クエストの内容
ゴブリンの群れの集落を見つけた俺とエイダさんは今、ラスク村へと帰還中である。
ゴブリンキングやゴブリンジェネラルの姿を見たエイダさんはしばらくショックを受けているようだった。
だが、今は落ち着きを取り戻している。
こういうふうな立ち直りの早さなどもこの世界で生きていく上では必須なのかもしれない。
俺は俺で別のことについて考えていた。
集落を見ているときに鳴った電子音、その直後に表示されたクエストについてである。
ステータス画面を見ると新たな項目が表示されていた。
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名前:ヤマト・カツラギ
種族:ヒューマン
Lv:1
体力:100
魔力:100
スキル:異世界言語・ペイント
受注可能クエスト:ラスク村を救え
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新たに表示された「受注可能クエスト」がある。
そして、どうでもいいが俺のLvはいまだに1のままなのも気にはなっている。
すでに相当の数のゴブリンを始末しているはずなんだが。
まあ、今はそれについては置いておこう。
「受注可能クエスト:ラスク村を救え」を指でタップする。
すると、新たに詳しい情報が表示された。
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クエスト:ラスク村を救え
クエスト条件:ゴブリンの群れからラスク村を救う
クエスト報酬:貢献ポイント+10P
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この世界に来てから今まで一度も情報のなかった「貢献ポイント」がついにお目見えだ。
今まで何もなかったのに急にクエストの話が出てきたということは、ゴブリンの群れを発見したことがトリガーになっていたのだろうか。
それにしても、貢献ポイントが10Pである。
たしか、リディア人材派遣会社に入社直後、つまり異世界へと飛ばされる前に住吉さんから聞いた話では、貢献ポイントは1Pが100万円だったはずだ。
つまり、10Pで1000万円になるはずだ。
もともと、1年間こっちの世界で生活するだけで3P=300万円を給料として支払う予定になっていたので、合計で1300万円ということになる。
ただ、住吉さんは他にも何か言っていたようなき気がする。
何を言っていたんだろうか。
よく思い出すべきだろう。
確か、例として上げていたのは「強力なモンスターを倒すとポイントを得られる」という話だったようなきがする。
もしも、そのモンスターを倒したら貢献ポイントが得られるが、無理にやる必要もないんだったか。
できそうならチャレンジして、無理そうならスルーしてもいいと言っていた気がする。
後は何だったかな?
そういえば、1年経過せずに途中でギブアップして日本に帰還した場合には、途中で得られた貢献ポイントがなくなってしまうんだったか。
今回の場合はあまり関係はないと言えるのかな。
いや、基本給の300万円もなくなるから無関係とは言えないのか。
うーん。
1000万円の追加報酬は非常に魅力的だ。
しかし、あの群れを倒すことができるのだろうか。
これまで戦ってきた相手はすべてスキルによって圧倒できている。
俺のLvがいつまでたっても一向に上昇しないところも気にはなる。
どうすべきか、しっかりと考えないといけない。
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「なに? それは本当なのか? 見間違えたでは済まない話だぞ」
ヤザンさんが声を荒げる。
俺とエイダさんは2日かけて村へと帰り着いていた。
何日も探し回ってようやく見つけたゴブリンの群れの住処だが、最短距離を通るようにして村を目指してみると、思った以上に近かった。
「村から2日の位置にゴブリン数百匹がいます」なんて話は、俺も自分で見ていなかったら信じられなかったかもしれない。
ある意味、エイダさんと2人で調査を続けていたのは良かったのかもしれない。
俺1人の報告よりも信用度が増すだろう。
「数百匹の集落に、ゴブリンキングだと。ありえん」
村長さんも驚きのあまりかたまってしまっている。
ヤザンさんと2人でフリーズ状態だ。
ただまあ、なんの証拠もないわけではない。
きちんと用意してきたものもあるのだ。
「ここにゴブリンの討伐部位である耳があります。キングやジェネラルはないですが、上位種のものも確かにあります」
そう言って、袋を差し出す。
村長宅へ来る前に一度家によって、これまで集めたゴブリンの耳が全て入った袋を用意してきたのだ。
1日に50匹以上のゴブリン討伐をしばらく続けていたのだ。
途中から戦わずに集落探しに専念したとは言え、ものすごい量になっている。
袋の上を縛っていた紐を緩めるだけで、血の嫌な匂いが村長宅に充満した。
「分かった。わかったから、そいつはしまってくれ」
鼻を押さえながらそう言ってくる村長。
流石にこれで信じざるを得ないだろう。
「冒険者ギルドへの報告にホゼを出そう。名前はヤマトだったな。調査依頼の完了手続きをしておく。ギルドに帰って報酬を受け取ってくれ」
