の尻尾、石化の毒を持つ
マンティコア 老人の顔、ライオンの胴、蝙蝠の翼、サソリの尻尾
ミルメコレオ ライオンの顔、アリの胴体、肉も草も食べられず勝手に餓死する
【巨大昆虫】
ジャイアント○○ 巨大なアリ、ハチ、クモ等々
クロウラー 巨大な芋虫
ワーム 巨大なミミズ
【分類不可】
スライム 不定形の生物、てけりり
「基本的に獣か虫、それの合成系しか食えるモンスターおらんねん」
「昆虫を普通に食品扱いするJKに草不可避です」
「食文化に貴賤はない、あるのは好き嫌いだけや」
それに普通の小さな虫ならともかく、巨大モンスターになるともう別物としか思えず、食べるのに抵抗感は少なかった。
昆虫はその小ささから脳味噌や目玉、外殻や内蔵まで丸ごと食べるしかなく、それが見た目も相まって嫌悪感を呼ぶのだと思う。
しかし、巨大昆虫だと普通に捌いて肉だけ取れるので、虫っぽさが感じられないのだ。
「そんな虫でも食える私でもな、こいつらはあかんて」
私はさらにメモ帳をめくり、食えなかったモンスターの一覧を見せた。
【アンデッド】
ヴァンパイア 吸血鬼
ウィルオーウィスプ 火の玉、死者の魂
グール 腐った死体
ゴースト 幽霊
スケルトン 動く骨
スピリット 死人の怨霊
ゾンビ 腐った死体
デュラハン 首を抱えた騎士の亡霊
バンシー 少女の幽霊、金切り声を上げる、バ○ァァァジィィィィ!!!
ポルターガイスト 物が勝手に動く
マミー ミイラ男
レイス 怨念
ワイト 亡霊
【亜人】
アルゴス 百の目を持つ巨人
イエティ 毛むくじゃらの巨大な男
ヴォジャノーイ カエル人間、ルサールカの夫
オーガ 鬼、角が生えた巨人
オーク 豚鼻の人型、くっころ風評被害者その一
カークス 火を吐く巨人、ウォルカヌスの息子
ギルマン 半魚人
ケイブマン 猿人
コシチェイ 若い女性を襲う老人の妖怪
ゴブリン 小さな鬼、くっころ風評被害者その二
コボルト 犬顔の小人、モフモフ
ジャイアント 巨人、16文どころじゃないキック
シー・モンク 知能がある半漁人、十字を切る
スキアポデス 一本だたら
トルバラン 逆サンタクロース、人さらい
トロール 高い再生能能力を持つ巨人、太陽光を浴びると石になる
ノール 巨大なコボルト
バグベア ゴブリンの一種
バードマン 羽の生えた人間、高所から弓はTOにて最強
バーバ・ヤーガ 山姥
ピクシー/フェアリー 小さな妖精
ブレムミュアエ 胸に顔がある人間、ポクテ
フンババ 一つ目一つ足の巨人
マインドフレイヤー 脳味噌を食らう触手顔の生物
モルモー 女吸血鬼
リザードマン トカゲ人間
【半人半獣】
アンドロスコーピオン 人間の上半身、サソリの下半身
エキドナ 上半身は美女、下半身は蛇、魔獣の母
エンプーサ 男を襲う女、片足が青銅、もう片方はロバの足
グラシュティグ 下半身が山羊の女性
ケンタウロス 馬の首から人の上半身が生えている
ゴルゴン 髪の毛が蛇、石化の魔眼を持つ、メデューサもこの一人
サテュロス 頭に角が生えて、下半身が山羊の男
ジャン・ドゥ・ロール 熊人間
スキュラ 下半身が蛇と触手の美女
スフィンクス ライオンの体、ワシの翼、美女の顔、謎々が好き
セイレーン 上半身が女性、下半身が鳥or魚、美しい歌声で船を難破させる
セルキー アザラシの皮を着た女性
ナックラヴィー 醜いケンタウロス、酷い顔面差別である
ハーピー 下半身と腕が鳥の人間、金切り声を上げる
マーマン/マーメイド 下半身が魚の人間
ミノタウロス 牛顔の人間、ミノ・タン・ロース
メリュジーヌ ドラゴンの下半身と翼を持った女性
ライカンスロープ 狼男
ラミア 蛇の下半身をした女性、抱き枕は十万円
【魔法生物】
インヴィジブル・ストーカー 透明な謎の生物
ガスクラウドガス 生命体
ガーゴイル 動く悪魔の石像
ゴーレム 動く泥人形、ロボだこれーっ!
ドッペルゲンガー 自分そっくりの二重存在、芥川龍之介も見た
ホムンクルス 人工生命体、メルクリウスはプリティー
ミミック 宝箱が襲ってくる、ザラキはやめて
【悪魔】
インプ 小さな悪魔
インキュバス エロ淫魔♂
サキュバス エロ淫魔♀
デーモン 魔神、増殖させて経験値を稼ごう!
