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市場での買い物

 朝、まだ少し暗いうちからベッドを出る。

 昨夜は早めに寝たためか、結構前から起きていたのだ。

 ようやく窓の外に薄っすらと明かりが見え始めたので活動を開始する。


 部屋を出て、宿の裏手にある井戸にやってきた。

 ロープを引っ張って、滑車を回して井戸から水の入った桶を引っ張り上げる。

 生まれて初めて井戸を使うが、なかなかにめんどくさい。水道のありがたさを思い知った。

 井戸水は思った以上に冷たい。

 ひんやりとした気温のなか、冷たい水を使って顔を洗うと、気分がスッキリした。


 宿の中に戻ると、スキンヘッドのいかつい男性とはちあわせる。この宿の主人だ。


「おう、はえーな。朝飯はまだ時間かかるからもうちょっと待ってろ」


 まだ寝ている人もいるだろうに、大きな声で話しかけてくる。

 適当にあいさつだけ済ませて、部屋に戻った俺は机の上に革袋に入っていたお金を出していった。

 金額を数えてみると19750リルになる。ということは、最初に用意されていた金額は20000リルだったのだろう。


 とりあえず、換えの下着や服のほか、カバンすらも持っていない状態のため、必要経費として半分は残しておくとして、金策の軍資金としては10000リルを想定しておこう。

 また、スリに遭ったら怖いため、適当に何枚かの硬貨を掴んでズボンの内側に縫い付けておく。

 といっても針や糸を持っているわけではない。スキルを使用するのだ。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【裁縫】


