森の中での戦闘
朝、目が覚めたら井戸水をくんで顔を洗う。
空を見上げると、雲一つない天気で、日の出の暖かな光が広がっている。
今日はさっそく森に行ってみよう。
昨日冒険者と喧嘩してしまったので、ギルドにはよらずに素通りして西門へと向かうことにした。
ハードレザーアーマーに身を包み、2種類の刀剣、鉄で強化した靴、そして何も入っていない袋、以上が俺の装備のすべてだ。
これで森のなかに入ったら、「森を舐めんな」と怒られてしまいそうな気もする。
昨日アイシャさんに必需品なんかを聞いておけばよかったなと後悔した。
まあ、いざとなったらスキルを使ってどうにかしようと考えながら歩いて行く。
街の外へとつながっている西門に到着。
どうやらこの街は城郭都市になっているらしい。
街の周りには10mくらい高さの壁がずっと続いている。
壁だけではなく等間隔にさらに高い尖塔のようなものがあるところをみると、あの塔の上から見張りなどもしているのかもしれない。
モンスターの襲撃なんかもあったりするのだろうか。
門をくぐって外へ出る。
周りは延々と続く草原、などではなく畑になっていた。
ところどころに小屋みたいな建物があるが、人が住んでいるんだろうか。
すでに農作業をしているひとも見かける。
しばらくは、そんな景色が続いている。
最初は興味をひかれて周りを見ながら歩いていたが、次第に飽きてきてしまった。
森に着くまではまだ少し距離がありそうだ。
そこでウォーミングアップの代わりに走ってみようと考える。
まっすぐに西に向かって走る。
けれどすぐに異変に気がついた。
走り続けているにもかかわらず、息が苦しくならないのだ。
薄っすらと汗ばむ程度でまだまだ走れるという実感がある。
特にそれらしいスキルをつけたわけではないが、ステータス画面を確認してみることにした。
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名前:ヤマト・カツラギ
種族:ヒューマン
Lv:1
体力:93
魔力:100
スキル:異世界言語・ペイント・刀術
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走りながら、あれ? と思って立ち止まる。
体力が減っている。たしか体力は100あったはずだ。
うーん、と考えていると、いつの間にか数値は94に変わっていた。
これはもしかすると、考え違いをしていたのかもしれない。
俺はてっきり、体力というのはゲームでのHPのようなものかと考えていたのだ。
体力が0になったら死亡。少しでもあるうちに回復すれば怪我も治る的な。
だが、これはもしかして体力=スタミナなのかもしれない。
ステータス画面を表示させながら再び走ってみる。
少し走っていると、また数値が減った。
時計がないのでなんとも言えないが、1分間走ると体力を1消費すると思う。
逆に動きがない状態なら1分間で体力1が回復するみたいだ。
そうなると、ちょっと気になることが出てきた。
魔法や生産系スキルを使うと、魔力を消費していた。
刀術として刀を振るうとその分体力を使うのだろうか。
刀術スキルの中には【回転斬り】なる項目がある。
これはアーツと呼ばれるものに当たるのかもしれない。
鞘から剣を抜き、構える。
頭のなかで回転斬りと念じる。するとそれだけで、自然と身体が動く。
左足を軸として、スッと刃を平行にして一瞬で一回転する。
空気を切り裂く鋭い斬撃を全方位に繰り出し、しかし、すぐにもとの正面へと向き直っている。
刀を鞘に戻してステータス画面を確認してみると、体力は20も減っていた。
思ったよりも減っている。
5回連続で回転斬りしたらどうなるのか。
ぶっ倒れてしまうのか。
死にはしないと思うのだが、動けなくなった場合、森の中だと非常に危険だろう。
もう一度、刀を手に取り、素振りを行う。
アーツを使うことなく、しかし、いろんな動作で身体を動かして空を切り裂く。
たまにチラチラと画面を見ると、今度はそれほど体力は減っていない。
走っているときと同じ、1分間に1消費くらいだ。
ペイントスキルを使ってステータス画面にスキルを書き込むだけで劇的な変化が現れる。
かといって、それだけで調子に乗っていては危ないのかもしれない。
アーツを使う場合は連戦や長期戦といったものは避けるべきだろう。
ただ、アーツを使わなければ100分間継戦可能というのは助かる。
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いろいろ試した結果、歩いているときには体力が回復することもわかった。
