全滅
ゴブリンキングを倒した。
体からあふれる興奮を外に吐き出すように、俺は雄叫びを上げ続けていた。
よくテレビでスポーツ選手が、無意識にガッツポーズが出たなどと言っていたが、なるほどこんな感じなのかと思った。
だが、ここは森の中だ。
しかも、走って逃げてきたとは言え、それほどゴブリンの群れの集落から離れているわけでもない。
これ以上声を出して、他のゴブリンが近寄ってきたら困る。
即座に動き出そうとした。
しかし、ここで俺の手に握られているのが今まで使ってきた愛刀ではなく、異世界転移時に支給された剣だということに気がつく。
慌てて放り捨てた刀の柄を拾いに行くが、やはり根本からボッキリと折れてしまっている。
折れた刃の部分はゴブリンの胸に深々と突き刺さった状態だ。
どうしよう。
やはり、なんというか刀があったほうがいい。
これまで使ってきて愛着が湧いたのと、なんとなく安心できる気がするからだ。
なんとか作り直せないかと思って、ゴブリンキングに刺さった刃を抜き取ろうとするが、筋肉がギュッと締まっているのか生半可な力では抜き取れそうになかった。
しょうがない。
こうなったらゴブリンキングの死体を解体してしまおう。
多分、解体したら刀もポロッと外れてくれるに違いない。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【解体】
そうと決めたらすぐに解体スキルを発動させた。
ゴブリンキングの体が光り、幾つもの部位へと別れる。
角や全身の皮膚、それにあれはなんだろう。アキレス腱か何かがある。
ありがたいことに折れた刃もなくなることなく、地面に落ちて残ってくれていた。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【鍛冶】
今度は鍛冶スキルを発動させて、まず折れた刃と柄や鞘の部分を一緒にインゴット化してしまう。
おそらく、刀を作成できるだけの鉄の量はあるはずだ。
そう判断して、次に刀作成をイメージした。
初めて刀を作ったときのことを思い出すな、そう思ったときに異変が生じた。
鍛冶スキルを発動させるといつもと同じ光景として、インゴットが光りだした。
しかし、光ったのはインゴットだけではなく、そばに落ちていたゴブリンキングの角も光ったのだ。
ゴブリンキングの巨体からさらに天に突き立つようにして生えていた、いかにも硬そうな角だ。
そして、光が収まると、インゴットと角がなくなり、新しい刀が地面に横たわっていた。
いつもと同じように刀には柄や鞘も出来上がっている。
ただ、柄に巻かれた布が少し緑がかっていた。
違いはこれだけなのだろうか。
そう思って、刀を手に取り、鞘から引き抜いた。
ヌラリ。
なんと表現してよいのかは分からないが、鞘から出てくるときにいつもとは違う感覚が生じた。
刀身をみると、表面には波打つような波紋がある。
だが、色が違った。
刀身に浮かび上がる波紋は深い緑色だったのだ。
何だこれは。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】
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種類:鬼刀
アビリティ:力30%UP
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気になったので、鑑定眼によって鑑定をしてみた。
以前までの刀は単に「種類:刀」としか表示されていなかった。
自由市などでみても、物品鑑定をしてもその種類名しかわからなかったのだ。
それがどうだ。
同じように刀を作ったはずが、鬼刀という別の種類へと変わってしまっている。
さらに、今まで見たことのないアビリティなるものも存在している。
これはもしかしてあれだろうか。
今まで見たことはなかったが、マジックアイテム的なものなのだろうか。
こんなものが作れるのなら先に説明しておいてくれよ、と思わなくもない。
ちょっと気になったので、ペイントスキルを使って他の文字を追加できないかも試してみた。
だが、残念なことになにもペイントすることができなかった。
非常に残念と言わざるをえない。
それが可能ならば、全身マジックアイテムだらけの無敵超人になれたかもしれないのに。