バフォメット 山羊頭の悪魔
【妖精】
キキーモラ 働き者の味方をする妖精
グレムリン 機械を壊す妖精、十二時過ぎにエサを与えてはいけない
クー・シー 犬の妖精
ジャックオーランタン カボチャ頭、ヒーホー
ジャックフロスト 霜の妖精、王様や邪悪になったり、学ランを着たりと忙しい
ドライアド 木の精霊、イケメンを捕らえる肉食系女子
【精霊】
イフリート 炎の大精霊、壺の魔神
ウンディーネ 水の精霊、美しい女性の姿
サラマンダー 炎のトカゲ
シルフ 風の精霊、美人
ジン 風の大精霊、ランプの魔神
バーゲスト 黒い犬、不吉の象徴
プーカ 悪い精霊、馬に変身して現れる
ボガート 名前をつけると凶悪になる妖精
リャナンシー 男を虜にする
ルサールカ 水の精霊、美人
レッシー 森の精霊
「腐ってたり、無機物やったり、実体がなかったり、食えんモンスターが多すぎや」
私がそう文句を垂れると、ローズは不思議そうに小首を傾げた。
「でも、亜人や半獣人は食べられますよね?」
「物理的に可能でも心理的に食えんわっ!」
「ハーピーの手羽先とか、フェアリーの串焼きとか、いくらでもイケますってっ!」
「笑顔でおぞましいこと言うなっ!」
いくら異世界で倒していいモンスターだろうと、人間と似た姿の生物を食うのはごめんである。
そう告げると、ローズはさらに不可解そうな顔をした。
「けど、猿の脳味噌を食べる料理とかありますよね?」
「あるけど、あんなんゲテモノ――」
「昆虫料理だって人によってはゲテモノですよ。『食文化に貴賤はない』と言った貴方が、今更その程度で怯むはずもないでしょう?」
「うぐっ……」
私はつい言葉を詰まらせる。
そうだ、喜々としてモンスターを食べてきた私が、『ゲテモノだから』なんて世間一般の価値観を気にするなんて嘘だ。しかし――
「じゃあ、質問を変えましょうか」
ローズは不意に一歩詰め寄ってきて、底なし沼のような瞳で私を見上げた。
「貴方は『人間』を食べてみたくはないのですか?」
「――っ!?」
私はまた言葉を失う。何故なら図星だったから。
「ふふっ、ちゃんと選んだと言ったじゃないですか」
蠱惑的に笑うピンク幼女神は、最初から私の内側にあるモノを見抜いていたらしい。
「貴方は猟奇殺人鬼ではない。人肉を食べるという反倫理的な行為に、快感を覚えたり欲情するといった事もない。あるのはただ一つ、『美味しい物を食べたい』という純粋な食欲」
そう、私は美味しい物が食べたいのだ。最高の美食を味わってみたいのだ。
そのためならばスライムだろうと昆虫だろうと、試食する事に抵抗はない。
「けれども、貴方は『最高の美食』が何か元より知っていたんですよね?」
何かの雑誌で見たのか、ネットで見たのか覚えてはいないけれども、美食の果てにあるモノを私は知っていた。
古代の中国に伝わる話で、女児に甘い桃だけを食べさせて育てると、その子の汗や唾液は甘い桃の味に変わるのだという。
ただ、桃しか食べさせないので栄養が偏り、糖尿病などを発症してその女児はすぐに死んでしまう。
そして、女児の死体には桃の香りと甘みがたっぷりと凝縮されており――という残酷な噂話である。
この話が真実かどうかは知らない。ただ、家畜に良いエサを食べさせると、その肉も美味しくなるのは事実だ。ならば――
「美味い物を食べて食べて食べ尽くした人間こそが『最高の美食』になる。そうですよね?」
ローズは微笑みながら、その細い指で私のお腹を撫で上げる。
「だから、貴方は美味を極めた『最高の自分』を食べたい」
誤魔化しようもない、それこそが私の欲望。
豚を、牛を、鳥を、魚を、昆虫を、スライムを、魔獣を、あらゆる食を試した果てにある、自分という最高の美食を貪り食らいたい。
「ベルゼすら感心しそうな暴食の欲望、だから私は貴方を選んだのです」
ローズが愛おしげに私の腹に頬ずりする。
勿論、その中には誰もいないが、仮にいたとしたら、この幼女は喜々として調理したのかもしれない。
「ここは異世界なんです。地球で貴方を縛っていたモノは何一つない自由な世界。だから、下らない倫理観なんて捨てて亜人や半獣人も食べましょう」
「そんで、最後に私を食べるんか?」
「はい」
ローズはメッチャいい笑顔で頷いた。
なるほど、笑いの趣味だけでなく、こっちの趣味も合うからこそ、この淫乱ピンク暴食幼女は私を選んだのか。
「骨の髄まで味わわせてくださいね」
先に少しだけ味見とばかりに、背伸びをして迫ってきた小さな唇を、私は拒めなかった。
これはモンスター料理どころか、人としての道を失敗した私が、最高の美食になるまでのお話。