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ステータス画面

「さて、と。どうするかな」


 近くにあったベンチに腰掛ける。

 あまりの急展開に驚いたものの、椅子に座ることによって視線が変わったからか、自然と周りに目を向けることができた。


 石畳で広がるこの場所は広場のようになっているようで、少し離れたところに噴水らしきものも見える。

 そのさらに向こう側にはいくつもの露店があるようで、雑多な市場を形成しているようだ。

 もしかしたら自由市みたいなものなのだろうか。

 あとで見て回ってみるのも面白いかもしれない。


 市場とは反対側に目を向けると、遠くの方にお城のようなものも見えている。少し小高い丘のような感じの上に建てられているようだ。

 そこに至るまでの道もしっかりと石畳で整備されており、その左右にはレンガで作られた建物が並んでいる。

 それぞれの建物に看板らしきものが吊り下げられているところをみるに、それぞれの建物が店で商店街のようになっているのだろう。


 そして、道には多くの人が歩いて移動をしている。

 ぱっとみた感じでは茶髪や金髪が多く、肌の色も白い人が多いようだ。

 今まで海外旅行をしたことがないので、ここがヨーロッパだと言われても少し信じてしまいそうな気がする。


 だが、チラホラと剣や槍などの武器を携帯していたり、革鎧を着ている人もいるところをみると、やはりヨーロッパとは別の世界なのだろう。


 そんなことを考えてから、ようやく自分にも変化があることに気がついた。

 たしか、ついさっきまでスーツを着ていたはずだ。

 新社会人用の安いスーツと革靴を着込んで、初出勤したのはつい先程のことだったのだから。


 しかし、今の俺は全く別の格好に変わっていた。上下とも茶色っぽい麻のような服に変わっていたのだ。

 ズボンに至ってはゴムではなく、単に紐で縛ってずり落ちないようにしているだけの、シンプルなものである。


 そして、それとは別に腰には剣と革袋がある。

 剣の分類はよく知らないが、ぱっと見たところ西洋の直剣で刃渡りが50〜60cmほどで、ショートソードに当たるものなのだろうか。

 重さは3kgほどのダンベルに近いと思う。

 こんなものが腰にあるのに気が付かなかったとは、自分で思っているよりも冷静さがなかったのかもしれない。


 さらに、剣とは別にある巾着のような革袋の中身を見てみると、幾つかの種類の硬貨が入っていた。

 色合いから見るに、金貨・銀貨・銅貨っぽいような気がする。

 それぞれがどのくらいの価値があるのか、全くわからない。が、この用意されている硬貨の金額では1年分には満たないのだろうということだけはわかる。


 服や荷物はそれだけだった。

 俺が会社に持ってきていたカバンや書類、筆記用具、それにスマホや財布なんかはどうなっているんだろうか。

 よく考えたら、向こうに連絡もとれないんじゃないだろうか。

 家族が心配すると思うが、どうなるんだろう。住吉さんあたりがきちんと対処してくれるのだろうかと、今更になってもっと聞くべきことがあったなと考えてしまった。





 ふうと、自然と口から息が漏れていた。

 いろいろと考えないといけないことがあるが、やはりまずは金策だろうか、と思ったところで、重要なことを思い出した。

 たしか、異世界転移をするとスキルが手に入ると言っていたはずだ。

 ステータス画面から確認できるようなことを言っていた気がする。

 どうやってステータス画面を見るのかすら知らないので、適当に声に出して見ることにした。


「ステータスオープン」


 口につぶやいた瞬間、ちょうど目線の先にタブレットの画面くらいの大きさの四角形が空中に出現した。

 どうやらあたりだったようだ。

 なんとなく、手を伸ばして触れてみると、その画面に触った感触が指にある。

 なんというか、超極薄のモニターだけを触っている感じだ。

 画面の前後を指でつまんで近くに引き寄せてみると、自分の思う通りに動かすことができる。

 新しいおもちゃを手に入れた子どものような気分だ。

 異世界というよりも、どちらかと言うとゲームの世界に迷い込んでしまった印象を受ける。


 と、あんまりはしゃいでステータス画面を振り回していたからか、通行人が何人かおかしな人でも見るような目でこちらに視線を送ってきている。

 いきなり変人扱いをされても困るので、コホンとわざとらしく喉を鳴らしてから、改めてステータス画面を見ることに。

 最初は出現した画面そのものに気を取られていたが、名前の通り、そこにはきちんとステータスが表示されていた。




 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 名前:ヤマト・カツラギ

 種族:ヒューマン


 Lv:1

 体力:100

 魔力:100


 スキル:異世界言語・ペイント


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




「なにこれ? これだけ?」


 確かにステータス画面にステータスは表示されている。

 しかし、想像していたものよりも遥かにシンプルなものでしかなかった。

 普通、もっとこう力とか耐久力とか敏捷性とかいろいろな数値が記載されているものなんじゃないの?

