高級店
「ただいまー。マールちゃん部屋空いてる?」
ラスク村の森に発生したゴブリンの群れがすべて全滅されると、俺はリアナに戻ってきていた。
戻ってきてすぐ、以前にも泊まったことのある宿屋へ部屋が空いているかを確認する。
「あれー? ヤマトさんじゃないですか。久しぶりですね〜」
奥にいたマールちゃんがパタパタと走りながら近づいてくる。
相変わらず小動物のようなかわいらしさのある子だ。
「お部屋は前使っていたところが空いていますけどそこにしますか?」
そういって、2階の一番奥の部屋のカギを手渡してくる。
お金を払って鍵を受け取った俺はさっそく部屋へと入っていった。
4畳ほどの広さしかないが、不思議と落ち着く部屋だ。
はじめて泊まったころより多少増えた荷物を部屋に置いて、備え付けのイスに座る。
そうして、ステータス画面を確認することにした。
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名前:ヤマト・カツラギ
種族:ヒューマン
Lv:1
体力:100
魔力:100
スキル:異世界言語・ペイント
獲得貢献ポイント:10P
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Lvは相変わらず1のままだ。
これはもう上がらないものとして考えておいたほうがいいのかもしれない。
なんで変動もしない項目が存在しているのかもよくわからないが。
ただ、新たに追加された獲得貢献ポイントの項目があるのがうれしい。
ゴブリン退治では危ない場面もあったが1000万円を手に入れることができるのなら頑張ったかいがあったというものだろう。
もっとも、命がけなのに1000万円が妥当な値段設定なのかどうかは微妙なところだが。
あとは、残りの期間を無事に過ごして途中でリタイアしないことが重要だ。
リタイアすればこの10P分だけではなく、基本給の300万円もなくなってしまうからだ。
荷物を下ろした俺は1階の酒場へと顔を出す。
もう時刻は夜になっており、ちょうど食事の時間だからだ。
そこで給仕をしているマールちゃんに少し尋ねてみた。
普通、1年間でどれくらいのお金があれば生活が可能なのかということだ。
その人の生活スタイルにもよるが、この城塞都市リアナではおおよそ1カ月に金貨1枚あれば生活ができるという。
1年は12か月、1か月は30日というようになっているらしい。
そして、これまで俺は全然知らなかったが、この暦に月が関係しているらしい。
この世界の月も夜になったら空に光って浮かんでおり、日によって月の満ち欠けがある。
全く光らない新月がだんだんと光る範囲が増えて満月になり、再び新月になるのが30日で、12回新月を迎えるとちょうど季節が一巡する。
要するにこれは月を参考に暦を決める太陰暦を使っているのだろう。
地球のものと全く同じかどうかは分からないが、お月様さえ見られればおおよその日付が分かるという、何とも分かりやすい暦だった。
ゴブリン退治で大量のゴブリンの討伐部位と、ゴブリンジェネラルの皮膚をギルドに売却した俺は懐が温かい。
すでに楽に1年を暮すことができるだけの金貨を得ていた俺は、それからしばらくはのんびりと過ごすことに決めた。
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「おまたせ、ヤマト。待った?」
そういって俺に声をかけてきたのはアイシャさんだった。
俺がリアナに帰ってきてからすでに数日が経過していた。
この日はアイシャさんと一緒に食事に行くことになっている。
俺が異世界へと来てすぐのときに相談にものってもらったし、森の調査に行った後もすごい心配をかけたようだったので、少し奮発していいものを食べに行く予定だ。
この街は北側に貴族街があり、そちらに近いほうが富裕層が多く、南に行くほど貧しい人が生活するエリアになっている。
その中でも、庶民エリアの一番北側にある高級店に俺は予約を入れておいたのだ。
その予約の日が今日というわけである。
貴族が使う店ではないのにもかかわらず、普段使いの麻の服や冒険者用の装備では店には入れないと聞いていたので、俺は服を新調している。
もっとも、中古として売られていたスーツに似た服を【裁縫】スキルによって新品同様へと作り変えただけなのだが。
この世界は服を買うと高い。
それだけではなく、新しく服を買うというのは仕立て屋さんで生地から作ることになるため、ものすごい時間がかかってしまうのだ。
とてもスキルなしでは数日で用意できなかっただろう。
俺があわてて用意したスーツとは違って、待ち合わせに現れたアイシャさんはもともとドレスを持っていたのだろう。
薄い青色の生地で作られたドレスだ。
透き通るようなきれいな肌と合わさって、妖精のようにすら見えてしまう。
貴族の夜会などに混ざっても全く不思議ではないように思う。
あまりの綺麗さに見とれてしまった。
