相談
ドッドッドッド……
心臓の鼓動が嫌に大きく聞こえる。
人を殺してしまった。
しかし、現実感はあまりない。
スキルによって体が自動的に動かされたためか。
刀の切れ味がすごすぎて、ほとんど手に抵抗を感じなかったためか。
ただ、目の前に死体が転がっており、血のにおいが充満していることに対して、気持ち悪さを感じてしまう。
ほんの少しの間、刀を構えたまま突っ立っていた。
すると、再び耳が音をとらえる。
……ガサガサ
もしかして、ほかにも人がいたのか。
そう思ってあたりを見渡した。
どこだ。
そう思った時、近くの草むらから草の塊が飛びかかってきた。
人じゃない。
あわててバックステップを踏み、距離をとる。
よく観察してみると、緑色の毛をもつ犬、いや、これは狼か。
フォレストウルフというやつか。
ということは、モンスターか。
――アオーン
俺に対する攻撃が失敗に終わると、フォレストウルフはおたけびをあげた。
すぐに飛び掛かってくる様子はなく、俺も相手もお見合い状態になる。
すると、遠くから先ほどよりも多くの数の狼が集まってきてしまった。
さっきのは仲間を呼び寄せるためだったのか。
どんどん集まり、合計8匹にまで増えてしまった。
フォレストウルフの大きさはそこまで大きくはない。
せいぜい中型犬サイズくらいだ。
緑色の体毛も草むらに隠れている時には気づきにくいのかもしれないが、こうして目の前に出てきさえすれば見間違うこともない。
逃げ切ることは難しいだろう。
刀を構えて迎え撃つ。
フォレストウルフの攻撃で気を付けるべきところは牙と爪だ。
特に噛みつきだけは避けなければならない。
3匹が同時に襲い掛かってくる。
先頭の1匹に対して真上から刀を振りおろし叩き斬る。
ついで、左から近づいてきたものに対しては、左手で顔面を殴るようにして吹き飛ばし、右後方からきたものはけりをくれてやった。
殴り飛ばしたやつはすぐに体勢を立て直す。
しかし、蹴りを入れた個体は体をけいれんした後、動かなくなった。
靴を金属で強化しておいたのが効果を発揮したようだ。
それを確認した後、すぐに左側の1匹も切り捨てる。
残りは5匹。
奥にいる少しだけ体が大きいのは、この群れのリーダーなのだろうか。
3匹がやられたことを警戒したのか、5匹は俺を取り囲むように移動する。
前横後、すべての方向から同時に俺を攻撃する気なのかもしれない。
タイミングを見計らう。
リーダーのフォレストウルフが「ワウッ!!」と叫ぶと同時に、5匹ともが一斉に襲い掛かってきた。
まだだ。
もう少しひきつける。
――回転切り
フォレストウルフの連携は完璧だった。
5匹ともがすべて、同じタイミング、同じ距離で近づいてきたからだ。
しかし、刀術スキルによる回転切りは1匹たりとも俺の体に触れることを許さず、全方位のフォレストウルフを切っていた。
すべて倒した。
いや、違う。
蹴りを入れたやつはまだ死んではいない。
落ち着いて近づいていき、刀を振り下ろした。
これでもう大丈夫なはずだ。
本当にスキルの効果はすごい。
全く危なげなく倒せた。
しかも、今回は刀による攻撃だけではなく、蹴りなどを自分の意志で攻撃に加えたので、「戦った」という感じがした。
ふ〜と息を吐く。
耳をすませてもほかに生き物の動く音は聞こえてこない。
もうこれ以上は来ないでくれよ、と思ってしまった。
ただ、対人戦を行ったあとに感じていた気持ち悪さはフォレストウルフとの戦闘によってマシになったように思う。
少し頭が冷静さを取り戻していた。
だが、近くには当然のことながら死体が残っている。
せめて墓でも作ってやるか。
唐突にそう思った。
相手のことを憐れんだというわけではない。
こいつらのことは名前も知らなければ、いきなり殺そうとしてきた奴らだ。
しかし、人を殺したことには変わりない。
ただ、墓でも作れば自分は悪くなかったと思えるとでも感じたのかもしれない。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【土魔法】
土魔法には【落とし穴】という呪文があった。
ピットフォールと唱えると、半径1m・深さ1mの穴ができる。
さらにもう2回、同じところに魔法を使ってより深い穴を作る。
そこに3人の死体を入れて、上から土をかぶせた。
特に墓石などはないが、それは許してもらおう。
少しだけ盛り上がった土の前に立ち、両手をパンパンと叩きながら「成仏してくれよ」と願う。