 全然、参考にならないんだけど。


 というか、それだけじゃない。

 問題はスキルだ。

 異世界言語については話に聞いていたとおりのものだろう。

 近くを通り過ぎる通行人同士が話している声が聞こえてくるが、その内容もきちんと聞き取れている。

 これはあとで文字が読めるかどうかを確認しておくくらいで大丈夫だろう。


 しかし、もう一つのスキルである「ペイント」とは何なのだろうか。

 嫌な予感しかしないが、詳細を見ることができないかと思い、タブレット感覚でペイントと書かれた文字の上を人差し指でタップしてみる。

 すると、画面に変化が現れた。



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 スキル:ペイント……あらゆるものに自在にペイント(書き込み)できる


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 嫌な予感が的中した。

 俺のイメージしていたのと同じ、文字通り「ペイント」する能力なのだろう。

 呆然としながら、地面に転がっている石を拾い上げて、手の平にのせる。

 そして、脳内で「ペイント」とつぶやいてみた。

 すると、本来はレンガのかけらだったのだろう薄汚れた茶色っぽい色をした石が、一瞬にして色を変える。

 手の平には真っ黒な石が乗っていた。俺がイメージした色の通りである。


 確かにすごいことはすごいのだろう。

 一瞬でイメージ通りに色を変えるなんてことは、現代社会でも難しいのかもしれない。

 しかし、わざわざ異世界までやってきて、スキルを手に入れてまでしてほしい能力だとは思わない。


「これってもしかして、いわゆるハズレスキルなのかな」


 どうしようか。

 本気でステータス画面の右下にあるコマンドボタンっぽいものを押そうかと考えてしまう。

 おそらくあれは地球への帰還コマンドだろう。

 さっき、画面をつまんでいるときに触れたが、本当に帰りますか? といったニュアンスの確認画面がでてきたのだ。


 しかし、異世界に来て1時間もしないうちに帰るというのも、もったいない話には違いない。

 もう少しだけ、このペイントスキルを調べてみよう。


 手に持つ石に思いつく限りの色を着色していく。

 わかったことといえば、頭でイメージしたとおりの色に瞬時に変わるということと、リセットすれば、もとの自然な色合いの石に戻すことができるということだった。


 さらにペイントを使ってみる。

 ペイントスキルは一度使うと、ステータスに表示されている魔力を1だけ消費するようだ。

 なかなかコストパフォーマンスはいいと言えるのかもしれない。

 金貨や銀貨の色を見ながら色を変えると、それっぽい色合いの金属の石に見えないこともない。

 単純に単色をベタ塗りするようにもできるし、自動で自然な配色にもなるようだ。

 絵を描いた経験もない俺にとって、この自然な配色は助かる。

 もっとも、実際の金の石と比べれば重さが違うだろうから、手に持たれてしまえば騙すことも難しいだろうが。


 ふと、思いついて石に文字を書き込んで見る。

 すると石の表面には文字が浮かび上がった。

 が、面白いことに俺の書こうとした日本語の「石」とは違い、別の文字が浮かび上がっている。

 アルファベットに似ているが、英語ではないその文字は、しかし、その意味するところは「石」であることがわかる。

 おそらく、自動的に異世界言語スキルが発動しているのだろう。

 思わぬところで、しっかり文字も読み書きできることがわかったのは良かったのかもしれない。


 しかし、このペイントスキルは役に立つものなのだろうか。

 少なくとも戦闘では役に立たないだろう。

 剣と魔法の世界で、モンスターも存在すると言われているのに戦闘系スキル無しで戦ってみようとは思えない。


 それならば、生産系として活動したとして何ができるのだろうかと思ってしまう。

 少し変わったペンキ屋として仮に1年間生活ができたとしても、なら次回からはどうするんだという問題がある。

 ペイントスキルで色を塗りたくることに、はたして月の女神様とやらの役に立ち貢献ポイントを得られるかといえば、難しいのではないだろうか。


 異世界に来たばかりのときにはテンションマックスだったが、すでにだだ下がりになってしまった。

 改めて、ステータス画面を見つめる。

 スキル欄にかかれている異世界言語とペイントという文字。

 そこを指でなぞりながらため息混じりにつぶやいた。


「はあ、せめて変わったレアスキルじゃなくもいいから剣術とでも書いてあればよかったのに……」


 つぶやいてから一度頭を上げて、空を見上げる。

 雲の少ないまさに快晴といった天気だった。

 暫くの間、ゆっくりと流れる雲の動きを目で追いかける。


 なんとなく、むしゃくしゃして指で摘んでいたステータス画面を手裏剣のように投げてやろうかと思い、スッと目の前に移動させた。

 そこで、ステータス画面に違和感を感じた。

 なんだろうと、よく見てみると、先ほどまで表示されていたのとは少し変わっている部分があったのだ。



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 名前:ヤマト・カツラギ

 種族:ヒューマン


 Lv:1

 体力:100

 魔力:100


 スキル:異世界言語・ペイント・剣術


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




 何故か、スキル欄に剣術が表示されている。

 最初に見たときに見落としていたのだろうかとも思ったが、そんなはずはない。

 確かに剣術スキルはなかったはずだ。


 すると、考えられることはさっき意識せずにつぶやいていたことが原因なのではないだろうか。

 『剣術とでも書いてあれば』とつぶやいたときに、無意識にペイントスキルが発動していたとすれば。


 そういえば、ペイントスキルの詳細を見たときに「『あらゆるもの』に自在にペイント(書き込み)できる」とあったはずだ。

 『あらゆるもの』というのはもしかしたらステータス画面すら含まれていたのではないのかと気がついた。


 もしも、そうならば【ペイント】というスキルはハズレなどではなく、大当たりかも知れない。

 さっそく、検証が必要だ。

 しかし、気がついたら太陽の位置もだんだんと傾いてきている。

 しっかりとした検証を行うためにも落ち着いた、邪魔の入らない場所が必要だろう。

 先ほどまでの、どんよりとしたテンションだだ下がりの状態から打って変わって、俺は慌てて宿屋らしき場所へと走り出していた。

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