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大破

 カミュの案内にしたがって船を移動させる。

 小さな溝のような水道があり、そこへ船を浮かべてから、河へでて一度桟橋に停泊する。

 フィーリアは魔船の中でも真ん中に専用の椅子があり、そこへ座らされていた。

 実は機械の部品のように扱われたりしないかと少し心配していたのだが、それは杞憂だったようだ。

 椅子から立ち上がる事はできないが、それでも座ったまま周りの景色が見えるため、フィーリアは大はしゃぎだ。

 かくいう俺も、オールやマスト、帆、スクリューなどがついていないにもかかわらず、しっかりと移動している魔船に心が踊っている。


 桟橋に停泊してから、カミュが説明を始めた。

 指を指しながら青河杯について語りだしたのだ。

 魔船を使ったレースとして、青河に4つの浮きを浮かべて、その外側を回る。

 その内の2つの浮きは河のそばにあり、地上からでも見やすい位置になるそうだ。

 そして、もう2つは河岸から2kmほどのところに浮かべるという。

 一辺2kmの四角形となり、目視でも見える距離だ。

 河岸などでは水しぶきが届くこともあるため、子どもたちや熱狂的なレースファンはそこで濡れながら見ることもある。

 レース参加者も見学者も、そして賭けている人もみんなが楽しみにしているらしい。


 幾つかの予選をへて、決勝戦へと進むことになるため、単純に速い船を作るだけではなく、操者の腕や体力、船の修理などの技術者の実力なども必要とされる。

 魔船を製造する船大工は家族単位で行動しているため、家と家の威信を賭けた戦いということも言えるらしい。

 来年1年間の仕事にも関わってくるため、みんな必死になってレースに取り組む。

 このレースが長い年月続けられた事もあって、魔船が普及し、技術が継承されている、とカミュの話がまとめられた。


「カミュの家族はどうしたの。さっきは見なかったけど」


「今は出かけているよ。そうだ、あとでフィーリアのことも紹介しておかなきゃね」


 その後、少し話を聞いたが、カミュの家は船大工の家系というわけではないらしい。

 というのも、父親が熱狂的な魔船レースファンであり、それをこじらせたのか「俺もレースに参加したい」と言い出して、船造りの仕事を始めたそうだ。

 もっとも、父親には問題があったらしい。

 魔船の知識は無駄にあったが作る技術はなく、どこかで弟子入りして作り方をマスターした頃には体重が増えてしまっていたそうだ。

 もともと運動神経がいいわけでもなく、太ってしまい、操縦が下手とくればレースで成績が出るはずもない。


 そんな父親を見かねて、自ら力を貸すことを決めたのがカミュだった。

 ものすごい才能がある、というわけではなかったようなのだが、幼い頃から父の力になるべく船造りと操船技術を必死になって学んだため、今ではそれなりの実力がつき、期待のホープとして見られているらしい。

 もっとも、このへんはすべてカミュ自身が話していたことではあるが。


「それなら、期待の新人さんの実力を見せてもらおうかな」


「うん、それじゃあ一度走らせてみようか。あんまり船の来ないところがあるから、そこに行ってみよう」


 俺の言葉を受けて、一つも怖気づくこともなくカミュが答える。

 そうして、魔船が動き始めた。


「結構揺れるな」


 だんだんとスピードを上げて船が進むほど、船の揺れは大きくなってくる。

 ボートのような船に乗った経験のない俺だが、こんなに揺れるものなんだろうか。

 船体の端を掴んで姿勢を保っている。


「魔船は揺れるものだよ。スピードを緩めるか積荷を多くすれば揺れは減るかな。レースでは積荷なしだから、いかに揺れを少なくできるかも大きな見どころだね」


 この程度の揺れはカミュにとってなんてことないものなのだろう。

 そして、もうひとりの乗客であり動力源のフィーリアも特に揺れを気にしていなかった。


「すごいのう。河の上を本当に走るみたいに進んでおるぞ。カミュよ、もっと速度は出せぬのか」


「船速は魔力の量によって変わるよ。フィーリアならもっと速くできると思う」


 それを聞いたフィーリアが椅子に座りながら、先ほどまでよりも魔力を込め始めた。

 だんだんと船のスピードが上がっていく。

 だが、こんなに速くなっていいものなんだろうか。

 次第に俺は船の上で立つことすら出来なくなってきた。

 それまでは船が揺れていると表現できるレベルだったが、今は船が暴れているとでも言える状態になっている。


「……おい、速すぎないか。ちゃんと操船できてんのかよ」


「ちょっと待って……、フィーリアもっと魔力抑えて。舵が効かない……」


「アッハッハ、すごいのじゃ。速いのじゃ。見よ、誰よりも速く進んでおるぞ!」


 俺とカミュはすでに船体に手を当ててしゃがみこんでいる。

 だが、フィーリアは特に気にしている様子がない。

 そういえばあいつは宙に浮くことができるんだった。

 船の揺れを感じてないのか。

 テンションが上って、人の話を聞いていないフィーリアはさらにスピードを上げ続ける。


「フィーリア落ち着け! おい、前に岩があるぞ!」


「うそ! お願いフィーリア。魔力を止めてー!」


 ……ドガン

 そんな音が聞こえたかと思ったときには俺の体は吹き飛ばされていた。

 スピードの上がりまくった魔船が河の水の上に出ていた岩のところにぶつかったのだ。

 何がどうなったのか、それすらわからないままにして水面に叩きつけられる。

 水面はひどく硬く感じた。

 まるで地面に墜落したかのような衝撃を感じた後、俺の体は水の中へと沈んでいく。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【水泳】


 全身の革鎧を装備して刀まで持っている状態では、上へと浮き上がることができない。

 いきなり水の中に入ったことでパニックを起こしかけたが、奇跡的に【水泳】スキルがあったことを思い出してペイントした。

 おかげで、体の重さは感じなくなり、自由に泳ぐことができるようになった。


 水中で目を開けると、水の澄んでいる青河だからかよく見えた。

 俺とは少し離れた場所でカミュが沈んでいっている。

 口が開いているのに空気が出ている様子がない。

 もうすでに息を吐ききってしまったのかもしれないと思い、慌ててカミュのもとまで泳いで、背中から抱き上げるようにして水面へと顔を出した。


 水面に出てみると岩にぶつかった魔船は大破してしまったようだ。

 いくつもの板切れに成り果てたものが、沈んでいったり、流されたりしている。

 その内の1つを手に取り、板の上にカミュをのせた。

 ガハガハと音を立てて水を吐き出しているところをみると、一応無事なようだ。


 そこで諸悪の根源である高位精霊さんが近づいてきた。


「すごかったのう、ヤマトよ。すごい速さじゃったぞ。船というものは面白いのう。妾は気に入ったぞ」


 満面の笑みで俺に話しかけてくる。

 もしかして、こいつは自分が何をしたのか分かっていないんだろうか。

 いや、確実にそうだろう。

 フィーリアには全く悪気が感じられない。

 魔船に乗せてもらえると聞いて乗せてもらい、スピードを上げていいと言われたから上げただけなんだろう。

 見た目が人間と同じように見えるから誤解しがちだが、こいつは精霊であって人間とは違うのだ。

 カミュが目を覚ましたらどうやって謝ろうか。

 俺は板切れを掴んだ状態で水の中に体をつけ、頭を抱えることになった。

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