ペイントスキルの検証
走り始めてすぐに宿らしき建物が見えてきた。
中に入ってすぐに声をかけられる。
「いらっしゃいませ。お食事ですか? お泊りですか?」
そう聞いてきたのは、まだ若い女の子だ。
10歳代中頃で栗色の少しウェーブがかかった髪の毛をしている。
シャツは俺と同じような茶色系の麻のシャツだが、スカートは薄い赤色でワンポイントとしてリボンが付いている。
小顔で整った顔立ちをしているため、端的にいって可愛らしい。
決まりだ。ここに泊まるしかないだろう。
「泊まりで一泊お願いします。あとで食事も食べようと思います」
「一泊食事付きですと、250リルになります」
リルというのはお金のことだろうか。そういえば単位すら知らなかった。
カウンターの上に革袋を置いて、中から銀貨を3枚ほど取り出してみる。
「これでいいかな?」と聞いて、女の子に手渡す。
「はい。300リルだから50リルのお返しですね〜。部屋は2階の一番奥を使って下さい」
俺が考えている間に、お釣りと部屋の鍵を用意して渡してくれた。
ふむ。銀貨が1枚で100リルということだろう。お釣りとして大きめの銅貨を5枚渡されたところを見ると、これは大銅貨で1枚が10リルかと検討をつける。
なんとなくのお金の基準が見えてきた。
しかし、それよりも先にペイントスキルについて調べるのが優先だろう。
女の子にお礼を告げて、さっそく部屋へと向かうことにした。
部屋のドアに鍵を差し込み、回す。ガチャリという音とともに、ドアを開け部屋の中をみる。
部屋は4畳くらいで木製のベッドが空間の半分ちかくを占めていた。
他には小さな机と椅子がワンセットある。
椅子に座り、ステータスオープンと念じる。
ステータス画面は声に出さなくとも、表示させることができるようだった。
表示されているステータスを見ると、剣術の文字がある。
ステータス画面を閉じても文字は消えたりしないということだろう。
そういえば、ペイントスキルでペイントした場合、効果の持続時間とかはあるのだろうか。その辺も調べておかないといけないかもしれない。
だが、まずは思いつく限りのスキルを書き込んでみる必要がある。
スキル盛り盛りのチートを目指すのだ。
□ □ □ □
「ヤマトさ〜ん。もうすぐ夕食の時間も終わりですからはやく食べてください」
部屋のドアがノックされて、声をかけられる。
気がつけば、かなりの時間が経過していたようだ。
木製の採光用の窓の外はすでに暗くなっている。
どうでもいいが、ステータス画面は本当にモニターのような感じで、暗くなった部屋の中でもしっかりと文字が読めるようになっている。
部屋から出て、階段を降り1階へと向かう。
基本的にこの宿は1階に受付と酒場があり、上の階が宿になっているようだ。
酒場にいくつかあるテーブルの開いている席に座るとすぐに、食事がやってきた。
「へい、お待ち」
といいながら、ドンと荒い動作で料理が置かれる。
スキンヘッドの筋肉ががっしりとついた男性だ。
いかつい風貌に反して、可愛らしいエプロンがなんともミスマッチに感じられる。
もしかして、この人がこの宿の主人なのだろうか。怖い。
男性から目をそらして、料理に目を向けるとクリームシチューのようなものとパンがある。
グ〜とお腹がなった。
そういえば、午前中にこちらの世界にやってきて、それからは何も食べていなかったことを思い出す。
「いただきます」と言いながら、スプーンでシチューを掬って口へと運ぶ。
温かいシチューは口に含むと濃厚なミルクの香りが口いっぱいに広がった。
「うまい」
自然と声に出ていた。
スキンヘッドのおっさんが「そうだろう、そうだろう。しっかり食えよ」と言いながら、背中をバンバンと叩いてくる。
見た目どおりのパワータイプみたいだ。痛い。
笑いながら俺の背中を叩いていたおっさんは、他からの注文が入ったようでキッチンの方へと戻っていった。
しばらくシチューを食べてから、今度はパンも食べてみる。
パンは軟らかい食パンのようなものではなく、硬いフランスパンみたいな感じだった。
最初は一生懸命ガジガシとかじっていたが、顎が疲れてくる。
他の客を見てみると、シチューにパンをつけて軟らかくしてから食べている。
同じようにしてパンを食べると、シチューの香りに麦の香がプラスされ、さらに味わい深い食事へと変わった。
ゆっくりとした食事を堪能できた。
おもったよりもパンがずっしりとお腹にたまって、満腹感がある。
美味しい料理がこの世界にあって、良かったなと思う。
