冒険者ギルド
――ステータスオープン:ペイント・スキル【家事】
俺は今、家事スキルを使って酒場の掃除を手伝っている。
宿の裏で刀を振り回して薪を切り刻むという凶行をマールちゃんに現行犯逮捕されて怒られてしまったので、頼まれたわけではないが掃除の手伝いをしているのだ。
もっとも、スキルを発動させると有り難みがなさそうなので、ちゃんと雑巾を使って拭いたりしている。
1時間くらい掃除をしていたら、かなりキレイになったと思う。
休憩にとお茶を頂いたので、ありがたく喉をうるおす。
紅茶のような味がするのに抹茶色という変わったお茶だったが、これも美味しかった。
「ヤマトさんは冒険者だったんですね」
お茶を飲んでいるとマールちゃんにそう言われた。
同じテーブルについて一緒にお茶を飲みながら、堅焼きクッキーを小動物のようにかじっている姿は微笑ましい。
「冒険者か。なんでそう思ったの?」
「違うんですか? そんな武器と鎧を着ている人って冒険者くらいじゃないですか」
マールちゃんに指摘されて、たしかにと思ってしまう。
これで冒険者じゃなかったら、残る可能性は衛兵や騎士、あるいは盗賊くらいしかないのかもしれない。
そこでふと冒険者のことを考えてしまう。
午前中に市場に買い物に出かけたときには、街中で安全に稼げる方法さえあれば、わざわざ危険の有りそうな冒険者みたいな職につく気はなかった。
しかし、刀を使ってから少し欲が出てきてしまった。
「もっと刀で切りたい」という、少しやばめの欲求だ。
流石にもう、宿の薪を切るのは許されないだろう。
というよりも、井戸のそばで刃物を振り回すなという正論をちょうだいしたばかりだ。
ならば、街の外に出て、おそらくいるであろう弱めのモンスターと戦ってみても良いかもしれない。
刀術スキルさえ使えば、そうそう負ける気がしないからだ。
「冒険者ギルドみたいなところってあるの?」
とりあえず、ギルドへの登録や情報収集くらいしてもいいかと思い、聞いてみる。
「冒険者ギルドですか。噴水のところから西のほうにいけばギルドがありますよ。大きめの建物だし、近くには冒険者用のお店が集まっているので迷わないと思います」
西の方角らしき方へと指差ししながら教えてくれる。
どうやら、朝に太陽が昇る方角は地球と同じで「東」になるということで、間違いないようだ。
よし。善は急げだ。
登録だけでもしに行ってみよう。
「教えてくれてありがと。ちょっと今から行ってくるよ」
そう告げてから、お茶を飲み干し宿を出た。
□ □ □ □
確かに西の方へと向かうと、それまでとは違う街の雰囲気に変わってきた。
明らかに面構えが凶悪そうな連中が、武器を持って通りを闊歩しているのだ。
といっても、今はまだお昼過ぎくらいなので人通りは少ない方なのかもしれない。
それでも、道路の端に樽を置いて、その上に酒とツマミを置いて飲んでいる人もいる。
宿の近くでは見なかった光景なので、冒険者はこのあたりでかたまって生活しているのかもしれない。
進んでいくと、他よりも大きな建物が見えてくる。
剣と弓が描かれたエンブレムのような看板があり、エンブレムの下にはリアナ冒険者ギルドと書かれている。
リアナというのはこの街の名前なのだろうか。そういえば、街の名すら知らなかった。
いや、もしかしたら冒険者ギルドを作った創設者の名前という可能性もあるかもしれない。
ギルドの建物はかなり大きいと思ったが、入口が複数あるようだ。
外から様子をうかがってみると、片方の扉の中は武器や防具などが展示・販売されている。
ギルド公認のお店ということなのだろう。
泊まっていた宿のあたりは薄茶色のレンガで作られた建物が多かった。
しかし、冒険者ギルドの建物はもう少し赤みが強いレンガが使われているようだ。
どのレンガも欠けたりしているところが見られない。
強化タイプのレンガとかかな?
