魔船改良案
「ただいまー。カミュ、木材を持って帰ってきたぞ」
「なにこれ? 真っ黒のトレントなんているんだ。初めてみたよ、お兄ちゃん」
トレントの森で闇精樹を討伐して、2日後にはリーンへと帰ってきた。
まだ、俺がピンを刺したトレント木材の精算は完全には終わっていない。
が、ワンダートレントを中心とした上位種を先にリーンへと輸送させた。
予定通り、俺が指名依頼を受けてワンダートレントを討伐してきたことにより、魔船ギルドで販売会が行われた。
これはオークションと言うか、魚の水揚げの競りみたいな感じで船大工たちが買い求めていった。
ダンカンさんの小間使いとしてその場に参加させてもらったのだが、かなり熱気のある競りで圧倒されてしまった。
ワンダートレントは当初の予想よりも少し高めの金貨330枚くらいで買い取られることが多かったようだ。
ちなみに闇精樹に関しては魔船ギルドにも記録が残っていなかった。
その為、俺が報告したワンダートレントの亜種というか、特殊個体ではないかという説をとりあえず採用することにしたようだ。
おかげで、思ったよりは値段が抑えられて金貨430枚で競り落とすことができた。
闇精樹のことをよく知らない船大工たちにとって見れば変わった木材ではあるものの、本当に船に使うのに適しているかどうかもわからないものに対して、これ以上高額の値段をつけることができなかったようだ。
さらに言えば、闇精樹よりも目を引く出物があったのが価格を抑えられた原因かも知れない。
俺が持ち帰ったエルダートレントの太い枝はさらに高額な金額になることが予想されている。
この枝の太さは魔船の動力部分に当たる水流操作の魔法陣を描き込む材料としてちょうどいいらしい。
また、エルダートレントの枝を狙っているのは船大工だけではない。
この枝からロッドやワンドといった魔法の杖を造ることができる。
その効果は魔法の威力・効果を大きくあげると言われており、貴族なども競りに参加したがったのだ。
おかげでエルダートレントの枝は今回の競りでは見せるだけで、次回大々的にオークションが行われることに決まっている。
「まあ、とりあえず青河杯の魔船に使う木材はこれでなんとかなりましたね、ダンカンさん」
「ああ、そうだな。と言うか、本当にヤマト君はお金持ちだったんだな。競りでガンガン値を上げていくのを見て、心臓に悪かったよ」
「いや、大して上げてないですけどね。それに少額の上乗せだと延々と金額が上昇するみたいですし」
ダンカンさんは競りで気前よく金額を上げることができなかった。
なので、途中からは俺が代理で競りに参加して闇精樹を競り落としたのだ。
1人で競りに参加させてたら、もしかすると競り落とせずに終わっていたかもしれないので一緒に行って正解だったと思う。
「とにかく、これで木材は準備万端ですよね。あとは墨がいるんでしたっけ?」
「そのことなんだが、すでに墨は手に入ったんだよ。これを見てくれ」
そう言ってダンカンさんが壺を取り出し、その壺の蓋を開けて中を見せてくれた。
中身は真っ黒な液体がなみなみと入っている。
ただ、見るだけではわからなかったため、鑑定眼を使ってみた。
するとこれはキングオクトパスの墨であるらしい。
「キングオクトパスですか。たしか手に入りやすい墨はオクトパスの墨って言っていましたよね?」
「さすが、ひと目見ただけでよくわかったね。これは実はヤマト君が紹介してくれたライラさんたちが取ってきてくれたんだよ」
「ライラさんがですか? こないだ儲かったからしばらく休むって言ってたはずですけど」
「うん、そうなんだけどね。あの人のパーティーの名前は銀狼って言ったっけ。銀狼のメンバーみんなで休暇として釣りに出かけたらしいんだよ。青河で船釣りをしているところがあって、その船に乗って釣りを楽しんでいたらキングオクトパスが釣れたってわけさ」
「河で釣りしてたらキングオクトパスを釣って、それを倒したってことですか。なんかすごいことしてますね。人のこと言えないですけど」
「ははは、実は釣ったけど倒せなかったみたいだよ。怒ったキングオクトパスに墨を吐かれてね。なんとか逃げ帰ってきたらしいんだ。ただ、その時運良く飲み干していた酒樽にキングオクトパスの墨が入ってたんだよ。それで、桟橋でぱったりであったときに少し分けてもらえたってわけさ」
「なるほどね。運が良かったんですね」
本当に運が良かったと思う。
ライラさんたちがキングオクトパスを釣り上げたのもそうだが、この間偶然出会っていなかったらダンカンさんに墨をプレゼントすることもなかっただろう。
