護衛依頼
「そろそろリアナを出ようと思う」
俺はアイシャさんにそう告げた。
場所は久しぶりに来た高級レストランだ。
ゆっくりと食事をしながら、今後の予定について話をする。
「フィーリアさんを送り届けるのよね。確か雪の街フィランだったかしら」
「うん。北にある街らしいけど、一度東の貿易都市から川を船で移動したほうが楽みたいだね。そっちルートで行こうと思う」
リアナからみて北方向には東西に続いている山脈がある。
この山々が氷精であるフィーリアの本来のフィールドだが、その麓あたりに雪の街フィランがある。
東廻りのルートだと1ヶ月ほどの移動時間がかかるらしいのだ。
つい先日、もう1つのクエストでもあった病気の治療法確立もできたことだし、そろそろ出発しようと考えたのだ。
「そう、寂しくなるわね」
アイシャさんがポツリとそう言った。
特効薬のお礼にコスプレ撮影会をしてからさらに親睦を深めた俺たち。
正直別れがたい気持ちもあるのだが、このままフィーリアを送らずに放置するのも忍びない。
人間よりも圧倒的に強い存在である氷精でも、弱体化している状況というのはよろしくない。
下手をするとそのまま力を失って消滅してしまうのではないかと思う。
さすがに知らない仲ではないため、見殺しにする気にもなれない。
こうして俺は異世界へ送り出されてからずっと拠点としていたリアナを離れる決断をした。
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「おう、ヤマト。フィランの方に行くんだってな。東廻りで行くんなら、ついでにこの仕事をしてみないか」
旅立ちの前にあいさつ回りと思って冒険者ギルドに顔を出すとハイド教官に会った。
アイシャさんから聞いたのだろう。
手には1枚の紙が握られている。
あれは依頼書だろうか。
「護衛依頼ですか? 俺は護衛した経験なんかないですよ」
「構わねえよ。ホントは別の冒険者パーティーが依頼を受けてたんだがな。その内の1人が体調悪くして動けないみたいで、そのかわりだ。そいつらはそれなりの経験があるから、指示に従ってれば大丈夫だ」
少し考え込む。
リアナから貿易都市リーンまでは歩きで10日ほどの距離だ。
途中の3日目の宿場町までは行ったことがあるが、その先を知らない。
リーンまでの街道は大きいと聞いているので迷うことはないと思うが、これも経験だろうか。
せっかく勧めてもらったのでこの依頼を受けることにした。
ちなみに現状ではお金にそれほど不自由していない。
一時期は高級娼館にハマって散財してしまったが、その後は落ち着いているからだ。
さらに特効薬作りで毒沼に行ったときに倒した大蛇でだいぶ儲かったのだ。
大蛇を解体すると手に入った毒牙と毒袋を持ち帰ってみると商工ギルドのカーンさんが声をかけてくれたのだ。
めったに手に入る事のない高濃度の毒が詰まった毒袋などは非常に高値で取引されている。
もっとも、おおっぴらには買い取りしていないそうなので、カーンさんの裏ルートから売りさばいて貰った。
おかげで現在は金貨100枚以上の手持ちがある。
10日間の護衛は本当に気軽な気持ちで受けた。
「バカタレ。甘く見てるんじゃないよ」
そうして今は頭にげんこつを食らっている。
一緒に護衛をする予定のパーティーリーダーからおしかりを受けているのだ。
この冒険者パーティーのリーダーは知らない人ではなかった。
コカトリス狩りでのガスマスクテスターとして参加した女性冒険者の1人だ。
彼女の名はライラ。
なかなかのベテランになるらしいが、年齢は20歳代後半くらいの女性だ。
赤茶色の革鎧に剣を腰に下げたオーソドックスなタイプ。
くすんだ灰色の髪の毛はもしかすると元は銀髪だったのかもしれない。
その灰色の髪を頭の後ろで編み込んで一纏めにしている。
顔立ちは整っているが、長年の冒険者生活で目付きが鋭くなっているようだ。
なんとなく、女傑という言葉が似合いそうな人と言えるかもしれない。
出発の前に行われた顔合わせで俺の気が抜けていることに気がついたのだろう。
ライラさんはそれをたしなめたというわけだ。
ただ、頭の天辺に受けたげんこつは本当に痛くて、頭が割れるかと思ってしまった。
「いいかい。誰か1人でも気を抜いているやつがいると全員が迷惑するんだ。それなら最初からそんなやつはいないほうがマシだってくらいだ。やる気が無いんなら帰りな」
そう言われて、はいそうですかと帰る気にはならない。
きちっと謝罪して、メンバーを紹介してもらうことにした。
今回の護衛任務は馬車の数が3台に対して、護衛が俺を含めて7人だ。
地面に大雑把な地図を書き、今後の行動を指示されていく。
リアナを出て5日を過ぎたあたりから徐々に勾配が上がるらしい。
たまにそのあたりで馬車が故障して立ち往生するものもいるという。
その場合は自分たちで直せるようなら直し、直せないのならば、護衛が数名先行して特定の宿場町に用意されている補修品などを買いに行くこともあるようだ。
思ったよりも、色々と知っておかなければいけないことが多かった。
護衛依頼もなかなか奥が深い。
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顔合わせの翌日になるといよいよ出発だ。
俺は大蛇のラバースーツの上に、ゴブリンキングの革鎧、フォレストウルフの外套を着て刀と弓を装備している。
クロスボウは強力な武器になり得たが、いかんせん大きさからして邪魔になった。
その他の、スーツなんかの生活品もほとんどは処分してしまった。
最低限の荷物と食料と金、そして冒険者に必要な装備品。
護衛を中心に行う冒険者というのはこれらがほぼ全財産といえる。
なかなかにハードな職業といえるのかもしれない。
馬車には大量の商品が詰め込まれており、商人は1人で奉公人が2人、それらが馬車を走らせている。
護衛の冒険者たちは歩きだ。
食料などの一部の荷物だけは馬車にのせてもらえた。
テクテクと歩いてついていく。
俺は1台目の馬車の右隣に位置して周囲を警戒しながら歩いている。
最後尾ではなかったのはありがたかった。
馬車というのは車と違って、馬という生き物を使って移動をしている。
当然、馬は生きており、腹が減れば食べるし水も飲む。
そして糞もする。
歩きながら糞をするため、それを後続の馬が足で踏んで、後方へと飛ばしてしまうのだ。
最後尾について歩くというのはそれだけ汚れてしまうことになる。
毎日誰が最後尾で後方警戒するかと揉めている。
俺がその揉め事に絡まなかったのは、ライラさんのおかげだった。
ライラさんは護衛依頼が初めてであるという俺をビシバシと教えようと、歩きながら色々とアドバイスをしてくる。
リアナの近くの街道ではベガ盗賊団のことを除けば、もともと盗賊というのはいないらしい。
騎士たちがすぐに取り締まるからだという。
そのため、この街道で気をつけるべきは街道まで出て人を襲うモンスターだ。
ただ、貿易都市だけでなく雪の街フィランまで行くという俺に対して、盗賊が出たときの対処法などまで教えてくれていた。
おかげで、基本的には1日中歩いているはずなのに退屈な時間もなく過ぎていった。
だが、それも5日目までだった。
5日目の宿場町の様子が違っていたからだ。
多くの商人や冒険者がこの宿場町で留まっている。
この先で何かがあったらしい。