奥行きは見えないが、横幅だけで30m以上ある建物で、三角形の屋根からはいくつか煙突が伸びている。
少し緊張しながら木製のドアを開けて、中へと入っていく。
中へ入ると正面にカウンターが見える。
少し左右を見てみるが、酒場が併設されているわけではなさそうだ。
これなら誰かに絡まれたりすることもなさそうだなと思った。
まっすぐに進んで、開いているカウンターへと向かう。
ラッキーだ。ついている。
カウンターの向こうに座っているのは若くてきれいな女性だった。
サラサラの金髪が背中へとたれている。
髪の長さは肩甲骨くらいまでだろうか。
すっとした目鼻立ちは可愛らしいタイプだったマールちゃんとは違い、キレイ・美人・有能と言った印象を与える。
俺と同じ18歳位に見えるが、あっているのだろうか。
「本日はどういったご用件でしょうか」
受付カウンターの前に立って、何も喋らずに受付嬢を見つめていた俺に対して、向こうから声をかけられる。
「冒険者ギルドに初めて来ました。ギルドに登録したいです」
ずっと顔を見ているわけにもいかないので、本来の目的を告げる。
「それでしたら、こちらの登録用紙に記入をお願いします。ギルドカードの作成に銀貨1枚かかりますが、よろしいですか」
そう言って、紙を手渡してくる。
なにげに羊皮紙ではなく植物紙を使っているんだなと、手にした紙を見て思う。
名前や年齢、使う武器などといったことを記入すればいいようだ。
記入を終えて書類を渡す。
書類を確認しながら「はい、結構です」と言ったことから、俺が日本語で書いた文字は問題なくこの世界の人が読める文字へと変換されているようだ。
「冒険者の仕事のことについて詳しく知りたいので、教えてもらえませんか」
ギルドカードができるまで少し時間がかかるというので、受付嬢に基本的なことを教えてもらうように頼む。
「分かりました。それでは簡単に説明させてもらいます」
そう言って受付嬢さんから説明をしてもらった。
冒険者の仕事は基本的には「モンスター退治」か「護衛」になるそうだ。
モンスターの退治は西門から出てしばらく西に進むと、大きな森が見えてくるらしい。
この森にいるモンスターを退治してくるのがお金になるらしい。
常時出ている駆除依頼として「フォレストウルフ」、「ゴブリン」、「オーク」の退治がある。
ゴブリンとオークは条件がそろうと爆発的に数を増やすため、見つけ次第殺せと言う方針らしい。
フォレストウルフは森の浅いところに住んでおり、行動範囲が広いため、時折街道や付近の村に出て被害が発生するため、こちらも駆除依頼が常にあるのだそうだ。
対して、他にもいる無数のモンスターだが、その殆どは森のなかに縄張りを持ち、そこから出てくることはあまりないので駆除の対象とはなっていないという。
ただ、モンスターにはその体に有用な部位があるため、それらを持ってくれば買い取りが行われる。
ギルド内の壁に巨大な掲示板が2つあり、その1つにどのモンスターのどの部位をいくらで買い取りしているというのがわかるよう、札に書かれて吊るされている。
買取金額はその時の需要と供給によって変動するため、確認してから森へ行かないと儲けが出ないこともあるから注意が必要だと言われた。
もう1つの掲示板には依頼者からの依頼書が貼り付けられている。
緊急で欲しい素材がある人などが、相場に上乗せした金額で仕事を依頼したり、護衛依頼などもこちらに含まれているようだ。
残念だったのが、冒険者のランク制度などがないということだ。
Fランクから始まって、短期間でランク上昇、すごい、抱いて、という展開にはならないらしい。
「ヤマトさん。冒険者として最初の仕事は薬草採取に行って下さい」
少しがっかりしていると、受付嬢さん、もといアイシャさんが仕事を割り振ってきた。
「なんで? 好きなモンスターを狩ってきて、素材を買い取ってきて貰えばいいんじゃないの?」と、つい敬語抜きで聞いてしまう。
