完成
浄化草の採取を終え、大蛇まで倒した俺とフィーリアは、その後無事にリアナへと帰還した。
ちなみに大蛇の皮は【裁縫】スキルによりすでにその姿を変えている。
ゴブリンキングの革鎧の下に着込む事ができるようになっている、ピチピチのラバースーツのようなものになった。
単純に防護力の向上にもなっているのだが、それ以上に着心地がいいのを気に入っている。
首元から手首、足首までを完全に覆うため、雨が降っても体が濡れないというのもポイントが高い。
予定外の戦闘ではあったが、とりあえず良しとしよう。
リアナに到着すると商工ギルドに行く。
受付でカーンさんへと取り次いでもらうためだ。
じきにやってきたカーンさんと一緒に密談スペースへと移動し、話をする。
「うん、たしかに浄化草だな。実も若木も状態がいい。十分使えるんじゃないか」
「それなら良かったです。浄化草の実はガスマスクに使えないか試してみようと思います。若木は植木鉢で育てるんでしたっけ?」
「ああ、それのことなんだがな。ちょっと試しに植えてみたいところがある。人馬の糞を集めて肥料にするところがあるんだが知っているか? その処理場の近くに植えてみたいんだが」
「肥料ですか?」
「そうだ。糞を集めて肥溜めに入れておくと畑などの肥料になる。ただ、人の少ない農村ならいいんだが、リアナでは周りの人間が臭いに困っていてな。せっかく浄化草の若木を育てるなら、匂い消しとして使っても良いかもしれんと思ってな」
「へー。いいんじゃないですか。安定して浄化草を育てる事ができるなら、俺は構いませんよ」
「よし、報酬には色を付けとくよ。後のことは任せてくれ」
とりあえず、浄化草の繁殖がうまくいってくれることを願おう。
それより俺はガスマスク作りだな。
すでに瓢箪型をした浄化草の実を1つだけ試しに開けてみて、中の空気を調べてみた。
どうやら、実の中は圧縮空気のようになっているらしい。
明らかに内容量以上の空気が吹き出てきて驚かされた。
さて、最初はガスマスクは俺の生産系スキルで作ればいいかと考えていた。
だが、ここで1つ誤算があった。
どのスキルを調べてみても、ガスマスクという生産項目がなかったのだ。
しょうがないので、カーンさんに商工ギルドの中でも腕のいい職人さんを紹介してもらうことにした。
職人さんに大雑把な作りを説明して、あとは丸投げ状態にしたのだ。
結局、頭全体を覆うようなものは作ることができないというのがわかった。
なので、職人と話し合い、口と鼻を中心に覆うように金属製マスクを作った。
楕円形のお椀のような形のマスクをつけ、革紐で頭部と固定する。
さらに、口元には長針蜂というモンスターの針がつけられている。
長針蜂の持つ針は非常に長い。
それをつけると口元から細いチューブのように伸びた針が腰のあたりまで垂れた状態になる。
そして、その針の先を浄化草の実に突き刺すと、チューブ状の針の中を通って空気が送られてくる。
浄化草の実1つでだいたい5時間ほど呼吸が可能なガスマスクが完成した。
□ □ □ □
「はい、じゃあ皆さんよろしくお願いします」
「「「「「おう!!」」」」」
俺が掛け声をかける。
俺は再び魔の森の中の岩場へとやってきていた。
コカトリスを倒すためである。
ガスマスクが完成したはいいが、その目的は石化ブレスをしてくるコカトリスを安全に倒せるようにするためだった。
ようするに、俺以外でもコカトリス狩りができるようにするためだ。
そこで俺は冒険者ギルドに行って有志を募り、ガスマスク使用テスターを連れて岩場へとやってきたのだ。
俺は岩場の入口の近くでテントを張って、拠点として構えて待っている。
今回は3パーティーにテスターを頼んだ。
コカトリスは砂肝は薬になるが、肉は高級肉として売れるし、くちばしはどんな岩にも負けないツルハシになる。
安定して狩れるようになれば冒険者も儲かるだろう。
「で、どうでした? ガスマスクの使い勝手は?」
「悪くねえな。何回か石化ブレスをくらったが特に問題はなかったぜ」
「顔の下側にものがくっついているのは気持ちわりいぜ。地面が見えにくい」
「針が邪魔だな。口の前につけなくてもいいんじゃないか」
