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デザート

「おーい、早く来るのじゃ」


 俺が数回ほど氷喰鳥と遭遇しながらもなんとか雪の中の森を進んでいると、さらに先の方からフィーリアの声が聞こえてきた。

 ようやく先行しているフィーリアたちに追いついたらしい。

 雪の中の森は足場は雪で埋まっているものの、草などが生えていないのでそれほど歩きにくいものではなかった。

 フィーリアは宙に浮いて移動しているが、シリアの足跡が残っていることもあり、はぐれる心配もそれほどない。

 だが、だからといって置いていくことはないだろうと思う。

 もしも完全に放置された場合、俺が遭難して野垂れ凍え死ぬ可能性もあるのだ。

 追いついたら抗議してやらねばならないと考えていた。


 フィーリアの声に導かれるようにして森を進むと、急に木がなくなった場所へと出た。

 パアッと開けた視界に映るのは、大きな湖だった。

 その湖の水は表面が凍っているが、氷は透明で奥まで見通せる。

 凍った湖の氷の上に立ち、下を見下ろすようにすると、分厚い氷の下では魚が優雅に泳いでいる姿が見えた。

 水族館などである水の中を歩くようにしてみることのできる透明なガラスの壁みたいだなと思ってしまった。

 少し離れたところにフィーリアとシリアの姿がある。

 彼女たちも氷の上にいるのだが、そのそばにはすでに数匹の氷喰鳥の死体が横たわっている。

 もしかしたら、氷喰鳥たちはこの湖の氷を食べられるからこそ、この森に巣を作ったのかもしれないと思った。

 そう言えば、今更だが氷の高位精霊であるフィーリアは氷喰鳥の巣を潰すこととかはどう思っているんだろうか。

 はっきり言って、巣を潰すのは人間側だけの都合だし。


「フィーリアは氷喰鳥たちをどう思っているんだ? こいつらは氷の眷属とやらではないのか? 殺したりしてもいいものなのか?」


「一応眷属に含まれるのじゃ。ただ、襲われたら反撃するのは当然じゃろう。気にすることはないのじゃ」


「うーん、襲われたと言うか襲撃に来たようなもんなんだけどな」


「この山脈のすべての氷喰鳥を殺そうするのであれば問題じゃろうが、そうではなかろう。妾とて、氷喰鳥の卵はおいしいから、たまに食べたりしているのじゃ」


 ああ、そう言えばベガについて別の地に行くときにまで、卵を持っていってたんだっけか。

 まあ、そういうことなら気にする必要はないだろう。

 今ならそこまで大きな巣でもないだろうし、すでに何匹も倒している。

 残っている数もそう多くはないはずだ。


「それで、卵は木の上にあるんだったな。どうやって探そうか」


「ふっふっふ。妾を甘く見てはいかんのじゃ。すでに見当はついておる。さあ、ヤマトよ。妾についてくるのじゃ」


 なんか、えらくテンションが高いような気がする。

 そういや、氷喰鳥の卵はフィーリアの好物とか言っていたな。

 巣があるなら卵は1つとは限らないから、もしかしたら食べる気満々なのかもしれないと気がついた。

 おいしいのであれば、オリビアさんにもお土産に持って帰ってみようか。

 森に入るときに置いて行かれたことを文句のひとつでも言ってやろうかと思っていたけど、卵を食べてからにしておいてやろう。

 俺は考えを改めてから、先へと進むフィーリアのあとに続いて進んでいった。




 □  □  □  □




「……ふう。結構数が残っていたんだな。フィーリアがいなかったらもっと手間取ったかもな」


 氷喰鳥の巣の近くになると、卵を守るために親鳥たちがまとまって襲い掛かってきた。

 その数は13匹だ。

 おそらくここの巣にいた氷喰鳥の総数は20匹ちょいだったのだろう。

 1匹残らず、すべての親たちが生まれてくる我が子を守るために激しく抵抗した。

 13匹が空を飛び、木と木の間をすり抜けるように縦横無尽に飛び回り、氷の散弾で攻撃してくるのを迎撃するのは並大抵のことではなかった。