森までは走り続けることにする。
途中からは畑もなくなり、西に向かって馬車の轍を追いかけるようにして30分ほど走ったあたりで森の手前に到着した。
しかし、森の手前には建物やテントがあり、その周りを掘りと木の杭で囲った場所がある。
みると中には冒険者らしき人が何人もいた。
「あの、ここで何をしてるんですか?」
入口らしきところから入るとすぐに小屋があり、その小屋の前で椅子に座っている人がいたので聞いてみる。
「何ってここは荷物や荷馬車を預けておく拠点だ。森の中は馬車で移動できないところも多いからな」
なるほど、と思う。
俺が持つ素材を入れる袋は上の口の部分を紐で縛るだけの単純なものだ。
大した量も入らないだろうし、それほど強度もない。
リュックや背負子などを使っても、そこまで大量の素材は持ち帰れないだろう。
この拠点まで馬車できて、預けておいて、森でモンスターを狩ったりして素材を取る。
持てない量になる前に拠点に帰ってきて、馬車に積めばもう一度森へ行ってまた素材を集める。
そうやって、たくさん集めた素材を街に持ち帰り換金するってところか。
小屋とは別にテントを張っている人がいるということは、この拠点で泊まる人もいるのかもしれないな。
ま、今のところこの拠点を使う必要はない。
アイシャさんに言われたとおり薬草を取りに行こう。
「薬草は森の中の泉の近くに生えてるって聞いたんですけど、どのへんにあるんですか?」
「ああ、新人の薬草採取ってことか。それならあっちの方向に入っていけばじきに見えてくる。ちゃんと根っこの部分は残しとけよ」
「了解です。ありがとうございました」
丁寧に教えてくれたので助かった。
拠点を出て、森の中へと入っていく。
日本で森ときくと、山の中というイメージをしてしまうが、この森は平地のようだ。
だだっ広い場所に、ものすごい数の木が生えている。
1mくらいの太さの木がボンボンボンと生えていて、森の中は薄暗い。
草は短いものから膝上くらいまでの高さのものが色々生えている。
ただ、泉への方角は人がよく通るのだろう。
踏み固められて地面が見える様になっており、そこまで歩きにくいというわけでもなかった。
ところどころ横にそれるような感じで人が移動した形跡らしきものがある。
きっと、奥に行けば行くほど獣道を通るようにしてモンスターを狩っていくのだろう。
木漏れ日が差し込むなか、歩いているとたまにガサッと音が聞こえるとドキリと緊張してしまう。
泉につくまで3回ほど他の冒険者を見かけたが、相手はこちらを確認するとすっといなくなる。
モンスターと間違われたりしないか怖い。
泉につくと、ホッとした。ここは木が少なくなっており明るい。
泉と聞いてもっと小さいものをイメージしていたが、それなりの大きさだ。
大きめのため池といった感じだろうか。
水は透き通っており、キレイだ。
飲んでも大丈夫だと教えてもらっていたので、一口手ですくって飲んでみる。
うまい。
まろやかな味がする。
ついつい、2回3回と飲んでしまった。
そばに落ちていた石に座って休憩をする。
のどかだ。
モンスターがいると聞かされてなかったら、ここに別荘でも建てて住みたいくらいだ。
休憩を終えたら、いよいよ薬草採取に取り掛かる。
最初は薬草くらい誰でも取れる楽なお仕事、と思っていたが、森に入って考えが変わった。
周り全部が木と草なのだ。
よもぎに似た薬草を探すのはおもったより大変そうだ。
そう考えた俺は、ためらわずスキルに頼ることにした。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【採取】
採取スキルを発動する。
ギルドで見せてもらった薬草を思い浮かべる。
すると、草の中でぼんやりと光りを放つところがある。
近づいて邪魔な草をかき分けてみると、たしかに薬草があった。
泉の近くはやはり薬草を取る人が多いのだろう。
泉から離れるほど、まとまって薬草が生えているところがある。
採集スキルの光を追いかけるように夢中になって薬草を摘み取っていった。
持ってきていた袋にどんどんと薬草を放り込んでいくと、袋一杯になっていた。
まだ太陽は真上に来たくらいだが、今日はこのへんで十分だろう。
そろそろ帰るか、と思ったときに、ガサリと言う音が聞こえた。
さっと周りを見渡してみると、人影が目に入る。
モンスターではなかったようだ。
いざ森に入ってみるとやはりモンスターに出会うのは怖いと感じてしまう。
人の姿が見えてホッとした。
「よう、またあったな。糞ガキ」
なんのことだ?