その後、あわてて服が似合っていることを褒めたが少しタイミングが遅かったかもしれない。
こういう時に、もっと自然にしゃべることができるようになれればいいのに。
馬車を使って目的の店に来た。
先に馬車を降りて、手を差し出し次に降りるアイシャさんをエスコートする。
これでやり方はあっているんだろうか。
そう思いながら、店を見る。
店の外観は大理石で作られたようなきれいな建物だった。
俺の中で外食するとなるとレストランをイメージしてしまうのだが、この店の見た目はどこかの美術館だと言われても納得してしまうような造りになっていた。
「失礼いたします。本日ご予約のお客様でございましょうか」
店を見ていると、入り口にいたまさに紳士とでもいうべき男性に声をかけられる。
おそらく店の関係者だろう。
しかし、ここはホントに貴族が来ないような店なんだろうか。
この男性も貴族の執事として数十年仕えています、と言われても信じてしまいそうなんだが。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【礼儀作法】
お手上げだと思った瞬間、スキルをペイントした。
礼儀作法というスキルだ。
ペイントスキルがステータスにもペイントできると知ったその時、検証を行ったがその時に使えることを確認していたスキルの一つである。
もっとも、その場では「こんなスキル、いつ使うんだよ」と笑っていたのだが。
だが、この場では非常にありがたいスキルだ。
何せ俺はこの世界での基本的なマナーすら知らない。
いや、日本でも完璧なマナーなど知りもしないが、場所が変われば思いもしない常識がはびこっているかもしれない。
このスキルさえあれば、少なくとも俺のせいでアイシャさんに迷惑をかけてしまう可能性はぐっと減るだろうと思った。
案内の男性に入口の扉を開けてもらい、中へと通される。
石造りの建物だが、正面入り口から真っ直ぐに続く通路の下にはフカフカの絨毯が敷かれているため、足音は全く聞こえない。
通路のそばには、本当に美術品が飾られている。
鑑定眼を使っていない俺にはそれが何かすらわからないが、きっとどれも高級なのだろうということだけは分かった。
しばらく進むと、右の扉を開けて奥の部屋を案内された。
その部屋は広々とした空間になっていた。
支えなのか、飾りなのかはわからないが、きれいな円柱の柱が何本もある。
どの柱も表面には非常に細かな彫刻が施されている。
広い空間をところどころ観葉植物で区切るようにして、テーブルなどが配置されている。
普通に話しているくらいならば、それぞれの会話の内容は聞こえないだろう。
ほかのお客を見ると、女性連れで食事に来ている人もいれば、おそらく商人同士で食事をしながら会話している人もいる。
商人同士は商談や接待に使っているのかもしれない。
俺とアイシャさんは一番端の席へと案内された。
イスに腰掛けると観葉植物によって他からは見えない。
これならば多少の失敗も目立たないだろうとホッとしてしまった。
「こんな高級なお店は初めて来たよ。ちょっとドキドキする」
「私もそうよ。このお店のことは聞いたことがあったけれど、入るなんて初めての経験だわ」
そういいながら、アイシャさんがこちらを見る。
「でも、本当にいいの? こんなお店でごちそうになってしまって」
「うん、もちろん。アイシャさんへのお礼と心配かけたお詫びだから。お金も稼げたしね」
「ありがとう。でも、お金は使いすぎてはだめよ。男の人はみんな手に入ったお金をすぐ使い切ってしまうんだから。きちんと貯金しておくのよ」
「あはは……」
きっと、どこの世界に行ってもこういう会話を男は女の人に言われるんだろうな。
ただ、俺の場合は来年になったらこの世界からいなくなってしまうのだ。
稼いだ分はきちんと使っておかないともったいないと思ってしまう。
それからしばらく、食事が来るまで話を続けた。
俺が森に入ってどうしていたのかや、最近少し体調が悪かったらしいアイシャさんはもう大丈夫なのかといったことなどだ。
俺の今後についても聞かれた。
1年くらいはずっとのんびりしていようかとも考えたのだが、数日で気が変わった。
この世界はインターネットもなければテレビもない。漫画もない。図書館すらないのだ。
本気で何もすることがないため、暇でしょうがないのだ。
なので明日からどうすべきかを悩んでいた。
「することがないのならギルドの訓練場にでも顔を出してみたら? ある程度体は動かしておかないとなまるでしょうし」
ふむ。
それもいいかもしれない。
戦闘系スキルを使えば、体がなまっていても問題はないのかもしれないが、やはり最低限鍛えておいてもいいかもしれない。
鬼刀のアビリティのこともあるし、筋トレだけしていてもいいかもしれないなと思った。
話をしていると喉が渇いてきた。
テーブルの上には金属製のコップが置いてあり、水が注がれている。
そこで、一口水を口に含んだ。
「うまい……」
ただの水ではなかったのか。
水道水やミネラルウォーター、井戸水、それらのどれとも違う気がする。