ライラさんたちも怪我がなかったみたいだし、こっちも材料がすべて揃ったし結果オーライかな。
よし、それじゃあいよいよ船造りのスタートだ。
□ □ □ □
「うーん……」
いざ、闇精樹の木材を加工しようとして、設計図をみると色々と気になることが出てくる。
この前は専門家に任せればいいと考えていたが、どうにも気になる。
ここは素人だと思わず、どんどん質問したほうがいいかもしれない。
「ちょっと聞きたいんですけど、なんで魔船ってのはこの大きさなんですか?」
「大きさがどうしたの、お兄ちゃん? 魔船はみんなこの大きさだよ?」
「そうみたいだけど、どうも気になって。この設計図通りなら10人乗りくらいの船にならないか?」
「うん。だいたいそれくらいかな。魔船を造ったら人や物を運ぶのに使うからその大きさがちょうどいいんだ」
「いや、だからその前提がおかしいだろ? 今回造るのはあくまでも青河杯を優勝するための船なんだから。別に人も物も運ぶ必要ないんだから大きさは小さいほうがいいだろ?」
そうなのだ。
この青河杯では特に決まったレギュレーションというのはないらしい。
基本的には普段河を渡るのに使う船でレースしましょう、というお祭りが青河杯だからかもしれない。
だが、専門家ではないが日本に住んでいた俺には小さいほうがいいのではないかと思う。
パワーをあげることも大切だが、軽くなれば同じパワーでもスピードが出るはずだ。
青河杯だけに使うと考えれば10人乗りどころか、1人乗れるだけの大きさでも十分だと思う。
「それに水流操作の魔法陣も気にはなってるんだよね。これって船体の下部で、前から後ろに水が通る筒を用意して、その筒の内側に魔法陣を描いて推進力にしてるんだよな?」
「うん、そうだね。お兄ちゃん、魔法陣をイジるのは無理だよ? 初めて水流操作の魔法陣が作られてから沢山の人が改良してきたんだから。今以上の性能にはならないって言われているんだ」
「ふむふむ。魔法陣自体の完成度は高いわけだよね。それは別にかまわないんだよ。ただ、別に筒の中にしか魔法陣を描いてはいけないってことにはならないよな?」
「ええ? どういうこと? 何処か別の場所に魔法陣を描く気なの?」
「イエス。船体の外側にも魔法陣を描いたほうがいいんじゃないかと思うんだ」
これは以前カミュに魔船に乗せてもらったときから考えていた事だ。
あの時は、フィーリアがスピードをあげるほどに船の揺れがひどくなっていた。
それこそ、船の上で支えなしに立つことすら困難になったほどだ。
そこで考えたのが、船の外側に水流操作の魔法陣を描いてしまってはどうかということだ。
現在使われている魔法陣は筒の中に描いて、前方から入ってきた水の流れを操作して船を前に進ませているのだという。
ならば、船体の外周をグルッと囲い込むようにして魔法陣を描けば水の抵抗が減り、揺れを抑えることができるのではなかろうか。
船のことはよく知らないが、乗り物が前に進むのに大きなパワーロスになるのは「抵抗」が関係していると聞いたことがある。
車なんかは普段街中で乗る乗用車なんかでも空気抵抗を考えたデザインになっている物も多かったはずだ。
船は水の抵抗を受けてしまうが、それが水流を操作することで減らせればもっと速く安定した移動を可能にしてくれると思う。
「……って考えなんだけど、どうだろうか。専門家からみても試す価値があるかと思うんだけど」
「うーん、そう言われてもな。今まで魔船はこの形で作られてきた伝統があるからな。下手に形を変えて失敗することもあるんじゃないか? 時間がないんだし、いつもどおりに作ればいいと思うがな」
ダンカンさんはあまり賛成ではないか。
設計図を描いたというカミュはどう思うんだろうか。
「私はお兄ちゃんの考えも面白いと思うな。けど、やっぱり時間が無いし……」
「でも、目的は優勝するための魔船を造ることだぞ。負ければカミュはあのお嬢様のものになっちゃうんだぞ。少しでも性能を良い物を造るようにチャレンジしてみたほうがいいんじゃないか?」
結局、その日は技術者2人の結論は出なかった。
ただ、一度造り始めてしまえば後戻りはできない。
ここはじっくりと時間を使っても考える必要があると思った。
俺は口を出さずに、カミュとダンカンさんはほぼ徹夜で話し合っていたらしい。
そして、翌朝になると2人はフラフラになりながらも考えたことを話してくれた。
カミュとダンカンさんは今まで誰も造ったことがない、高速小型船を造ることに決めたのだった。