今更だが、アンデッドになったりしないだろうな。
ちょっと心配だが、まあ、とりあえずはこれでいいだろう。
墓作りを終えると、今度はフォレストウルフの処理を行うことにする。
しかし、これも困った。
解体などしたことがないし、そもそも持ってきていた袋には採取した薬草が詰め込まれている。
持って帰るのは難しいか。
どうしたものかな、と思ったが、よく考えると俺にはスキルがあるじゃないか。
持って帰れないのならば、この場で使えるものにしてしまえばいいじゃないかと気がついた。
それに、解体もスキルでやってしまおう。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【解体】
フォレストウルフの8匹をひとまとめにして、頭の中で解体と念じる。
パッと光り輝くと、フォレストウルフの死体は牙と爪、そして毛皮へと別れていた。
お肉はどこに行ったんだろう。
別に食べたいというわけでは全くないが、消えてしまった肉の行方が気になってしまう。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【皮革加工】
集めた毛皮のうち、5匹分を使って外套を作ってみた。
革鎧の上から着ることができるサイズだ。
頭を覆うフードもついている。
フォレストウルフの長さ2〜3cmほどの緑色の体毛、これがそのままの状態で残っているため、この外套を着ると周りの景色に溶け込むような感じになった。
なんかあれだな。
ギリースーツとかいうやつみたいになったな。
毛があるにもかかわらず、着ていてもあまり暑く感じない。
しばらくはこれを使っていくことにしよう。
残りの3匹分の毛皮からはウエストポーチを作った。
これに牙や爪を入れる。
さて、薬草もこれ以上は採取しても持ち帰れないし、今日はもう街に帰るとしよう。
元来た道を引き返すようにして歩き始めた。
□ □ □ □
街に帰り着いたのは夕方になる前の時間帯だった。
冒険者ギルドの建物へと入り、素材買取用のカウンターへと足を運ぶ。
俺のように袋などに素材を入れて持ち帰るとこのカウンターを使うが、馬車を使っているような人は奥の倉庫に直接持っていき、換金をするようだ。
しばらく順番を待ち、ようやく俺の番が来た。
「これお願いします。最初の薬草採取でとってきた薬草です」
そういって、袋をカウンターの上に置く。
素材を鑑定しているのは、20歳代半ばくらいの男性だ。
袋一杯に入った薬草というのは普通よりも量が多かったらしい。
薬草の相場は50株で100リルらしい。
思ったよりも安いんだなと思ってしまう。
あまり高かったら、摂りつくされる可能性もあるから安めに設定しているのだろうか。
今回、俺は450株として900リルが渡された。
何となく、フォレストウルフの牙や爪は売らずに持つことにした。
というか、フォレストウルフは駆除依頼が出ており、その討伐照明部位はなんとしっぽだったのだ。
しっぽを提出すれば報酬が出るが、牙や爪は削って弓の矢じりに使うくらいであまり高値にならないという。
それならば、自分で持っていたほうがいいかと思ったからだ。
素材を買い取ってもらったから、もう宿に戻ろう。
そう思ってドアに向かって歩き出した時に、声をかけられた。
「今日は変わった格好をしてますね。草むらが動いているのかと思いましたよ、ヤマトさん」
そういって、話しかけてくるのはサラサラの金髪をポニーテールにしてまとめたアイシャさんだった。
「もう薬草採取には行かれたのですか? って、どうしたんですか。顔色が悪いですよ」
軽い立ち話のつもりで話しかけたのであろうアイシャさんが、心配そうに尋ねてくる。
「ああ、いや大丈夫ですよ。薬草はちゃんと採ってきましたよ」
「あまり大丈夫そうには見えないですけど。何かありましたか?」
「うん、ちょっとね。あの、もしよかったら少し相談に乗ってもらえませんか?」
つい、アイシャさんにお願いしてしまった。
いきなり言ったので、てっきり断られるかと思っていたが、ありがたいことにOKをもらえた。
ちょうど今日は仕事も早上がりで、今からギルドを出るところだったようだ。
ギルドを出てから、アイシャさんのおすすめのお店に連れて行ってもらう。
少し通りから離れたところだが、安くておいしいお店だという。
店まで来ると驚いた。
見た目は普通の家だ。看板が出ているわけでもなく、外からは食堂にも見えない。隠れ家的な店なのかな?