口に含んだ水はその瞬間に味が違う。
しかも、それだけではなく喉を通過する瞬間にフワッと消えて体へと溶け込んでいくようにすら感じた。
なんだろうか、この水は。
「そちらの水は『月の滴』でございます」
俺が驚いていると、いつの間にかそばにやってきた男性が話しかけてきた。
案内してくれた人とは違うが、こちらも紳士然とした男性だった。
少し白髪が混じった、顎髭のある男性だ。
この店のウエイターさんだろうか。
「月の滴はとある植物から取れる水でございます。月に一度、満月の日にだけ花を開け、その開いた花の中に貯められていた水分を採取しております」
「そういえば今日は満月でしたね」
「はい、左様でございます。当店では満月の日にのみ月の滴をご用意させていただいております」
そんなものがこの世にあるのか。
この店に食事に来るか、俺の料理スキルで料理をふるまうか、どちらにしようか悩んでいたが、食べに来てよかった。
そんな不思議食材があるとは思ってもいなかった。
「お待たせいたしました。こちらはコーンスープでございます」
水を飲んでいるだけで満足しそうになっていると、一品目にコーンスープが運ばれてきた。
見た感じはごく普通の、黄色いコーンスープに見える。
だが、重厚な厚みのある木に彫刻を施したテーブルの上にきれいなテーブルクロスがかけられており、食器は銀製のお皿とスプーンだ。
それだけでも、普通のコーンスープには見えないなと思った。
「……すごい。これもおいしい」
だが、見た目普通のコーンスープもただのコーンスープとはわけが違った。
スプーンですくった感じはサラリとした感じなのに、非常に味が濃く、深い。
「こちらはシークレットコーンを使用しております」
「シークレットコーン?」
「はい。シークレットコーンとは栽培されたコーンの粒の中でも特に状態の良いものだけをより分けたものでございます。千粒のうちでも数粒ほどしかございません。また、熟練の目を持ってしか、判別できないところからシークレットコーンと呼ばれております」
よくわからんが、恐ろしい手間がかかっているようだ。
残りの粒はどうするのだろうかと、庶民の俺はそっちが気になってしまう。
しかし、味が濃いように感じる割には全くくどくならない。
そのため、いくらでもほしくなってしまう。
俺はあっという間にコーンスープを飲み干してしまった。
「次の品はさまざまな旬の野菜を使ったレインボーサラダでございます」
見てみると、サラダに一番量が使われているはレタスのような見た目の野菜だった。
たぶんレタスだろうと思って、それだけをとるようにして口に入れる。
ものすごいシャキシャキしている。
歯触りがすごくいい。
さらにそれだけではなく、噛むたびにどんどん野菜の甘みが出てくる。
この野菜だけでもずっと食べていたいと思わせる甘さだ。
だが、次にほかの野菜と組み合わせて食べるとまた違った甘みを感じた。
なるほど、7つの種類の野菜を使っているところからレインボーサラダなのだろう。
その後も今まで食べたことの無い品が出てきたがどれもこれもがおいしかった。
今まで経験したことの無い味ばかりだった。
どれも、舌を楽しませてくれる上、月の滴を一口飲めば口の中がスッキリするため、新たな品もゼロから楽しめる。
そうしていると、メインディッシュが運ばれてきた。
「こちらは大角牛のサイコロステーキでございます」
牛と聞いて家畜かと思ってしまったが、実はモンスターらしい。
巨大な角を持つ牛で、凶暴なため市場にはあまり出ず、庶民が普段食べることはないとアイシャさんが教えてくれた。
「このソースもすごくおいしいですね」
サイコロステーキは小皿に入れられたソースにつけて食べる。
だがその前に、ソースだけをスプーンにつけて舌にのせてみたのだ。
ステーキソースのようだが、これも今まで食べたことのない味がする、と思う。
「そちらのソースは隠し味として、マジックキャロットをすりおろして加えております」
「マジックキャロットですか? あの魔力回復薬に使う素材の?」
驚いた様子でアイシャさんが訪ねていた。
どうもMPポーション的な薬に使う素材を料理として使っているようだ。
もちろん、ソースには薬らしさはかけらも感じられない。
肉の味を引き立てるように作用している。
どれもこれも、素晴らしい料理ばかりだった。
料理スキルで作ることのできる料理も確かにおいしい。
だが、今まで作ったのがその辺のモンスターを狩ってきて野草を加える料理ばかりだった。
それとは食材選びからして根本的に違うのだろう。
最高級の食材を、最適な調理法によって、最高の環境で食べる。
なかなかできることではないが、この店に食事に来たのは大正解といえるだろう。
最後はプリンのようなデザートを食べて食事は終了した。
大満足の食事を終えたあとはアイシャさんを送り届け、宿へと帰って行った。
食事代だけで1人前が金貨1枚と、庶民の生活費1月分と同額だったが、ぜひまた行きたいお店だった。