そう思って、よく見てみると、こいつは昨日絡んできたやつか。
確かあの時、正面に立っていた男だ。
金属で補強された革鎧を着ており、右手には抜き身の剣を手にしている。
明らかに雰囲気が悪い。これが殺気立っているということなのだろうか。
間違っても「昨日はごめんね。これからは仲良くしよう」と言うために現れたわけではないだろう。
さらにガサリと音を立ててもう2人が出て来る。
こちらもすでに武器を手にしている。片方は剣を、もう片方がナイフのような小剣だ。
「こんにちは。何か用?」
こちらはまだ武器を抜かない。
こいつらは本当に襲ってくるのか。
昨日やりあったが、たかがケンカじゃないかと思う。
わざわざ森に追いかけてきてまで本当に人を殺すのか?
「何か用だと? 決まってんじゃねえか。恥かかせやがって。ぶっ殺してやんよ!!」
――ステータスオープン:ペイント・スキル【刀術】
最初に話しかけてきた男が叫びながら走り始める。
それと同時に他の2人も駆け出した。
話し合いの余地はまったくない。
やるしかない。
男が振り下ろした剣を右に飛ぶようにして避ける。
が、いきなりの殺し合いで初動が遅れた。
剣先が左腕にかすめる。
痛みより先に、カッと熱さを感じた。
体が震える。
怖い。
しかし、次が来る。
後ろから追いかけてきた、昨日腕が折れたと叫んでいたやつが剣を突き出してくる。
身体は全く反応せず、動いてくれない。
しかし、頭だけは周りをスローモーションで捉えていた。
――居合斬り
恐怖ですくんで動けない身体は、しかしスキルを発動すると自動的に動き出す。
いまだに刀を抜いていない状態。
そこから繰り出される最速の攻撃。
なんの抵抗もなく、突き出された剣を切り、さらには男の首を切り飛ばした。
一瞬の出来事、次の攻撃として控えていたのだろうその後ろにいた男に斬りかかる。
居合い斬りで右上にと掲げられていた刃を、元に戻すように振り下ろす。
次の瞬間には、左の鎖骨から右脇腹にかけて男の胴体が別れ、崩れ落ちた。
「な、なんなんだ、てめえは」
小剣を握る男。こいつは昨日回し蹴りを食らわしたやつか。
――三連突き
今度も攻撃速度の速いアーツを発動した。
突進するようにして近づき、突き出した攻撃。
目にも留まらぬ速さで顔・喉・胴への突きが決まった。
あたりには充満する血の匂い。
荒い息遣いが聞こえる。
最初はこれが自分の呼吸音だとはわからなかった。
初めての戦闘は一瞬で終わった。
異世界に来て3日目。
俺は人を殺した。