中へ入る。
外からは分からなかったが中はいくつかのテーブル席があり、確かに店だというのが分かった。
「いらっしゃい、アイシャちゃん。あら、珍しい。今日はお友達と一緒なのね」
そういって、アイシャさんと話をしているのはおばあさんだった。
あの人がこの店をやっているのか。
小柄な体格で笑顔もしわだらけだが、やさしい雰囲気を持っている。
この店はアイシャさんにとって、きっと居心地のいい空間なのだろう。
お任せで出された料理は、深い味わいのあるコンソメスープとロールキャベツだった。
1つの皿にデンと乗ったロールキャベツを2人で切り分けて食べる。
うまい。特に噛むほどに出てくる肉汁が素晴らしい。
食事をしながら、アイシャさんには今日あったことを話していく。
いや、正確には昨日のことからになるのか。
もう落ち着いたつもりになっていたが、自分で思っていたよりもショックを受けていたようだ。
話す順番なんかもグチャグチャのまま自分の気持ちを吐きだしていく。
アイシャさんはそれを遮ることもなく、相槌を打ちながらずっと聞き続けてくれていた。
すべてを話し終えると、そこでようやくアイシャさんが話し出した。
「ヤマトさんが無事でよかった。よく頑張ったと思うよ」
やさしい口調で話を続ける。
「冒険者は危険な仕事だからいろんな人がいるの。中にはほかの人に暴力を振るう人もいるし、力を振りかざす人も珍しくないわ。そんな時、自分を守れるのは自分しかいない」
アイシャさんはそこで一度言葉を止めて、こちらを真っ直ぐに見つめてくる。
「だからね、ヤマトさん。そういう時は絶対にためらっちゃだめよ。自分の身を守るとき、それに仲間を守るとき、やさしさから力を使うのをためらってしまう人ほど、早くいなくなってしまうの。私が受付嬢になってからだけでも、そういう人が何人もいたから……」
そういいながら、アイシャさんは右手を挙げ、小指だけを伸ばしてこちらへと向けてくる。
「だから、約束。また同じようなことがあったら、今度もちゃんと自分を守ること。今ここで私と約束よ」
もしかして、この小指は指切りをするということなのだろうか。
この世界にも指切りってあるんだな、と思ってしまった。
「はやく約束しなさい」
指切りについて考えていると、アイシャさんに命令される。
ずっと腕を上げている状態を俺が見ているだけだったのが悪かったようだ。
俺も指を伸ばしてアイシャさんの小指にかける。
「約束します。俺はアイシャさんの前からいなくなったりしませんよ」
照れくささから、つい冗談っぽく言ってしまった。
しかし、そんな俺の言葉を聞いて、にっこりとほほ笑むアイシャさん。
気がついたら、俺の心の中にあったモヤモヤした気持ちはなくなっていた。
相談して正解だった。
ていうか、良い人すぎるぞアイシャさん。
美人でやさしくて、こんなに親身に相談にのってくれる人がいるなんて。
異世界最高じゃねえかと思ってしまった。