「浄化草の効果がある時間がわかりにくい。タイミングが悪いと、戦闘中に空気切れになるぞ」
「デザインが可愛くないわね。もっとおしゃれにしてほしいわ」
拠点に帰ってきたテスター冒険者にガスマスク使用感を聞いたところ、次々といろんなことを言われた。
とりあえずは、ガスマスクは石化ブレスを防ぐことに成功したらしい。
ただ、細かいところで使い勝手の悪さもあり、不満点はつきない様子。
このへんは職人へと知らせて、プロによる改良を施してもらうのが良いだろう。
それにしても、テスターの中にいた数人の女性冒険者は揃って「かっこ悪い」という意見を述べた。
やはり、どこの世界でも女性はオシャレなものを身につけたいと思うのだろうか。
□ □ □ □
「と、いうわけで俺の方は一段落ついたよ」
「う〜〜。ごめんよー、ヤマトっち。コカトリック薬はもう一息ってところなんだー」
ガスマスクの完成を告げる俺に対して、特効薬作りをしていたリリーがうなだれる。
どうやら、彼女の方はまだ完成できていないらしい。
もう一息というところをみると研究自体は進んでいるみたいだけど。
「どんな感じなんだ? 砂肝を漬け込むっていうやり方が間違ってたのか?」
「わかんなーい。漬け込むのはあっていると思うんだけどねー。いい線いってるんだけど、何かが足らないって感じで完成できてないんだー」
コカトリック薬を作ったのは俺だが、完全にスキルだよりで何が悪いのかアドバイスすることもできない。
リリーに頑張ってもらうしかないんだけど、かなり行き詰まっているようだ。
その時、研究室の扉が開いた。
地下の研究室にやってきたのはフィーリアだった。
「喉が渇いたのじゃ。おお、これをいただこうかのう」
「「あっ」」
俺とリリーの声が重なる。
フィーリアが飲んだのは、リリーが作っていた特効薬の失敗作だった。
まるで、風呂上がりに牛乳瓶の一気飲みをするかのように腰に手を当ててグビグビとのむフィーリア。
「おい、それはリリーが作った薬だぞ。勝手にのむなよ」
「ん? ああすまぬな」
あんまり悪いとも思っていなさそうな感じで返事をするフィーリア。
まあ、精霊だし薬を飲んで副作用が出るというようなこともないだろう。
「気にしないでー。その薬は失敗作なんだ。何が悪いかわからないんだけどねー」
「水が悪いんじゃないかのう」
「水? 水の何が悪いんだ? というかフィーリアって薬のこととか分かるのか?」
「こう見えて長生きしておるからな。薬を作ることはできんが、氷や水については詳しいのじゃ」
「つまり、どういうことー?」
「薬効をあげるなら、もっといい水を使ったほうが良いのではないか?」
本当かな?
薬に使った水だって蒸留水を使っていたはずなんだけど。
でも、リリーはすぐに頭を働かせている。
どんなヒントでもとにかく試してみるつもりなんだろう。
「うー。水っていっても何が良いのかなー。薬に使う分の水はきちんときれいなものを使っているんだよー」
「あっ、そうだ。あれはどうかな。月の雫を使ってみたらいいんじゃないか?」
「ヤマトっち。月の雫ってなにー」
「リリーは知らないのか? 満月の日にだけ開く花から取れる水で、すっごくうまい水なんだよ。高級料理店で扱っているんだよ」
「えー、高級店なんか行かないから知らないよー。ならその月の雫を使ってみようよー」
「わかった。分けてもらえるか聞いてみるよ」
というわけで、俺が出向いたのは高級レストランであるフルムーン、ではなく特区エリアにある高級娼館の月光館だ。
こっちも月の雫を取り扱っていたはず。
さらに言えば、いくら予防しているとしても慢性全身硬化病の特効薬を欲しがるはずだ。
今後の特効薬販売のお得意様にもなってもらおう。
そう思って、支配人に話を通した。
月の雫については数に限りがあるため、大量に分けてもらうことはできなかったが、少しだけもらうことができた。
「というわけで、これが月の雫だ。これでコカトリック薬を作ってみてくれ」
そう言って、月の雫をリリーへと手渡す。
彼女が特効薬のレシピを完成させたのは、それから8日後のことだった。
――クエスト「リアナの風土病解決」を達成しました




