マグマの中で
氷炎龍が異常なほどフィーリアに懐いているのを見て、もしかしてと思うことがあった。
それは氷炎龍が卵から孵ったときのことだ。
卵の殻を破って外に出てきた生まれたばかりの氷炎龍が見たものはきっとフィーリアだったに違いない。
何しろ、一番近くでじっと見つめていたんだから。
可能性としてはその時に、いわゆる「刷り込み」というやつがあったのではないか。
生まれたばかりの子どもが初めてみた動くものを自分の親だと思う習性を持つ動物がいる。
龍がそんな習性を持っているのかどうかは知る由もないが、きっとフィーリアのことを自分の保護者的なものだと認識しているのだと思う。
今も、口を開けて舌を出し、フィーリアの顔をペロペロと舐めている姿をみると敵対関係にあるとは到底思えない。
これならば、とりあえずは暴れたりする危険性は少ないのではないかと思った。
「ヤマトよ。この子に名前をつけるのじゃ。何がいいかお主が考えてくれんか」
「ん? 名前か。俺が考えてもいいのか? おまえのほうが懐かれているみたいだけど」
「かまわないのじゃ。それにこの子を産んだのはお主じゃろう。名前はお主が決めるのが道理じゃろうが」
そういうものだろうか。
でも産んだとか言わないでほしい。
俺は決してママになったわけではないのだから。
まあ、せっかくなので何かいい名前がないか考えてみよう。
「そういえば、龍ってオスとかメスとかって区別はあるのか?」
「いや、龍や精霊には性別はないぞ。妾にしても別に性別が決まっているわけではないからの」
え、そうなの?
いやまあ、普通の精霊はただの光る玉みたいな感じだったから性別がないってのは分かるけど、フィーリアやリーンで会ったメアリーだってどう見ても美少女の姿なんだが、女ではないのか。
ちょっとビックリしてしまった。
そして、俺が驚いている姿を見て氷炎龍が「キュウ?」と鳴きながら首を傾ける。
まるで「どうしたの?」とでも言いたいようだ。
まだまだ小柄なからだの氷炎龍、そしてそれを抱きかかえる子ども体型のフィーリア、そしてそのそばで見守るように伏せているシリアの姿をみる。
まるで、一枚の絵画に収まるような一体感を放っていた。
それを見て、俺は1つの名前を思いついた。
「それじゃあ、アリシアっていうのはどうかな? フィーリアとシリアとアリシアの3姉妹ってことで。なんとなく姉妹っぽい名前みたいでよくないか」
「アリシア、アリシアか。うむ、いい名前ではないか。どうじゃ、これからお主の名はアリシアじゃぞ」
「キュウ!」
おお、なんとなく受け入れてくれたっぽい。
こうして、生まれたばかりの氷炎龍の名前はアリシアに決定したのだった。
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「それで、アリシアのことはこれでいいとしてだ。火山のほうはどうしたものかな」
アリシアが生まれた場所は噴火口内部で気温が高すぎたので、フィーリアに結界をはってもらいながら話し合うことにした。
ちなみにアリシアは今、卵の殻を食べている。
どうやらお腹が空いていたようだ。
パリパリと食べているが美味しいのだろうか。
「俺の目論見としては、ダンジョンコアを使って作ったアイテムでなんとか火山の噴火を鎮静化させることだった。けど、ダンジョンコアから生まれてきたのはアリシアだ。アリシアは氷炎龍だが、天変地異を操る能力みたいなものって持ってないのか?」
「天変地異を操るのはさすがにできんのではないか? 生まれたばかりで龍としては体も小さいしの」
「だよな。卵が熱気を吸収しているのを見て、もしかしたらマグマの熱も全部吸い取ってくれるかと思ったけど、さすがにそれはなかったしな」
一体どうすればいいのかと考え込む。
結局、振り出しに戻ってしまったかのようだ。
アリシアがなんとかしてくれないだろうかと期待してしまう俺がいる。
なにせ、生まれたばかりとは言え、アリシアのステータスはすごかったのだ。
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種族:氷炎龍
Lv:50
スキル:火魔法Lv1・水魔法Lv1・風魔法Lv1・硬化Lv1・身体強化Lv1・飛行Lv1・炎化・氷化
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卵のときに確認したステータスはあくまでもあの時点でのことらしい。
そして、生まれてすぐにそのステータスは大きく変わっていた。
Lvに至ってはすでに女王雪豹のシリアを越えているのだ。
ちなみにシリアは出会ったときはLv45だったのが今では49に変わっている。
いつ上がっていたのか分からない。
俺が気が付かない間にもどんどん強さが増していっていたようだ。
アリシアはさらにスキルも増えている。
このスキルはどれもまだLv自体は低いものだが、そのうち上がるのだろう。
