最後の生活
「本当に成長期なんだな。毎日どんどんでっかくなってるぞ」
火山に滞在してからさらに数日が経過していた。
その間にもみるみるうちに氷炎龍であるアリシアの体は大きく成長している。
すでにその全長は8mほどになっており、ダンジョン内でみた溶岩竜とくらべても同じくらいに見える大きさだ。
これがまだ生後数日というのだから驚きである。
いくら自然界で最上位種と呼ばれる龍でも、氷霜巨人などの強敵がいるこの世界では成長スピードが遅くては生き延びられないのかもしれない。
モンスターの生態系でも調べたら面白いんじゃないだろうかなどと考えてしまう。
基本的に氷炎龍はマグマの熱と雪山の冷気の両方を吸収して成長するようだ。
どちらかだけでは成長が止まってしまうのか、ある程度マグマの中を泳いで満足したのかと思ったら、次は吹雪の中へと突っ込んでいくということを何度か繰り返している。
そして、そのたびにアリシアの体は大きくなっていった。
また、そのたびに俺はアリシアについて行かなければならなかった。
極寒の雪山と灼熱の火山を交互に移動しなければならないのは非常に辛かった。
途中からはアリシアの成長した体の背中側に乗って空を飛んでの移動が出来なければギブアップしていたかもしれない。
そう、俺はついに龍の背にのって空を飛ぶという経験をしたのだ。
その光景はまさに絶景だった。
まだ雪が残る山脈を見下ろすようにして空を翔ける。
飛行機に乗るのとは全く別の感覚であり、何度乗っても飽きることがない。
それまでは苦笑いを浮かべながら一緒に行動していた俺だが、背中に乗せてもらってからは自分からお願いしてしまったほどだ。
アリシアとは言葉を交わすと向こうが俺の言いたいことを汲み取ることはできる。
アリシアの持つ風魔法で飛んでいる間に空気の流れをうまく操ってもらうと、空を飛んでいても寒くなく、高速移動中にでも会話ができるほどだった。
多分生まれた直後から知っている仲であるからこそ、背中に乗せてくれるのだろう。
俺はその幸運を噛み締めながら、何度も空のドライブを楽しんだのだった。
□ □ □ □
「フィーリア、ちょっと話したいことがあるんだけどいいか?」
「どうしたのじゃ? わざわざあらたまって言うようなことがあるのかのう?」
しばらくの時間を北の山脈でフィーリアとシリア、アリシアと楽しんでいたが、そろそろ言っておかなければならない。
俺は多分あと何日かすれば元の世界へと戻ることになるはずだ。
どうやって戻るのか知らないが、この世界に来たときは何の前触れもなく、いきなり送り出されたことを思い出す。
帰るときももしかしたら急に転移させられるのかもしれないと思った。
ならば、事前に説明をしておかないと、いらぬ心配をかけてしまうことになる。
数日間のアリシアの成長記録をとると同時に、火山の状況も観察してる。
俺が確認した限りでは、以前よりもマグマの量が減っているようだった。
一番最初に見たときは山の上から鷹の目スキルでみてギリギリ見えるくらいで、流石にそこまではもとに戻ってはいないのだが、それでも肉眼ではマグマが見えにくいくらいにまでは水位が低下していた。
フィーリアの感じる火山の活性化も落ち着いてきているようで、噴火の心配はとりあえずなくなったと考えても良いだろう。
今なら、後のことを心配する必要なく別れを告げられる。
「実は俺はあと数日もすれば故郷に帰ることになる。フィーリアやシリア、アリシアとはお別れになるってことだな。特にフィーリアにはいろいろと世話になった。ありがとうな」
「キュウ! キュウー!!」
俺の言葉に一番に反応したのはアリシアだった。
フィーリアに一番懐いていたのだが、俺に対してもプラスの感情を持っていてくれたのだろう。
身を寄せるようにして体を擦り付けてくるアリシアの体に手を添えてゆっくりと撫でる。
