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ハイド教官

「それじゃ、盗賊団討伐には参加するということでいいのね。手続きを進めるわよ」


 アイシャさんがそう言いながら、書類を出してくる。

 討伐に参加する冒険者がサインを書き込む書式となっている。

 それにサインを書き込む。

 冒険者がサインした一覧表をチラリと見たが、実力のある人から俺よりも後に冒険者登録をした人の名まであった。

 ここまでくると、玉石混交で作戦に支障は出たりしないか気になるのだが。

 そう思いながらも、サインを終えて書類を提出する。


「はい、書類を確認しました。参加メンバーは明日の朝に東門を出たところに集合することになっているわ。ギルドが用意した馬車があるので、それにのって出発することになるから、今日中に用意を済ませておいてね」


 アンバー商会が襲われたのは、リアナから東に行ったところにある交易都市リーンとの間だ。

 リーンは広大な河のそばにある都市で、川と陸の道路を使って交易しており、非常に栄えているという。

 距離が結構離れており、襲撃地点まではリアナから馬車で3日ほどの距離となるらしい。

 もっとも、さっさと現場に行くために途中である宿場町で馬を交換しながら、超特急で現場へと向かうことになるという。

 おそらく、1日と少しで着くことになるのではないか。


 盗賊団の討伐に対して何を用意すればいいのかはわからないが、とりあえず日持ちのする食料や回復薬を中心にそろえておくことにした。

 宿に帰ると、マールちゃんに少し遠征することになると報告しておく。

 以前ラスク村に行った際は、ギルドで話を聞いた直後に、すぐ出発したので宿に対して報告なしだったのだ。

 いきなり帰ってこなくなった俺は少し心配かけてしまっていたみたいだし、スーツなどの使わない持っていくことのできないものもある。

 荷物を置いておいてもらう意味も込めて、多めにお金を渡しておいた。




 □  □  □  □




 翌朝、日の出ととともに動き出す。

 東門まで行ってみると、何台もの馬車が用意されていた。

 すでに移動を始めているものもあれば、ギルドのものではなく冒険者が自分の馬車を使っているケースもあるようだ。

 点呼をとっているギルド職員に名前を告げる。

 適当な馬車にのってくれ、と指示を受けたため、近くに停まっていた馬車に乗り込むことにした。

 屋根のない荷車型の馬車が多かったが、俺は数少ない屋根有の馬車へと乗り込む。

 もう季節が夏らしくなってきているのだ。

 今の朝の時間帯であればいいが日中になると暑さがやばいことになる。

 一日中、直射日光に焼かれ続けるなんて御免こうむる。


 運よく乗り込めた屋根有馬車はしばらくすると出発することになった。

 だが、最後に乗り込んできた人が予定外だった。


「なんでハイド教官がいるんですか?」


 俺が問いかける。

 最後になってやってきたのは、訓練場で俺をしごき続ける鬼教官のハイド氏だった。

 すでに満員だったにもかかわらず、1人を強制的におろして乗り込んでくるという事態になった。

 荒くれ者の多い冒険者たちがそれでも文句を言わないのは、このおっさんが今でも現役として通用しそうなくらい強いことが理由として挙げられる。

 まさか、盗賊のお宝を狙っているんだろうか。


「ああ。俺は今回、ギルドの現場担当官になったんだよ。うちの馬鹿どもが騎士様がたとケンカにならないようにするための交渉や作戦立てたりしに行くんだよ」


 ああ、そういえばギルド職員も行くって言っていたような気がする。

 なるほど。

 美人の受付嬢よりは現場にいても違和感のない人選に違いない。

 もっとも、なにかとこちらをかまってくるのが多少問題といえば問題だが。

 まあ、何もすることがない馬車の中で話し相手がいるというのはありがたい。

 しばらくハイド教官と話をして時間をつぶしていた。


「そういえば、お前はちゃんと経験があるのか?」


 しばらく話をしていたとき、急に教官が聞いてきた。


「経験? 何の経験ですか?」


「何ってそりゃお前、童貞かって聞いてんだよ」


「は、はあ? いきなりなんなんですか。ど、ど、童貞ちゃいますよ」


 急に変なことを聞かれたため、思わず変な口調になってしまった

 つーか、いきなり何聞いてくるんだこのひとは。


「なに勘違いしてんだよ。殺しだよ。お前は今まで人を殺したことがあるのかって聞いてんだよ」


 人を殺した経験?