「分かりました。けど、ゴブリンの群れの集落についてはどうするんですか?」
依頼完了なのは分かったが、問題はそれではないだろう。
あの群れの一部であっても、この村に押し寄せてくるとなると大変なことになると思うが。
だが、そう尋ねた俺の質問には村長は答えない。
下を向いている顔を伺うと、グッと歯を噛み殺しているような顔をしている。
ヤザンさんもそうだ。
どこか、諦めにも近い表情だ。
「冒険者ギルドに報告はしても助けは期待できないだろうね」
エイダさんがボソリと言った。
どういうことだ。
助けを呼ぶためにギルドへと連絡するのではないのか。
「この村からリアナまでは報告の移動だけでも3日はかかる。人を集めてこちらに向かってくる場合、到着するのはさらに時間がかかる。村から2日の距離にゴブリン数百匹の群れがあるとすると間に合わないかもしれない」
ヤザンさんが説明を始める。
「でも、そんなのわからないでしょう。すぐに襲ってくると決まったわけではないんだから。先に冒険者を何人かよこしてくれるだけでも助かるわけですし」
「まあ、そういう冒険者が独断で来る可能性は否定しない。だが、ギルドとしては安全策を取るだろう」
話を続けるヤザンさん。
長い冒険者歴をもつヤザンさんが冒険者ギルド側の視点にたって今後の動きを予想する。
まず、何と言ってもゴブリンキングとゴブリンジェネラルが強いという問題がある。
単純に「個体の強さ」だけでいっても、力のある冒険者が数人がかりで1匹を相手にしなければならない。
だが、やつらは知能の低いゴブリンなのに下位種のゴブリンたちをまとめ上げ、指揮を取ることができる。
そうなると数百匹のゴブリンはただの雑魚モンスターの集まりではなくなってしまうのだ。
ギルドもまずは、迎え撃つ準備を整えて、効果的に冒険者を使っていかなければならなくなる。
だが、それをするにはこのラスク村は森から近すぎるという問題がある。
もともと危険なモンスターがいないため、木の杭と空堀はあるが十分な防御機能が備わっているとは言えない。
そこで、おそらく冒険者ギルドはラスク村ではなく、その手前に陣を敷くだろうと考えられるという。
ここに来るまでの道は俺も知っている。
なにせ、そこを通ってきたのだから。
実はここに来るまでに1カ所だけ、道幅が狭くなっている場所があるのだ。
そこは迂回するのも難しいと聞く。
ゴブリンがラスク村を襲った後、冒険者ギルドのあるリアナ方面へと向かってくるようならば必ず通る場所だ。
なので、迎え撃つ拠点として冒険者ギルドとしてはそこにとどまるに違いない、というのがヤザンさんの考えだった。
しっかりした陣地を作ってから、それぞれの冒険者パーティーが森に入ってゴブリンを倒す。
もしも、ゴブリンの群れがまとまって襲ってきたら、冒険者は陣地に集まって迎え撃つ。
確かに、理屈だけを考えれば間違ってはいないと思う。
ラスク村への被害を考えなければという前提条件がつくことになるが。
「それじゃ、村の人はその間、どこかに避難するということになるんですか?」
ラスク村に被害が出るくらいなら、避難しておくべきだろうと俺は思った。
だが、村長もヤザンさんも顔色が悪いまま、それぞれ首を横に振る。
「警告は出すが、残るものが多いだろう。ここに住むものは他に行き場がない。農民にとって農地だけが自分の財産なのだ。それにそもそも、金もないからな。ゴブリンが森に出たときに調査依頼にしたのは、単に支払えるものがなかったからだ」
顔を落としたまま、村長が答える。
ぶっちゃけ、最初に依頼を受けたときは村が金払いを渋っているのかと思っていたが、本当にお金が無かったんだなと思った。
しかし、これは困ったことになった。
ゴブリンキングがいかに強敵であろうとも、月の女神リディア様の不思議パワーによる俺のスキル、これさえ使えば勝機はあるだろうと考えていた。
だが、冒険者ギルドがそういう対応を取るかもしれないとは夢にも思っていなかった。
正直な話、村から避難すらしないのならば何かあっても自己責任だろうと思う面もある。
だが、そんなことよりも気になるのが「クエスト」についてだ。
今一度、ステータス画面を確認する。
――クエスト条件:ゴブリンの群れからラスク村を救う
間違いなく「ラスク村を救う」と書いてある。
これって、冒険者ギルドの戦術に付き合ってゴブリンを全滅させたところで、クエストを達成できない可能性が高いのではないだろうか。
悩む。
ゴブリンたちはいつこの村へ襲ってくるのかわからない。
ペイントスキルを使えるとは言えLv1の俺がLv42のゴブリンキングに勝てるのか。
いや、条件が村を救うということであれば、キングに勝つだけではダメかもしれない。
ジェネラルが単独で乗り込んで来ただけでも村は壊滅するように思う。
「分かりました。それなら俺もこの村に残ります」
俺がそう告げると、3人がともに驚きの表情をこちらへ向けてくる。
まさか、部外者の俺が残るとは思っていなかったはずだ。
だが、こちらも1000万円を手に入れるチャンスを、挑戦もせずに放り出すのはもったいない。
次に貢献ポイントが得られる機会があるかどうかすらわからないからだ。
やってやろう。
俺はラスク村を救うために行動することを決心した。