 眠れぬ夜にずっとやっていた一連の動作で、素早くスキルの切り替えができるようになっていた。

 裁縫スキルを使用して、硬貨を落ちたりしないように縫い付ける、そんなイメージをするだけでしっかりとズボンへと固定されていた。

 硬貨を縫い付けている生地というか糸がどこから出てきたものなのかは全くわからない。

 だが、これで、通行中にズボンを脱がされて持ち去られでもしないかぎりは、無一文になることもないだろう。


 実はさらにもう一工夫している。

 それは俺自身の外見についてだ。


 生まれも育ちも地球育ちの日本人の俺は、当たり前のように黒目黒髪でお肌は肌色の黄色人種だ。

 しかし、昨日長い時間広場のベンチに座って見ていた限り、黒髪の人は見かけなかった。

 日焼けしている人もいたが、基本的には肌は白く、髪は金髪か茶髪が多かったのである。


 というわけで、周りに馴染むためにも俺は自分の身体をペイントして、見た目を変えてみることにしたのだ。

 結論から言うと、成功だった。

 井戸でくんだ桶の中の水に映る自分を見た限りは、金髪の白人へと変わっていた。目は透き通るような青色になっている。

 髪の毛だけを変えたのならば、調子に乗って髪を金髪に染めたやつにしか見えなかっただろうが、肌や目の色まで変えると違和感なくできていると思う。

 ついでに眉毛や下の毛まで金色になっているため、これで俺を見て日本人と気づく人はいないだろう。

 もっとも、今のところ黒目黒髪で何か言われたわけでもないので、必要あったのかは分からないが。


「さて、と。そろそろ下に行くか」


 お金の入った革袋と剣を腰に下げて、1階の酒場へと移動する。

 昨日と同じテーブルにつくと、今回はマールちゃんが朝食を持ってきてくれた。

 朝食はパンと、豆が多めに入ったスープだった。ホカホカと湯気が出ている。

 うまそうだな、と思いスプーンを持ったときに、ふと目の前に立っているマールちゃんの様子がおかしいことに気がついた。


「ん? どうかしたの?」


 と声をかけると、マールちゃんがおそるおそると言った感じで返事をする。


「ヤマトさんだよね? え? なんで? 髪の毛の色が昨日と違う」


 グッと顔を近づけて話しかけてくるマールちゃん。

 それに対して俺はかわいい女の子の顔が近くにあってドキドキしているのか、ペイントを使った変化に気が付かれて動揺しているのか、心臓の鼓動が速い。

 迂闊だった。

 親父さんは何も言わなかったから、バレないだろうと思い込んでしまっていた。

 仕方がないので、ここは開き直ってしまおう。


「ああ、金髪もなかなか似合うだろ?」


「うーん。金髪もいいけど、珍しい黒髪も私は好きだったんだけどな〜」


「えっ。俺の事好きって? ほんとに? 結婚する?」


「違います〜。きれいな黒髪だったな〜て思ってただけです」


 つい、無意識にバカな冗談を言っていた俺に対して、あっさりとお断りを入れてくるマールちゃん。

 しかし、顔は笑顔のままなので嫌味にはなっていない。

 宿屋の看板娘として理想的な女の子ではないだろうか。

 そんなことを考えていたら、奥のキッチンからスキンヘッド親父が飛び出してきて「娘に手を出したら容赦せんぞ」とアイアンクローをかましてくる。ほんとに怖いんでやめて下さい。

 まあ、そんなこんなで外見チェンジはそれなりに上手くごまかせたんじゃないだろうか。




 □  □  □  □




 朝食を食べ終えた俺は、宿を出る。

 グルッとあたりを見渡すと、早朝にも関わらず多くの人が歩いていた。

 太陽の位置関係から考えると、宿の前の道路は南北に続いていて、お城があるのが北側、市場の方向は南側になるのだろうか。

 地球の常識と同じなのかどうかわからないがとりあえずそう思っていてもいいだろう。


 目的通り、市場へと歩いていく。

 石畳の上にゴザを敷いて、その上に商品を置いている露店がたくさんある。

 値札を付けているところもあれば、何も書いていないところもあるが、基本的には売り手と買い手で値段交渉をしてから購入するようだ。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】


