天才少女
「おーい、フィーリア。移動するぞ〜」
カールさんとの話を終えた俺は、商工ギルドの受付の中に入って受付嬢たちにお菓子をもらって食べているフィーリアを呼び出す。
キレイで可愛らしい童女のようなフィーリアだが、カールさんとの話し合いのときにはあまり同席させていない。
なんというか、精霊だからか悪気なく内緒話をおおっぴらに話し出す気がするからだ。
前に連れてきたのが盗賊討伐で独占した宝石の処分だったこともあり、受付の中で面倒を見てもらっていたら、すっかり溶け込んでいた。
そんなフィーリアを連れて、再びテクテクと歩きだす。
調合師リリーのところに行くからだ。
調合師リリーことリリアーナは天才である。
物心ついたときからすでに薬の調合をしていたという話すらある。
両親はすでに他界しており、祖父が育てていた。
といっても、祖父が調合師だったわけではなく、亡くなった母親が薬を調合していたそうだ。
母親が残したノートを見て、遊び感覚でポーションを作っていたらしい。
そうして、わずか8歳のときには商工ギルドへと加入し、商品としてさまざまな薬を作ってきたという実績がある。
だが、俺はその経歴をみて彼女を天才だと思ったわけではない。
別の理由があるのだ。
それは、俺が転移してきてこの世界に来てから初めて「スキルを理解した」人間だからだ。
俺はステータス画面にいろんなスキルをペイントし、そのスキルを使うことができる。
だが、俺はスキルを使うことはできても、どうやってそれを実現しているのか全く分かっていない。
例を挙げると、【料理】スキルを使用したとする。
モンスターの肉と野草を用意して料理スキルを発動すると、肉と野草が入ったスープを作ることができる。
このとき、スープとなった水分がどこから来たのか、また、用意していなかった塩や胡椒で味付けされている問題などが出てくるのだ。
料理に限らず、鍛冶や皮革加工でも謎な素材が組み込まれて、どういう加工がなされたのか俺には分かっていない。
そして、俺のスキル発動を見た人たちも、「すごく手際がいい」などと言って、スキルに全く違和感などを感じていない。
しかし、リリーことリリアーナは違った。
俺が使ったスキルを見て、どんな素材を使って、どう加工したら完成するのかを見抜いたのだ。
リリーとの初めての出会いは、やはり俺のポーション相場問題からだった。
俺が大量に作り、市場に流したポーションが問題となって冒険者ギルドと商工ギルドの両者を巻き込んで対応を話し合っていた。
そんな時、リリーがやってきたのだ。
「このポーションを作ったのは誰?」と言いながら。
俺が調合スキルで作ったポーションは他の人が作ったものよりも10〜20%ほど性能がいいと言われていた。
調合師としてどう作っているのかが気になったのだろう。
対応を話し合う会議でいきなり俺の首根っこをひっつかんで、自分のラボに連れていき目の前でポーション作りをさせられたのだ。
最初は「何だこいつは」と思ったが、すぐにその考えはなくなってしまった。
調合スキルが発動して、俺から見るとぱっと光り、次の瞬間には完成していたポーションを見て、リリーは「なるほど」とつぶやいた。
さっそく研究所で実験を行い、翌日には俺のスキルが作るポーションと同じ性能のものを完成させていたのだ。
まぐれではないのかと思い、その後はリリーの研究所で俺も研究に付き合うことにした。
結果、さまざまな薬で多くの発見が見つけられた。
薬の効能を向上させる、同じ薬でも新たなレシピを見つける、同じ素材でもコストダウンを可能とする、性質が全く変わってしまう、効能が減る、なにをしても改善点が見つからない。
多くの成功と失敗のデータが積み上がることになった。
気になったので、ステータス画面が見れるのかや、スキル発動がどのように見えているのかなどを確認もしてみた。
だが、それらは特に他の人と変わった様子はない。
ただ、調合は見せると「なんとなくどうやって作っているのか理解できる」と言うのみである。
これを持って、俺はリリーを天才だと認定することにした。
もっとも、ただの感覚派というわけでもない。
そもそも、彼女の母親の残したノートだけを頼りに調合の腕を上げてきたのだ。
資料を見て、実際に作り、改善していくという研究肌のところもある。
かつて行われていた慢性全身硬化病の特効薬研究の資料も彼女なら難なく読み取る事が出来るだろう。
□ □ □ □
フィーリアと並んで歩き、商工ギルドから幾つかの角を曲がるとリリーの研究所が見えてきた。
もっとも、研究所と言っても普通のレンガ造りの民家にしか見えない。
ただ、外からの見かけ以上に地下施設が広いのだ。
家のドアをドンドンと叩くようにノックする。
「リリー、俺だ、ヤマトだ。開けてくれ」
なんの反応もない。
いつものことだが、ノックしても出てきてくれる事は殆どないのだ。
そこで、ドアのノブへと手を当てて回してみる。
ガチャリ、と音がしてドアが開いた。
また、鍵をかけていない。
しょうがないやつだ、と心のなかで思いながら、家の中へと入ることにした。
「リリー、いるのか。入るぞ〜」
ドアを開けても人の気配がしない。
地上階である居住空間にはいないのだろう。
となれば、地下にある研究所にいるのか。
キッチンを通り過ぎ、荷物置きになっている部屋を通り、その奥の壁へと向かう。
見た目は他の壁と全く同じにしか見えないところを、手で触って調べる。
そこにボタンが幾つか埋め込まれていた。
このボタンを決められた手順でポチポチと押していくと、ガコンと壁が開いた。
初めてこのギミックを見たときは驚いたものだ。
これは錬金術によって作ることのできるゴーレムを利用しているらしい。
俺も錬金スキルをペイントすれば使えるのだが、今まであまり使ってこず、これを見るまでそんなことができるとは思っていなかった。
やる気と根気さえあれば、機械っぽいものでも作れるんじゃないだろうかと思う。
開いた扉の奥には階段があり、ここから地下へと降りていく。
薄暗い中を壁に手を当てながら降りていくと、再び扉があった。
ここでもノックをしたが反応がない。
が、やはりドアには鍵がかかっていないのでそのまま入る。
隠し扉があってもドアの鍵を忘れるようでは意味ないんじゃないだろうか。
「リリー、いるのか」
そう声をかけながらドアの向こうへと進む。
すると、いくつもの棚と机のある部屋の真ん中に人影がある。
リリーだ。
まだ、見た目が中学生くらいの女の子。
オレンジ色のような髪をボブカットにして、白衣を身に着けている。
身長は低い。140cmをようやく超えるかと言うくらいだろう。
そんな女の子がテーブルの上で試験官を振ると、ボンという音がした。
何らかの実験なのだろうか。
その様子を見ながら、手元の用紙に走り書きをしている。
その後、10分位それが続いて、ようやく一段落ついたようだ。
うーん、と両手を大きく上に上げて体を反らす。
そのときに、俺達の存在に気がついたようだった。
「あれ、ヤマトっちとフィーちゃんだ。どしたの? 来たなら声かけてくれたら良かったのにー」
純粋無垢な子どものような笑顔を向けて、天才少女リリーがトコトコと走って近づいてきた。




