エイダの心
私はラスク村という小さな村に生まれた。
何もない、食べていくだけで精一杯の村だ。
私の親父は狩人だった。
1人で森に入って、たくさんの獲物を狩ってくる優秀な狩人だ。
母親は知らない。
私が生まれてからしばらくして死んじまったらしい。
母親の記憶が全くない私にとっては親父が唯一の家族だった。
小さい頃から親父が森に入っている間、家の中のことをこなした。
どうやら私は器用だったようだ。
おかしいよな、口や性格はがさつなのにさ。
家の掃除や洗濯、料理。できることはみんなやった。
そのうちに、解体部屋で親父が狩ってきた獲物を解体することも増えてきた。
自然と自分は狩人になるんだろうと思った。
数年前に親父が死んだ。
病気だった。
村には他に狩人はいなかったから、私が唯一の狩人ということになる。
この森は私の庭だ。
毎日、森へと狩りに出て獲物を調達してきた。
私がこの森を、村を守っていくんだと、そう考えるようになっていた。
最近森の様子が変だ。
ゴブリンが増えている。
もともと、たまにならゴブリンがこの森へと迷いこんでくる事はあった。
年に数回という程度だろう。
しかし、最近は頻繁にやつらが森の中を歩いてやがる。
森の中の異変は村への危機につながる。
すぐに村の連中に話した。
だが、連中は私の言葉に耳を傾けねえ。
なにが「やっぱり女はゴブリンが出ただけで怖がるのか」だ。
今はそういう話をしてんじゃねえだろうが。
この村は森に近かったがずっと平和ではあった。
ゴブリンが出たときは親父が始末して、報告しなかったことも多かったはずだ。
だからか、いまいちこれが危ないことだってのがわかってないみたいだ。
村の中で唯一、私の話を理解してくれたのはヤザンの旦那だけだった。
旦那は昔、冒険者として有名だったらしい。
私の弓は親父譲りだが、槍の腕はヤザンの旦那に鍛えられた。
最後に頼りになるのはこの人かもしれねえと思っていた。
それが、どうだ。
寝ぼけて転んで腰を痛めただ?
それこそ寝言は寝て言えってんだ。
旦那ももう年なんじゃねえかと思ったとき、村にゴブリンが迷い込んだ。
すぐに旦那が気がついて対処したみてえだったが、怪我が相当辛かったらしい。
これでようやく、村の連中も危ないんだってことがわかったろう。
考えが甘かった。
リアナのギルドにゴブリン退治を頼むことになるとおもってたが、蓋を開けてみれば調査依頼を出すことになりやがった。
金がねえのはわかるが、私のいうことがそんなに信じられないってのか。
くそ、イライラする。
リアナに行っていたホゼが帰ってきた。
ようやく冒険者を連れてきやがったらしい。
ゴリ押しして村長の家に上がりこんで、話に参加することにした。
何だこいつは?
これが冒険者だってのか?
キレイな金髪に日焼けのない真っ白な肌、それに装備は全部新品じゃねえか。
どう見ても世間知らずのボンボンが遊びで冒険者になりましたってのがひと目でわかんだろうが。
ホゼの野郎はちゃんと目がついてんのか。
「おいおい、わざわざ冒険者を連れてきたと思ったら、随分若いやつを連れてきたもんだね。私はここの森で狩りをしているエイダってもんだ。森でのことは私が一番詳しいんだ。入るのは構わないが、私のいうことは絶対聞くんだよ」
思わずそう言っちまった。
村長が苦い顔をしてるが、構うもんか。
これで怒って帰るくらいだったら、それこそこっちから願い下げだね。
若い冒険者はあっさりと「分かりました」と答える。
拍子抜けした。
今まで村に立ち寄った冒険者はみんな自分中心のやつばかりだったからだ。
まあいい。
言うことを聞くってんならこき使ってやろう。
最悪、荷物持ちくらいにはなるだろう。
とりあえず、空き家を案内したあと、私からの洗礼を与えてやることにした。
突撃鍋を食わせてやる。
森で狩りをする私は畑仕事はできない。時間もないからだ。
だから、手間がかからず育つ豆を少し植えていた。
この豆は収穫したら壺に入れて保管しているが、たまに古くなって腐りかけになっちまうやつがどうしても出てくる。
そんなときは私はスープに入れて食べる。
村の中でこんな食い方をするのは私くらいだ。
腐りかけだし、スープにしても泥水みたいに見えるからだ。
驚いた。
こいつ、平気で突撃鍋を食ってやがる。
目には涙まで浮かべて、うまいうまいって言いながら何杯もおかわりまでしやがった。
いいとこのボンボンじゃないのか?