 さっそく俺はペイントスキルでスキルを追加する。

 酒場で食事をしているときにステータス画面を操作していて分かったが、どうやらこのステータス画面は他の人には見えていないようだ。

 かと言って、道端でじっくりと画面を見たり、操作していては不審がられるかもしれない。

 なるべくスキルの追加や変更はササッとやってしまおう。


 ものや人を鑑定するスキルには【鑑定】と【鑑定眼】の2種類が存在した。

 何が違うのか最初はわからなかったが、【鑑定】の方はスキルを発動すると魔力を消費するようだ。

 一度使うごとに魔力を10消費し、魔力が10回復するには10分かかる。

 俺の魔力は現状100しかないので、微妙に使いにくかったのだ。

 しかし、【鑑定眼】の場合は能力が常時発動しているのか、特に魔力を消費せずとも鑑定することが可能だった。

 とにかくいろんなものを見たい俺にとって、鑑定眼のほうが便利と言えるだろう。


 まずは、値段交渉などせずにものの種類や値段を見て回る。

 いろんなもので溢れている市場だが、スキルの異世界言語が発動しているのか、俺の知っているものならば意味がわかるように翻訳してくれているようだ。


 例えば、リンゴだ。こちらの世界には色とりどりの、非常にカラフルなリンゴが存在している。

 最初に見たのが毒々しいというか、緑と茶色と黒の絵の具で塗りたくったような色をしたリンゴだったが、すすめられて食べてみると、きちんとリンゴの味をして美味しかった。


 だが、俺の知らない、こちらの世界独自のものは異世界言語が翻訳してくれても意味がつかめない物もあった。

「ガラリの実」と鑑定できても、ガラリが何なのかわからないといった感じである。


 こうなってくると鑑定で掘り出し物を見つけて売りさばく、転売ヤーになるのは難しいのかもしれない。

 体感で1時間ほど見て回った頃になって俺は方針転換せざるをえなくなった。


 高値で売れるものが見つからないなら、自分で作ってしまおうという作戦だ。

 なにせ、俺のペイントスキルには生産系スキルにも対応できるのだ。

 裁縫スキルで実践済みだ。

 特に技術を持たない俺でも売り物になるものが作れるだろう。


 どうせ作るのならば、武器に手を出してみたい。

 鍛冶スキルが使えるのもあるが、そもそも日本では武器を持つ機会すらない。

 良いものが作れるようなら自分で使ってみても面白そうだ。


 一度通った道を引き返して武器を扱っていた露店へ向かう。

 鑑定眼で見ていると割りと良品を扱っていた露店だ。

 30歳代くらいの男性がゴザにいくつもの武器を並べて販売していた。

 男性が座っている後ろにはカゴが置いてあり、そちらにも予備か何かが入っているようだ。


 足を止めてしゃがみ込み、武器を鑑定していく。

 鉄製の長剣や短剣、槍や斧などがある。


「いらっしゃい。手に持つ時には声をかけてくれ」


 少しかれた声をかけてくる男性に頷いてから、適当な長剣を見繕って持たせてもらう。

 しっかりした作りのようだが、なぜ露店で売っているんだろうか。

 少し疑問に思ったため、世間話代わりに聞いてみると教えてくれた。


 なんでも、作ったのは鍛冶場にいる見習い連中だそうだ。

 この街では武器屋が馴染みの鍛冶場の職人に武器を作ってもらい、それを販売しているらしい。

 熟練の職人が作る武器はどの武器屋も取り扱ってくれる。

 しかし、未熟な見習い連中が作ったものは大手の武器屋で扱ってくれない。

 そこで、目の前の男性のような露天商が売れ残っている見習い連中の武器を売る様になったという。

 この露天商のように将来店を構えようと考えている人間は、まだ芽の出ていない将来有望な見習いを常にチェックして今のうちからつながりを作っているということだった。


 そこまではなるほどな、と思いながら話を聞いていた俺だが、値段の話になると驚かされた。


「えっ? この剣、15000リルもするの?」


「ん? 良心的な値段だろう。武器を買おうと思ったら金貨数枚は飛んでいくのは当たり前だ。良い職人のやつだと金貨10枚以上してもおかしくないぞ」


 そんなものなんだろうか。

 宿に食事付きで泊まったら一泊250リルで、そこらの屋台で売っている食事をみても一食50リル前後だから、もっと安いのかと思っていた。


 いや、しかしこれは逆に考えるとメリットもあるのか。

 俺が自分で作ったやつでも金貨数枚稼げるチャンスがあるってことだし。


「ちょっと聞きたいんだけど、もし俺が武器を調達してきたとして、こんな風に露店で販売できるのって簡単にできるの?」


 思いついたことをとりあえず聞いてみる。


「露店をやりたいなら商工ギルドに加入する必要があるぞ。加入するのに30000リル。で、露店を開くためにこのゴザを借りる必要がある。ゴザの大きさと、場所によって値段が変わる。通り沿いのいい場所ほど高くなる仕組みだ」


 金足りね〜。

 ギルド加入でそんなにお金がかかるのか。

 どうしたものかと考え込んでしまう。

 そんな俺を見て、露天商は一つの案を出してくれた。


「なんだ? 武器職人にあてがあるのか? それならこっちを買っていってみないか?」


 そう言って俺の目の前に差し出してきたのは、後ろに置いてあったカゴだ。

 なかには錆びた剣や折れた剣、槍や斧などがある。

 これは値段交渉で値引きしたときに、引き取ったものらしい。

 多少の値引きとともに鉄素材を集めて、それを見習い連中に持っていき、安く作るのだそうだ。

 途中で折れた剣2本と、錆びた剣1本、この合計3本を8000リルで俺は購入することにした。

 ちょっと高い気もするが、まあ良いだろう。

 ついでに、なぜかあったカビが生えてボロボロだった革鎧とそれを入れる袋もおまけで付けてもらったからだ。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【交渉術】


 最初はおまけをつけてくれとゴネると嫌な顔をされたが、交渉術スキルをつけたら、かなりスムーズに話が進んだ。

 ボロいとは言え革鎧もそれなりの値段はするはずだ。

 具体的にどのくらい交渉術の効果があったのかはわからないが、今度は買い物をするときは最初からこのスキルを使うようにしようと決める。


 とにかくボロ剣3本を使って鍛冶スキルを試してみたい。

 マールちゃんのいる宿屋に向かって、ウキウキしながら帰っていった。

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