全部上がっていけば、たしかに氷霜巨人にすら勝てるかもしれないと思った。
「って、そう言えばこの辺に氷霜巨人って出るんじゃないか? いくら氷炎龍が格上の存在だとしても今の時点では勝てないだろう。ここにずっといたら危ないんじゃないか?」
「確かに今すぐ戦えば分は悪いじゃろうな。だが、そのときは空を飛べるのじゃ。火山に逃げてしまえばいいじゃろう。やつらとて火口の中まで追ってくることはないじゃろうしな」
「まあ、たしかにそう言われればそうか。あの体の大きさだとあっという間に滑り落ちて溶岩の中に突っ込んじゃうだろうしな」
「キュウ! キュウ!」
俺とフィーリアがそんな話をしていると、卵を食べ終わったアリシアが急に鳴きだした。
どうしたのだろうかと思っていると、俺の服の袖を口に加えて引っ張っている。
なにかあるのだろうか。
異世界言語を持ってしてもアリシアの言いたいことを俺には理解することが出来ないんだけど。
「うーむ、どうやらこれはついてこいと言っておるのではないか?」
「フィーリアはアリシアの言うことが分かるのか?」
「いや、分からんよ。ただ、なんというか、こう、親の勘と言うやつじゃな」
ホントかよ。
少し疑わしいが、服を引っ張るというのはそういうことである可能性も高い気はする。
俺は立ち上がってアリシアに声をかけた。
「どうした。どっか行きたいのか?」
「キュウ!」
向こうは俺の言いたいことがわかっているのか、首を縦に動かして肯定しているように見える。
どこに行きたいのかは知らないが、することもないし、ついていってやろう。
パタパタと羽を動かして空を飛ぶアリシアのあとについていく。
だが、その行こうとしている方向が問題だ。
なんと、ここよりもさらに下の方へと行こうとしているのだ。
いくらマグナタイトの服で暑さを軽減しているとはいえ、さすがに無理がある。
マグマのそばなんか行けるはずがない。
俺が立ち止まってしまうと、先を進んでいたアリシアは「キュウ?」と不思議そうな顔をしてから、俺のところへ戻ってきて服を引っ張る。
「ちょっと待って。フィーリア、アリシアがもっと下に行きたがっているんだけど、なんとかならないか? 俺はこれ以上は暑くて進めないぞ」
「妾もこれ以上は無理じゃな。とりあえず、ヤマトの体に簡易結界を張っておいてやろう。しばらくならなんとか耐えられるはずだ」
「それはつまり、フィーリアはついてこないってことだよな。シリアも無理だな。……わかったよ、なるべく強力な結界を張ってくれよ」
そう頼み込むとフィーリアの冷気による結界が俺の体を包み込む。
本来ならば体が震えるほどの寒さを感じるはずだが、今は寒さなどひとつも感じていない。
どのくらいの時間、効果が継続するのかわからないが早いところ行って戻ってくるのがいいだろう。
今も引っ張ってくるアリシアの方へと向き直して頭をなでてやってから俺は噴火口のさらに下へと降りていった。
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ゲームなどでならよく「マグマステージ」みたいなものがあると思う。
あくまでもゲーム上でならダメージ床の代わり程度の扱いなのだろうが、それが現実のものとなると話は違ってくる。
俺の目の前にはマグマが見えている。
鉄や他の金属なりを一纏めにして熱してドロドロにしたような液体が目の前に広がっているのだ。
それは踏んだらダメージなどという話ではなく、近くにいるだけで即死ものの、まさに地獄のような場所だった。
俺がここにいて無事なのも高位精霊であるフィーリアの結界と、異世界転移して肉体が病気にならなくなっているという特殊な体を持つからだろう。
刺激物のような臭いのために、俺の鼻はすでに使い物にならなくなっているが一応それで死ぬような気配はない。
そして、そんな俺の前では氷炎龍のアリシアが気持ちよさそうにしている。
なんとアリシアは灼熱のマグマの中を泳いでいるのだ。
まるでお風呂に入っているかのような気楽さでマグマの中に飛び込んでいったのにはさすがに驚いた。
体の青色部分である羽や尻尾も別に溶けたり火傷したりすることはないようだ。
なんだろうか、この感じは。
まるで小さい子どもを連れて温水プールに来て見守る親のような感じに近いのかもしれない。
俺も子どものときは「日焼けするからプールには入らない」と言って、シャツすら脱がなかった母を見て不思議に思っていたものだが、今ならその気持ちもなんとなく分かるようなきがする。
こんな熱いところに飛び込む気はひとつもないが、それでもアリシアが嬉しそうにしているのを見ているだけでこっちも気持ちよくなる。
暑いのさえ我慢できれば見守るくらいはしてやろうじゃないか。
そう思っているときだった。
いきなり、頭のなかで電子音がなったのだった。
――クエスト「火山の噴火を防げ」を達成しました
え?
なんで?