 ゲームに例えると弾幕ゲーのような数の、避けようもない量の氷の弾が飛んでくる。

 俺は必死になって閻魔刀を振り回して、氷の弾を叩き落としていった。

 シリアも似たような状況だ。

 軽快なステップで避けてはいるものの反撃までは出来ない状況。

 だが、フィーリアだけは軽々と何の問題もなくそれに対抗できた。

 自身に向かって飛んでくる氷の散弾は避けるまでもない。

 空中で逆に氷を自分のものとし、より大きな氷柱へと変えて飛ばし返す。

 みるみるうちに空を翔ける氷喰鳥の数は減っていったのだった。


「で、これがその卵か。結構大きいんだな」


 俺は木の上にある卵を持って地面へと降り立つ。

 卵は全部で5つあった。

 小さいものでは手の平の大きさくらいだが、大きいものだと両手で抱えてもズシンとくるくらいの重さのあるダチョウの卵みたいな大きさになるようだ。

 周囲の冷気を吸収して、だんだんと大きくなるという特性があるのだろう。


「それで、どれを食べるんだ」


「あんまり大きいのは美味しくないのじゃ。この中だと丁度真ん中くらいの大きさのものが食べごろなのじゃ」


 そう言って、フィーリアが卵を手に持つ。

 どうやら、この場で食べるつもりらしい。

 さすがにフィーリアやシリアと違って俺はこの雪の中に動かずにいると寒い。

 簡単にカマクラを作って、その中で食べることにした。


「どうやって食べるんだ。茹でたり焼いたりとかの調理法があるのか?」


「必要ないのじゃ。このまま卵を割って食べるのが一番おいしいのじゃ」


 そう言って、フィーリアが卵にヒビを入れる。

 慌てて俺が器を用意すると、割った卵の中身をそこへ移した。

 白身と黄身があるのは普通の卵と同じではあるのだが、それが凍っている。

 中身が凍ったままの卵をどうするのかと思えば、フィーリアはマイスプーンを取り出して、卵に突き刺した。

 シャリという音がして、すくい取った卵の白身を口へと運ぶ。

 すると思わず見惚れてしまうほどの笑顔を浮かべた。


「う〜〜〜。冷たくて美味しいのじゃ。やっぱり冬はこいつに限るのじゃ」


 そう言ってフィーリアが次々とスプーンで掬い取っては口に運び、恐るべきスピードで卵はなくなっていく。

 それを見ていると、今度は隣でシリアが卵を噛み割って、舌を伸ばすようにしてペロペロと舐め始めた。

 どうやら、シリアにとっても氷喰鳥の卵はごちそうのようで、機嫌良さそうに尻尾を揺らしている。


「フィーリア、俺にもちょっと分けてくれよ」


 みるみるうちに減っていく卵に対して、俺も慌ててスプーンを持っていく。

 まずは白身だけをとり、口に含む。

 冷たい。

 ものすごい冷たさで全身が寒気でゾクゾクする。

 ブルブルッと体が震えたかと思うと、頭がキーンと痛くなった。

 まるでかき氷を食べたときのような感じだが、それは決して間違っていない。

 卵の食感はシャリシャリしているシャーベットそのものだったのだ。

 白身部分は淡白な味で、一口目では少し物足りないが何度も食べていると味覚が反応してくる。

 何かの果実が少しだけ混ざったような味だが、ミカンのようなリンゴのような、はてはレモンのような感じさえする。

 不思議な味だった。

 それに対して黄身の部分は濃厚な味わいだった。

 何が一番近いかと言えば、カラメルのついていないプリンだろうか。

 プリン味のシャーベットという感じだ。

 白身と黄身を交互に食べたり、一緒に食べることでいろんな味を楽しめる。

 なるほど、辛いものが嫌いで甘いものに目がないフィーリアが気に入るわけだ。

 天然のデザートと言っていい品だった。

 確かにこれは美味しい。

 美味しいのだが、普通の人間である俺にとっては夏に食べたい一品だった。

 食べ終わった頃になると、俺の体は低体温になりかけていたのだった。

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