っと、いけない。
新しい発見に我を忘れてしまいそうになっていたが、いつここにゴブリンが来るのかもわからないのだ。
だが、他にも素材が残っている。
せっかくなのでゴブリンキングの皮膚から革鎧も作れないだろうか。
そう思って、試してみた。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【皮革加工】
ビンゴだ。
ゴブリンキングの硬い皮膚を全身部分に使い、さらにスキルの謎技術によってカチコチに硬く処理・加工されている。
もはや革鎧というよりも甲冑に近い気さえしてしまう。
ゴブリンキングのもともとの皮膚の色よりも黒っぽい緑色の鎧を俺は身にまとった。
外套と合わせると、重度の緑色好きと認定されてしまわないかと心配してしまう。
少し期待していたアビリティは、こちらの鎧にはついていなかった。
なにか条件があるのだろうか。
もしかしたら、ゴブリンキングの角に何らかの力が宿っていたのかもしれない。
□ □ □ □
新しい武器と防具を手に入れた俺は、荷物をまとめてすぐに移動を開始した。
ゴブリンの群れの次の動きを見極めなければならない。
注意深く観察しながら様子を伺っていたが、どうやらゴブリンキングは本当にたった1匹で俺を追いかけてきていたようだ。
慎重に、慎重に行動しながら移動を続けた俺は、戦うこともなくゴブリンの集落が見える位置へと戻ることに成功していた。
木に登り、上から集落を見下ろす。
驚いたことに、集落はそれまでと同じ様子だった。
奇襲があったにもかかわらず慌てた様子らしきものが見えない。
いや、よく見ると集落の入口に当たる部分に、それまでいなかった見張りのようなゴブリンもいるようだ。
ただ、座って「グギャグギャ」と隣のゴブリンと話しているため、見張りとしてはおそまつだが。
これはどういうことだろうか。
しばらく集落の様子を確認し続けていたが、それからも特に変わった様子はなかった。
そこでふと気がつく。
ゴブリンキングは1匹で追いかけてきたのだ。
そこで、俺に殺されてしまった。
だが、それを知るものはゴブリンの中には誰もいない。
考えてみれば当たり前のことだった。
そこからさらに考える。
そういえば、最初にゴブリンキングの姿を見たときも、あいつは自分で暴食熊を担いで持ち帰っていた。
もしかしたら、普段から単独行動を好んで行っていたのかもしれない。
そして、ゴブリンキングのあの強さだ。
ゴブリン連中もその強さを知っているはず。
奇襲を仕掛けて失敗して逃げ帰った俺を追いかける王の姿は、絶対に負けるはずのない弱い獲物を遊び気分で狩りにいったように見えていたのかもしれない。
この仮定がどこまで正しいのかは、実際のところわからない。
ただ、現実の問題として今のところゴブリンの群れに特に動きは見られない。
ならば、俺も少し休ませてもらおう。
仮眠を取ったとは言え、一晩中集落を監視し、朝イチで化物と戦ったので疲れ切っていた。
木から落ちないように固定して、そのまま木の上で眠ることにした。
□ □ □ □
目が覚めたあとも、俺は森の中にとどまり続けた。
ゴブリンキングを倒してもクエスト達成になっていないからだ。
やはり、群れ全体をどうにかしないといけないようだ。
だが、相も変わらず俺のLvは1のまま、体力と魔力はともに100から変わっていない。
連戦や長期戦はとても得策とは言えない。
さらにゴブリンキングに劣るとはいえゴブリンジェネラルもLvが高い。
万全を期す必要があると考えた。
集落を見張り、ラスク村方面へと狩りに出かけるゴブリンの小集団を隠密スキルで追いかけて始末する。
それを行いながらも、集落にいるゴブリンジェネラルの情報も集めた。
最初は2匹しかいないと考えていたゴブリンジェネラルだが、後になってもう1匹いたことが判明した。
それなりの数のゴブリンの群れと一緒に、ゴブリンジェネラルが帰還してきたのだ。
もしかすると、どこか離れたところへ行っていた群れが戻ってきたのかもしれない。
このゴブリンジェネラルが集落へと戻ってから、急に集落内が全体的に雰囲気が変わった。
群れ全体のトップであったはずのゴブリンキングがいないことが何らかの作用を現したらしい。
言語は理解できないが、3匹のゴブリンジェネラルが言い争いをしている。
もともといた2匹と帰ってきた1匹が争っているのか?