食事を終えたら、ウエイトレスとして酒場を駆け回っていた受付してくれた女子から、桶にお湯を入れたものをもらった。
どうやら、お風呂に入る習慣はないみたいで、お湯をつけた布で体を拭くのが一般的らしい。
布すら持っていないため、使ってもいい布をマールちゃんに借りてから部屋へと戻って、身体を拭いていく。
この世界は日本とは違い、カラッとした空気なので汗をかいたとしてもあまり気持ち悪くはならなさそうだ。
季節とかはあるのだろうか。
とりあえず、今の気温などは日本の春と同じポカポカと暖かい感じがしているので、こちらも春と仮定しておくことにしよう。
身体を拭き終わったら、桶を部屋の隅へと移動し、ベッドへと向かう。
外はもう真っ暗だ。
部屋の中は壁の1カ所にろうそくが灯されている。
しかし、ろうそく1本では十分な明かりとはいえない。
もう寝るしかないんだろうか。
日本ではもっと遅くまで起きているのが当たり前だったから、まだ全然眠くはならない。
体感的にはまだ9時にもなっていないように思う。
仕方がないので、再びステータス画面を表示させる。
画面を見つめる俺の顔は真剣だ。
原因はペイントスキルの能力に制限があったからだ。
ペイントスキルを使うとステータス画面にも書き込みができる。それは間違いがない。
そして、書き込みができたスキルについてはきちんと使用可能であることもわかった。
ここまでは良かった。
しかし、問題は「ステータス画面に書き込めるスキルの数」にあった。
無制限に、いくらでもスキルを増やせるというものではなかったのだ。
増やせる数はスキル欄にスキルを1つのみだ。
何度でも消して新しく書き込めるから、いろんなスキルが使えるものの、複数のスキルを同時には使えないことがわかった。
要するに剣術スキルを使って、熟練の剣士の動きができても、剣術と火魔法を組み合わせて魔法剣を使うといったことはできないみたいだ。
さらに言うと、剣術や火魔法といったスキルを書き込めても、魔法剣というスキルは書き込めない。
ペイントスキルで書き込めるスキルと書き込めないスキルがあるということになる。
食事の時間までひたすら思いつく限りのスキルをペイントした。
なんとなくの書き込みできないスキルの傾向はつかめてきた。
いわゆる、強スキルっぽいものはできないものが多いらしい。
【強奪】や【転移】、【無限収納】、【飛行】といったスキルがだめだったのが痛い。
逆に書き込み可能なものもたくさんあった。
武芸スキル系の【剣術】や【槍術】、【弓術】などといったもの。
身体強化系の【体力強化】、【魔力強化】、【回復力強化】、【暗視】、【鷹の目】など。
魔法スキルは系統があるようだ。【火・水・風・土・光・闇】がある。
光魔法で回復魔法が使えるとわかったのは嬉しかった。
さらに、【探知】や【隠密】といったものや、【鑑定】や【交渉術】、【礼儀作法】。
そして、生産系の【鍛冶】や【調合】、【木工】、【皮革加工】、【細工】といった感じか。
一般的というか、基礎的な感じのスキルはできるが、変わったものや強力なものは駄目といったところか。何が一般的で基礎的かというのは置いておいてだが。
さらに他にもわかったことがある。
それは、ステータス画面にペイントスキルが書き込めるのは「スキル欄にスキルを1つ増やす」という行為だけだということだ。
正確に言うと、例えば種族をヒューマンからエルフやドワーフに変えることはできなかった。
Lvについても、書き換えてLv100にしたり、体力や魔力をあげることはできなかった。
自由自在に好き勝手できるというわけではなさそうだ。
他にも思いつかなかったスキルなどはあるかもしれないが、それらは思いついたときにでも試していけばいいだろう。
ペイントスキルの検証はとりあえずこれにて終了だ。
明日からは、このスキルを使ってまずは金策だ。
1年間生活できるようにしていかなければいけない。
この土地でどうやったらお金を稼げるのか。
今日は広場から宿までしか移動しなかったため、街の全体像はわからない。
しかし、広場にあった噴水の向こう側では露店がいくつもあり、自由市のような感じになっていたはずだ。
確認できたスキルの中で鑑定や交渉術がある。
売り手すら気がついていないお宝を鑑定で見つけたりできたら最高じゃないだろうか。
とは言え、今から焦っても仕方がない。
まだ少し早いが、ろうそくの火を消してベッドの中へと潜り込んだ。
明日は朝から露店巡りといってみよう。
ワクワクしすぎて、なかなか眠れなかったのは仕方がないだろう。
金貨1枚=銀貨100枚=大銅貨1000枚=銅貨10000枚