「アリシアも元気でな。もっともっと大きくなって、強くなるだろうけど無理だけはするんじゃないぞ。フィーリアやシリアの言うことをよく聞くようにな」
そう言いながら、アリシアの大きな体をなで続けた。
牙も爪も、それに頭の上の角も大きく硬くなっているアリシアだが、小動物のようにキュウキュウと鳴きながら身を寄せてくる。
思わず、俺も離れがたい気持ちになってきてしまう。
「シリアもありがとうな。雪の中の移動はシリアがいなかったら俺にはとてもできなかった。おまえのおかげで随分助かったよ。成長したら大きな群れを作って頑張ってくれよな」
アリシアの頭を撫でながら、体の向きを少しだけ変えてシリアにも声をかける。
アリシアが生まれたばかりの子どもで忘れかけてしまうが、シリアも女王雪豹としてはまだ子どもだ。
空を飛ぶアリシアを追いかけるように雪の上を走っていたシリアもまた成長している。
体の大きさも一回り以上大きくなっていて、フィーリアいわく、そろそろ大人の仲間入りをしてもおかしくないそうだ。
そんなシリアが尻尾を俺の方へと伸ばしてくる。
一瞬また尻尾で叩かれたりするのかと思ってしまったが、そうではなかった。
左側から体を擦り寄せるアリシアとは反対の右側、俺の右腕にその長くてしなやかな白い体毛で包まれた尻尾を巻きつけてくる。
俺の腕をぐるぐると何周か巻きついた尻尾は、さらに先の方だけを伸ばして俺の顔を撫でてきた。
これはどういうことだろうか。
俺が一番年下のアリシアの頭を撫でているのを見て、俺のことを撫でようとでもしているのだろうか。
あくまで、俺よりシリアのほうが序列が上というのを分からせようとしているのかもしれない。
まあ、いつもみたいに尻尾でパンパン叩かれるよりは何倍もマシだろう。
俺は自分の顔を撫でる尻尾に右手を当ててその尻尾の柔らかさを堪能した。
「フィーリア、さっきも言ったけど本当にありがとうな。おまえのおかげで楽しい時間が過ごせたよ。もう火山の心配はいらないんだから、自分の好きなように生きてくれよ。あ、けどアリシアのことはフィーリアに面倒も見てほしいんだけど頼めるか?」
「ふふ、言われなくてもそのつもりじゃよ。なに、お主も心配することはない。妾に任せておくのじゃ。アリシアは妾がしっかりと育ててくれようぞ」
「ああ、お願いするよ。まあ、あとはなんだ。精霊契約できる人を見つけたからって、変なやつにはついていくんじゃないぞ」
「子供扱いするでない。妾を何だと思っておるのじゃ。これでも長いときを過ごしてきた精霊なんじゃぞ」
そう言ったフィーリアと目が合うと、2人同時に笑ってしまった。
まあ、心配は尽きないが多分大丈夫だろう。
少なくともアリシアのことは任せられると思う。
フィーリアは気まぐれで自由奔放な性格ではあるが、自分の発言には責任を持つタイプだからだ。
これ以上の心配は相手にとっても失礼だろう。
俺はそれ以上何かを言うことはしなかった。
それからはほとんど寝る間を惜しむようにして、みんなと遊んだ。
北の山脈中をかけまわっていろんなところを探検したり、直径5kmの噴火口内を探検して横穴のように開いた洞窟を見つけたりと面白いことがいくつもあった。
だが、いよいよその時間も終わりを告げた。
別れの挨拶をしてから5日後、俺の姿はこの世界から完全に消え去り、元の世界へと戻されたのだった。
こうして、俺の1年間に及ぶ異世界生活は幕を下ろした。
長いようで短い1年だったように思う。
この世界であった人たちにまた会うことができるのどうかは分からない。
だが、ここで出会い、経験したことを俺は二度と忘れないだろう。
俺はここでの経験を元にして、これからの人生も一歩一歩真面目に歩んでいこうと心に誓ったのだった。
本編はこれにて完結です。
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