キングがいるときは3匹が対等だったのかもしれないが、上に誰もいないとなれば「我こそがトップだ」と思うのはゴブリンも同じなのかもしれない。
そうなれば、最悪の場合、群れが3つに別れてしまうかもしれない。
俺1人の監視は到底無理になってしまうだろう。
険悪なムードになった3匹のゴブリンジェネラルをその日の夜に潜入して始末した。
鬼刀のアビリティの効果は思った以上に良かった。
最後の1匹はアーツを使用せずに攻撃を加えてみたが、十分にダメージを与えることができたのだ。
もっとも、ゴブリンジェネラルクラスを一撃で即死させるには、やはりアーツを使ったほうが確実というのも理解したが。
もっと、筋トレでもして筋肉をつけるべきかもしれない。
□ □ □ □
ゴブリンジェネラルをすべて処理した俺は、角3本と皮膚1体分だけを持ち、ラスク村へと帰還することにした。
ここまでやったにもかかわらず、いまだにクエストは終了していない。
やはりゴブリンは全滅させる必要があるのだろう。
ただ、それを1人でやるにはきつすぎる。
森の中に入ってからすでに5日経過していた。
今から帰れば、冒険者ギルドも動き出しているだろう。
大物は倒したから、とにかく森に入って残党狩りしてもらうように頼むしかない。
荷物を背負って森を駆け続け、2日後にはラスク村へと戻ってきていた。
ポツポツと建つ家と畑があるだけのラスク村はど田舎と言える。
だが、たった1人でずっと森の中にいた後にみると、人の気配があるというだけでものすごい安心感を感じた。
よかった、村が無事でよかった、そう思った。
村に戻ってすぐに村長の家に話をしにいった。
しばらく姿のなかった俺が死んだとでも思っていたのか、まるで亡霊をみるような顔をされてしまった。
だが、すぐに笑顔に変わり「よう戻った」と肩を叩かれた。
村長のこんな顔は初めてみる気がする。
意外と心配してくれていたのかもしれない。
そうしていると、村長宅に人が集まってきた。
ヤザンさんとエイダさん、それにアイシャさんの姿まであった。
「アイシャさん? なんでここに?」
「なんでじゃないわよ。ヤマトが森の調査に行ったら、そこにゴブリンキングの群れがあるって報告が来て、すぐに召集をかけてこっちに来たのよ。そしたら、1人でまた森に入って行ったっていうじゃない。ダメじゃない。なんでそんな危険なことをするの!」
アイシャさんがものすごい怒っている。
申し訳なく思いつつも、美人が怒ってもやっぱりキレイなんだなと思ってしまった。
「ちょっと、ちゃんと反省しているの?」
顔を真っ赤にしながらも、目には薄っすらと涙が見える。
いや、ホント申し訳ない。
スキルを使ったら楽勝で暗殺できると思ってたのは、相手を侮っていたと言わざるをえない。
たかがゴブリンがあんなに強いとは思わなかったんだよ。
「ごめんなさい。相手を舐めてました」
そう言って頭を下げる。
「でも、ゴブリンキングとゴブリンジェネラル3匹は倒したから。他にも上位種はいるけど、これなら冒険者がすぐ森に入っていっても大丈夫じゃない?」
その場にいた全員がポカンとした顔をしている。
あんまり信じてもらえていないような気がする。
なので、前と同じに物的証拠の提出をすることにした。
ゴブリンキングで作った武器と鎧、そしてゴブリンジェネラルの角を出して、「これが目に入らぬか」とばかりに見せつける。
ヤザンさんが昔、ゴブリンジェネラルの角を見たことがあったのが幸いした。
ヤザンさんから「間違いない」というお墨付きをもらってからの動きはスムーズだった。
まだ、陣地を設営し始めたばかりの冒険者ギルトは、拠点をラスク村へと移動させた。
俺とエイダさんによる森の中の情報をもとに、多くの冒険者たちが森へと入っていった。
それから、ゴブリンを全滅させ、集落を焼き払ったのは10日ほどが経過した後のことだった。
――クエスト「ラスク村を救え」を達成しました
こうして俺は異世界に来て初めてクエストを達成した。