私の料理をここまでうまそうに食うやつは初めてだ。
面白い。
こいつの名前、ヤマトっつったか。
狩りの素質があればアドバイスくらいしてやろうか。
ダメだった。
想像以上にだめじゃねえか、こいつ。
なんで森の中で、そんなにガサガサ歩くんだよ。
獲物を見つけても、まっすぐ追いかけようとしやがるし。
こいつ本当に冒険者やったことあんのか?
アドバイスがどうとかじゃねえ。
ついつい、口も手も出ちまった。
今日は殆ど森に入らずに終わっちまった。
こんなんじゃいつまでたっても森の調査なんざできなんじゃないか。
だがまあ、見込みが無いわけじゃないか。
どんなに厳しく言っても、ふてくされることはないみたいだ。
素直にいうことを聞いている。
子どもみてえだなと思った。
次の日も森に入った。
まだまだ甘いがヤマトの森歩きはちょっとは様になってきてる。
そんなことを思ってたら、突撃猪を見つけた。
昨日もうまそうに食ってたからな。
ここで狩って今日も食わせてやるか。
驚いた。
こいつ、突撃猪を弓で一撃で仕留めやがった。
厚い胸筋を貫いて、一撃で心臓に矢が突き立てられている。
突撃猪は足に矢を刺して動きを鈍くさせる、それから槍で安全に仕留めるのがセオリーだ。
こんな一撃で仕留めるって、どんな弓の腕前してやがんだ。
その後もまた驚かされた。
仕留めた突撃猪をその場で、瞬く間に解体しやがった。
毛皮なんか脂肪一つ残ってないほど丁寧にそがれている。
しかも、牙から矢じりまで作りやがった。
どれも、しっかりした作りの矢じりだ。
どういうことだ?
どっかの貴族のボンボンなら弓の腕がすごくても、まあわからなくもない。
だけど、解体や矢じり作りは貴族なら自分ではしないだろう。
一体何者なんだ?
村に帰ってからは、楽しそうにいろんなものを触っている。
私の槍や弓も新品みたいに変えちまいやがった。
革鎧を直しているときには笑っちまった。
ずっと私の胸ばっかり見てやがる。
下心が丸わかりだが、そこらの男どもと違って下卑た表情ではない。
嫌な感じはしなかった。
それからもヤマトと森に入り続けた。
初めてあったときの不安は完全になくなっていた。
圧倒的な弓の腕。
遠く離れた場所にいるゴブリンの、その小さな目に百発百中で当てている。
どいつもこいつも即死だ。
しかもそれだけじゃない。
ちょっと変わった刀とかいう剣の腕も凄まじい。
ゴブリンを骨ごと切り倒している。
なんの抵抗もさせず、全て一撃で切り伏せていた。
ゴブリンに上位種がいた。
やっぱり間違いない。
森にはゴブリンの群れができているんだ。
それもかなり大きい群れに違いない。
すぐに報告しにいった。
だが、ちゃんと報告を聞くんだろうか。
私がそうつぶやいたら、ヤマトが先に家に寄ると言い出した。
袋にゴブリンの耳を詰めてやがった。
なるほど、これを見せつければ村長も納得するだろう。
ヤマトが1人で森に入ると言い出した。
馬鹿言ってんじゃねえ。
お前みたいな森のド素人が1人で森に行ったらどうなるかわかったもんじゃねえだろ。
ゴンと頭を殴りつけて、私も同行させるように約束させた。
狩りでは行かない距離まで森の中へ入った。
ゴブリンの上位種の種類と数がどんどん増えている。
だんだん私の手には負えなくなってくる。
いつしか、弓での援護くらいしかできなくなっていた。
何日も何日も森の中を歩き回ってようやくゴブリンの群れの集落を見つけた。
途中、少し通りにくいところがあるからこっちまで来たことがなかったが、思ったよりも村に近い。
それだけじゃない。
なんて数のゴブリンだ。
何匹いやがるのか数えることもできない。
そんな時、ものすごい雄叫びが聞こえた。
空気を震わせ、体の奥からビリビリと震えるような雄叫びだ。
その雄たけびの後、そいつは現れた。
大きな毛皮のついたモンスターを担いで、そいつは移動してきた。
あの毛皮は暴食熊か。
親父に聞いたことがある。
森の中で見かけても、絶対に手を出したらいけない危険なモンスターだ。
暴食熊を担いできたのがゴブリンキングだとヤマトがいう。
しかも、他にはゴブリンジェネラルまで複数いるときた。
終わった。
こんな奴らがいるとは思わなかった。
ゴブリンキングやジェネラルなんて、実力のある冒険者を山ほど集めて戦わないと勝負にすらならない。
しかも、群れの数が多すぎる。
どうしようもないじゃないか。
ゴブリン共の姿を見ているだけでも恐怖で体が震える。
そんな私をヤマトは支え続けてくれた。
なんでこいつはこんなに平然としていられるんだ?