「森で活動する冒険者に怪我はつきものです。薬草はすりつぶして傷口に当てると、治りが早くなるので、冒険者に登録したばかりの人は必ず薬草採取を経験してもらうことになっています」
そう言って、カウンターの下から見本の薬草を取り出すアイシャさん。
下に手を伸ばしたときに見えた胸の谷間にドキドキする。結構大きいな。
アイシャさんが取り出した薬草はどう見てもよもぎにしか見えないものだった。
しかし、根っこの部分を残すようにして採取すれば、短期間でもとに戻るらしいので、よもぎとは違うのだろう。
手頃なモンスターで刀の試し切りをしたいだけだったが、薬草を取ってくるのも面白いかもしれない。
スキルを使えば、ポーションなんかの薬を作れるかもしれないし。
長々と説明を聞いたため、行くのは明日にしよう。
そう思ってギルドを出て宿へと向かう。
この時俺は完全に油断していた。
ギルド内で何もトラブルが無かったから、安全だと思っていたのだ。
道を歩いていたら、人とぶつかってしまった。
つい、無意識に「あっ、すいません」と言うと、ガラの悪そうなおっさんが腕をおさえてうずくまっている。
「痛え!! 折れた! 骨が折れたぞ!」
軽くぶつかっただけなのに、あり得ない主張を大声で叫んでいる。
やばいと思ったときには囲まれていた。
うずくまっている男とは別に2人が俺の前後に位置取りしている。
「おうおう。兄ちゃん、俺の仲間になんてことしてくれてんだ」
「ひでえ。完全に折れてやがる」
「どう責任取ってくれんだ。ああ?」
困った。
もしかしてあれだろうか。
すいません、と謝ったら自分が悪いのを認めたっている理論なのだろうか。
どう見ても折れているように見えないだろ。
「兄ちゃん。こりゃ治療費が必要だわ。有り金と腰の武器を置いて行けや」
俺の目の前に立つ男がそう言ってくる。
周りの通行人は助けてくれそうな気配はない。
むしろ面白い見世物でもみるような雰囲気すらある。
この世界の常識が全くわからない。
ここで口論したところで向こうは引かないだろう。
かといって、武器を使っての戦いなんかなったら買っても負けても犯罪者になる可能性もある。
どう対応するのが一番いいのだろうか。
「おい、聞いてんのか。返事しろや」
そういって、拳を握って殴りかかってきた。
そうか。ケンカなら重罪にはならんだろうと気づく。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【格闘】
一瞬で格闘スキルをペイントし、前から殴りかかってきた男に対応する。
右手で殴りかかってくるのを左へ頭を下げて避ける。
そして、沈み込んだ身体を戻すように足から腰へと回転エネルギーを伝えて左拳を叩き込む。
ボディーブローが見事に決まった。
一瞬で呼吸困難に陥った男の顔へ肘打ちをして、意識を刈り取る。
さらに、後ろへと振り向きながらの回し蹴りを行う。
後ろに突っ立っていた男の左膝からゴキッという嫌な音が聞こえた。
そして、その動きと連動して最初に俺とぶつかって腕が折れたのなんだのとうずくまっていた男に対してかかと落としを行う。
かかと落としが脳天に炸裂すると、ピクピクと痙攣している。
たぶん死んではいないだろう。大丈夫。俺は悪くない。と思う。
2人は完全に沈黙。後ろにいた男はよくわからない言葉でうめき声を上げている。
周りからは音が消えていた。
それまで周りで囃し立てていた連中も少し引いている気がする。
もしかして、これはやりすぎだったのだろうか。
これ以上トラブルに巻き込まれてはかなわないと思い、さっさと移動をすることにした。
小学生のときにしたケンカ以来かもしれない。人を殴ったのは。
思ったよりも殴った自分にも痛みがあるものなんだなと感じた。
とりあえず宿に戻る途中で鉄くずを購入し、靴のつま先とかかと部分を補強しておいたのはここだけの話だ。