 それを確認したかったのか。

 童貞とか紛らわしい聞き方しなきゃいいだろ。


「一応ありますよ。3人だけ。襲い掛かってきたから、反撃でやっただけですけど」


「そうか。経験があるんならいいがな。今回の盗賊討伐は当たり前だが、殺しの仕事だ。下手に確保しようとしたりはするなよ。迷わずやれ。いざというときにためらったりするやつは死んじまうからな」


「わかりました。『ためらうな』っていうのは前にアイシャさんに相談したときにも言われたんでわかっていますよ」


 そう答えると、教官は呆れたように言ってくる。


「はー。お前はいつも、アイシャ、アイシャ、アイシャって言ってるよな。アイシャはお前の母親じゃねえんだぞ。もうちっと、しゃっきりしろよ」


 うっ。

 確かに何かあるごとにアイシャさんには相談してるけども。

 そう指摘されるとつらいものがある。

 しっかりする、か。

 日本にいるときには自分はしっかりしていると思ってたんだけどな。

 けどしょうがないだろう。

 価値観や常識なんかが違うんだから。

 いかつい教官と華麗できれいなアイシャさんのどっちに相談するかっていえば誰だって後者になると思う。

 俺は悪くない。


「ま、それは置いといて。殺すのはためらいませんよ。この討伐に参加することに決めた以上、昨日のうちに覚悟も決めましたから」


「そうか。わかってんならいい」


 教官はそうつぶやいた。




 □  □  □  □




 馬車による移動がようやく終わった。

 出発をした翌日、すでに太陽は真上近くにまでなっているころになって目的地に到着した。

 リアナから交易都市であるリーンに向かう道はラスク村へ行ったときのような道とは根本的に違う。

 交通量が多いため、道幅も広く、一日移動したあとは野宿しないですむように小さな宿場町が用意されているのだ。

 アンバー商会が襲撃を受けた場所、そこから盗賊が逃げたルートからアジトの場所を予測し、そこに近い宿場町を拠点にすることになっている。

 今、その宿場町までやってきたということだ。


 宿場町とは言っても大きな町ではない。

 飲み水が確保できるように数個の井戸があり、それを維持・管理しながら使えるように、井戸を中心に宿泊施設がある。

 ここは素泊まりが基本のようで、ほかには食堂・酒場が数件あるくらいのようだ。

 俺たち冒険者は大部屋に雑魚寝になる。

 初めて来た俺は、あたりをキョロキョロと見渡していた。

 すると、教官が首をガシッとつかんで言ってくる。


「ほら、何やってんだ。行くぞ」


「えっ、行くってどこにですか?」


「これから先に来ている騎士たちと話し合いがある。お前も来い」


「いや、何でですか。俺は職員じゃないですよ」


「いいからついて来い」


 そういって引きずられていく。

 教官はもう1人ギルドの職員を連れて、1つの宿へと向かった。

 あそこは確か、宿ごと騎士が借り切っているんだったか。

 作戦本部的なものかな?


 騎士についてはあまり詳しく知らない。

 平民がなれないこともないらしいのだが、確かほとんどが貴族出身のはずだ。

 基本的には領主や貴族が治める街や周辺の村などの有事に対応するための戦力に当たる。

 ただ、冒険者とは違い、簡易的な司法権を持っているのだったか。

 要するに、切り捨て御免ができる存在で、貴族以外は殺してもおとがめなしになるケースが多いらしい。

 あんまりそんな連中がいるところに常識を知らない俺を連れて行かれても困るんだが。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【礼儀作法】


 とりあえず、無礼だという理由で殺されるわけにはいかない。

 かといって何がNGワードになるのかもわからないため、スキルに頼ることにする。

 どんな連中が待っているんだろうかとドキドキしながら、会議室へと案内されていった。


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