村に帰って報告する。
ヤザンの旦那が冒険者ギルドの動きを予想する。
まあそうだろうな。
こんな何もない村を守るために犠牲を増やすようなことはしないだろう。
私でも待ち構えるなら、この村じゃなく後方に陣取るだろう。
私たちは全員が顔を下に向けて、諦めていた。
そんな中、ヤマトが言いやがった。
「俺も村に残る」だと。
自分がなにを言っているのかわかっているのか。
1人戦えるのが増えたくらいでどうにもならないに決まっているだろう。
やめろ。残るな。危険すぎる。
あんたは村には関係ないんだから逃げても誰も文句なんか言わない。
だというのに、次の日には森の中へ入っていきやがった。
ならばせめて私もついていくと言ったが、今度はどうあっても折れなかった。
絶対に1人で行くから、姐さんは村を守れ。
そう言って1人で行っちまいやがった。
1日が過ぎた。
ヤマトは戻ってこない。
追うかとも考えたが、あいつみたいにスルスルとゴブリン共を避けて森を移動できないだろう。
グッとこらえて待つことにした。
2日たった。
まだ戻らない。
今頃はゴブリンの集落についているんだろうか。
今ならまだ引き返せる。
帰ってこい。
3日たった。
どうなったろう。
諦めて帰り道の途中を走っていてほしい。
4日たった。
夜まで待っても帰ってこない。
まさか。
不安が頭をよぎる。
次の日も、その次の日も帰ってこない。
不安だった。
心配だった。
なにも手につかなかった。
ずっと森の方を見続けていた。
その次の日にはギルドから職員がやってきた。
アイシャとかいう若い女だった。
凛とした美しい女だ。
同じ女の私から見ても引き込まれるような魅力を放っている。
そのアイシャが狼狽している。
ヤマトが1人で森に入ったと聞いてからだ。
ヤマトとはどういう関係なんだろうか。
同じサラサラの金髪に透き通るような肌は並んで立つとお似合いだろうなと思った。
胸が痛くなった。
おかしい。
こんな経験はしたことない。
思わず胸をおさえてしまった。
その日、もう暗くなりかけていたころだ。
畑仕事をしていた村人が私のもとに駆けてきた。
森の中から全身緑色の大きな体格をしたやつが現れたらしい。
村長の家に向かっているらしい。
慌ててヤマトに直してもらった装備を身に着けて、村長の家に走った。
村長の家に入った。
ちょうど、ヤザンの旦那とアイシャも入口で出会ったので一緒に入った。
村長の目の前にそいつはいた。
全身が暗い緑色をしているが、ゴブリンではなかった。
ヤマトだった。
驚かせやがって。なんでそんな格好をしてるんだよ。
殴ってやろうかと思ったら、私の横をアイシャが走り過ぎた。
顔を真っ赤にして怒っている。
ヤマトのやつは怒られた犬みたいに小さくなりながら何度も謝っていた。
アイシャが心から心配して怒っているのがわかった。
やっぱりそういう関係なんだろうか。
それから村は慌ただしくなった。
村のそばに冒険者の拠点を作ったりしていたからだ。
いろんな冒険者がやってきて森へと入っていった。
そんな日々が10日ほど過ぎて、ゴブリンの群れの全滅が冒険者ギルドによって宣言された。
次の日にはヤマトは私や村長、ヤザンの旦那に挨拶をしてリアナへと帰っていった。
この10日間は忙しくてほとんど話す時間もなかったのにあっさりしたものだった。
先に帰ったアイシャを早く追いかけたかったのかもしれない。
こうして、ラスク村の危機は終わった。
私はベッドで涙を流し続けた。
魔物の群れ編終了。
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