娼館での情報収集
ミーアの店を出た俺は、慢性全身硬化病のことについて知っているであろう人のところへと足を運んでいる。
時刻は昼過ぎだ。
その場所に訪れるには少し早い気もしたが、行ってみることにした。
やってきたのは特区エリアにある月光館。
慢性全身硬化病が遺伝もするが性行為でも感染するのであれば、娼館で話を聞くのが一番いいのではないかと思ったからだ。
今の俺はここで遊ぶ金は全く無いので入るのにためらってしまうのだけれど。
木の匂いを嗅ぎながら、月光館の入口から中へと入る。
基本的には娼館は夕方から始まるため、この昼過ぎの時間帯は空いていない。
ルナのような娼婦などは寝ていることも考えられる。
誰に話を聞くべきかと思ったが、入ってすぐの休憩室に支配人の姿があった。
「これはこれは、ヤマト様。このような時間にどうされましたか」
特区エリアの中でも最高級と呼ばれる月光館ではあるが、支配人は少し変わった人として知られている。
現に今は休憩室の掃除を月光館のトップである支配人自らが行っているのだ。
もっとも、オーナーが別におり、支配人自体は現場叩き上げの人らしい。
変に気取ったところがない人なので俺も話しやすく感じている。
「実は支配人に少しお聞きしたいことがありまして。慢性全身硬化病という病気についてなのですが」
俺がそう話し始めると、いつも冷静な支配人がほんの僅かに顔をしかめた。
「それはもしや、ヤマト様がその御病気であるということでしょうか?」
「あっと、いえ、違います。私ではないのですが、知人がその病気かも知れないということを人聞きで知りまして。私はその病気について詳しく無い為、本人に聞く前に詳しく知っている方に少し教えてはもらえないかと思いまして」
「なるほど。そうでしたか。では、ここでは何ですので、支配人室にてご案内致しましょう。そちらでお話させていただきます」
よく考えれば、性病についてのことを高級娼館でいきなり口にしたのはまずかったかな。
まあ、とりあえずこれで少しは詳しい情報が得られるに違いない。
そう思って、支配人に案内され奥の部屋へと進んでいった。
□ □ □ □
「ヤマト様は慢性全身硬化病について、どの程度御存知なのでしょうか」
支配人室の応接机を挟んで、向かい合うようにして話が始まった。
温かく、緊張がほぐれるハーブティーもごちそうになりながら、俺も答える。
「えーと、あまり知らないのですが、リアナの風土病のような病気で、遺伝と性行為で感染するということでしょうか。昔は多かったけれど、今は数が減っているものの患者は存在して、薬は高くてなかなか買えないといったことくらいですかね」
「基本的なところは知っておられるのですね。慢性全身硬化病の症状などについてはご存知ですか?」
「あっ、そういえばちゃんと知らないですね。死につながる病気であるとは聞いたんですが」
「ふむ。それは正確ではありませんね。実はこの病気は2つの特徴的な経過をたどるのです。まず、健康な人間が新たに慢性全身硬化病になったとしましょう。その場合、その新感染者は慢性全身硬化病によって死ぬことはありません。ですが、その人が子どもを作ると、殆どの確率で子どもは慢性全身硬化病となって、遅くとも成人後までにはなくなってしまうのです」
んん?
ややこしいな。
ようするに死につながるのは遺伝で、性行為による感染だと死ぬことはないってことなのかな。
「それなら、性行為による感染では死なないということになるのですね。なら、病気にかかっていても気が付かないってことになるわけですか」
「いえ、気づくことは可能です。それは、慢性全身硬化病になると爪の伸びるスピードが異常に早くなるという症状があるからです」
「爪ですか?」
「はい、その通りです。実はどの娼館でも入ってすぐに休憩室とラウンジが用意されています。その目的の1つに爪のチェックがあるのですよ。慣れたものが見れば、その間にでも伸びている爪から判断できますし、爪に特徴的な筋が入っていることも多いからです」
「は〜、休憩室なんかにはそういう意味もあるんですね。というか、爪が伸びる病気なのですか? 慢性全身硬化病と言うのは」
「新感染者は爪の変化くらいしか現れないと言われています。遺伝者に関しては全身の組織が石のように硬くなるとのことです。実際にはその前に内臓などの機能が低下して亡くなることがほとんどのようですが」
「なるほど、内臓機能が悪くなってしまうから死につながる病気というわけですね。昔と比べて患者数が減ったというのはなぜですか? 薬は昔は安かったとか?」
「いえ、薬は昔でも高価だったようです。ですので、薬以外の方法で患者数を減らすことにしたようです」
「薬以外ですか」
「実を言うと、それがこの特区の始まりなのですよ。それまではリアナでも無数の娼館や娼婦がおり、誰がどんな病気を持っているか把握できていなかったのです。それに最初は性行為で感染るということもわかっていませんでした。ですが、性行為でも感染する可能性があるとわかったときに、当時の領主様が娼館の営業を許可制にして、この特区エリアだけで行うように定めたのですよ」
「へー。ここにそういう由来みたいなものがあったんですね」
「はい。最初は懐疑的な意見もあったようですが、実際に効果が現れて患者数が減ってきました。さらに後には月姫などのランク制度もでき、他の街からもここを目的に訪れる方が増えたため、今でもこの特区エリアが続いているのです」
なるほど。
そういう歴史もあるのか。
「特区エリアへは来ない方でも、爪を見れば慢性全身硬化病がわかるということが広く知られております。子どもが成人までにはなくなるというのが分かっておりますので、決まりがあるわけではありませんが、慢性全身硬化病の方は結婚できない事が多いですね」
「ふーむ。でも、そこまでしててもこの病気はなくなっていないんですね」
「そうですね。特区エリアができて、すでに長い年月が経過しております。その為、この病気の方はどちらかと言えばお金を持たない貧しい方が多いのです。病気であると分かっていても、治すことができないということもあるのでしょう」
「薬は手に入らないのですか? 飲めば治るようであれば、手に入れようと考える人もいると思うのですが」
「薬について詳しいことはわかりかねます。確か、遠い異国の地で作られた薬でなければならないようで、買い付けに行くだけでも大変だと聞いたことがございます。キャラバンが片道1年以上旅して来るそうでございますよ」
ひえ〜。
片道1年ってどんなところまで行くんだろうか。
盗賊なんかも出るだろうし、安く薬を買い付けるのは難しいかな。
クエストの達成条件は治療法の確立だったはずだ。
輸送の手間とスピードを現状よりも早くして安く仕入れる方法はどうかな?
買い付けの場所や移動距離や方法なんかも全くわからないから、この方面から考えてもどうしようもない気がする。
なら、やっぱり薬そのものを作れるようにしたほうがいいのか。
よし、病気についてはおおよそわかった。
次は薬のことでも情報収集に行ってみようか。
支配人へと礼を言って、俺は再び移動を開始した。




