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攻防

 俺は走った。

 目前にまで迫ってきている溶岩竜に対抗するため、手に刀を持って駆ける。

 そして、その途中で用意していた丸薬を口に含み、歯で噛み潰した。

 ブシュッと言う音がして中から液が出てくる。

 これはダンジョン内に生えていた茸を使って調合した丸薬だ。

 名を剛力薬といい、一時的に自身の力を増大させる効果がある。

 別に肉体がムキムキになるわけではないので、魔法的な力が働いているのだろう。


 俺の後方で魔力の発動を感じた。

 おそらく、シリアが光魔法でガロードさんを回復させたのではないかと思う。

 ガロードさんにも剛力薬は持ってもらっているが、気絶から目覚めてすぐに飲んでも前には出られないだろう。

 ここは俺が溶岩竜の気を引くしかない。


 目の前にいる溶岩竜をよく見ると、赤黒い金属が鱗のようにいくつも並んでいる。

 こいつの動きがひどく肉感的に見えたのも、ゴーレムたちよりも動物に近い構造をしているに違いない。

 だが、それなら鱗が覆っていない部分を狙うのがいいだろうと考えた。

 フィーリアの精霊魔法によって足を止められた溶岩竜だが、特にダメージを受けているというわけではないらしい。

 むしろピンピンしていると言える。

 正面から駆け寄っていく俺に対して、再び大きな口を開け、噛みつき攻撃をしようとしてきた。

 だが、それは上手い手とはいえない。

 口を開けた瞬間に冷気がほとばしる。

 細かなミストのようなものが吹き荒れたと思ったら、溶岩竜の口が開いた状態で凍りついていた。

 フィーリアが一瞬にして凍りつかせて噛みつきを防いでしまっていたのだ。


 体が自然と溶岩竜の体の下へと潜り込む。

 俺の眼は溶岩竜の首を見つめている。

 大声で怒鳴ったり、口を大きく開けて噛み付こうとしてきたところをみると、首のところに金属鱗の薄い場所があるかもしれないと考えたのだ。

 最高速度で走り寄りながらも目を皿のようにして、一切の見逃しがないように溶岩竜の体表を観察する。

 すると、首筋に一部だけシワが寄っているところがあった。

 このシワに沿って切れ目を入れるように、すれ違いざまに鬼王丸を走らせる。

 フィーリアが最初から全力モードだったため、俺がここで手を抜くわけにはいかない。

 振り切った鬼王丸の切っ先は魔刃と呼ばれる魔力の刃が覆っていた。


 ワンテンポ遅れてからブシュッという音が聞こえてきた。

 俺は体の正面に刀を構えながら振り返る。

 狙い通り、溶岩竜の首へ刀による切り傷がついている。

 だが、その傷は溶岩竜の巨体からみれば大きな傷だとはいえないものだった。

 他のモンスターに対しての魔刃を使っての攻撃では、実際の刀身よりも深い傷が着くことが多かったのだが、溶岩竜に対してはそうはならなかったようだ。

 もしかすると、やつのスキルにあった硬化が関係しているのかもしれないと思った。

 物理攻撃に対して高い防御力があるのかもしれない。


 自身の体にわずかとはいえ傷をつけられたのはドラゴンの一種としてのプライドが傷つけられたのかもしれない。

 他のみんなとは少し離れた位置関係になってしまった俺に対して体の向きを変え、睨みつける。

 フィーリアによって凍らされた口も一瞬にして氷が粉砕されてしまっていた。

 大きな歯、というよりも牙か。

 牙をむき出しにして溶岩竜が吠える。


「グオオオオオオオオ」


 最初の雄叫びほどではないが、それでも耳の中にある鼓膜を破らんばかりの声を上げてこちらへと襲いかかってこようとした。

 するとそのとき、溶岩竜の背中へと何かが飛び乗った。

 フィーリアと同じ真っ白な体だが、長期間の洞窟生活によって少しだけ汚れてしまった体毛のシリアの姿がそこにある。

 そのシリアが背中に乗った状態で溶岩竜の首筋の上側に噛み付いてしまった。

 あんな硬い金属の体をした溶岩竜に噛み付いて大丈夫なのかと心配になる。

 だが、見た感じシリアの牙はわずかながらに溶岩竜の体へと突き刺さっており、その強力な顎の力で離さない。

 俺に注意を向けていた溶岩竜は、今はシリアへと気を取られている。

 多分あれもそこまでの傷とは言えないはずだが、それでも自分の体の上にいるシリアをなんとか振り落とそうと、首を大きく左右へと振る。

 ちょっとだけ、蚊に刺されそうになって腕をブンブン振る動作に見えてしまった。


 まあ、さすがにこのチャンスを見逃すほどそんなつまらないことを考えていたわけではない。

 首を振り俺を見る余裕がなくなったところで、俺は闇の腕輪による気配遮断を発動して溶岩竜へと近づいた。

 先ほどは首に一撃を叩き込んだがそれはあまり効果的にダメージを与えられたとは言えなかった。

 ならば、もっといいところを狙う。

 それは溶岩竜が体を支えるために地面へとつけている足だ。

 突進のときの動作を見る限り、前足よりも後ろ足のほうが移動する際に使われているように感じていた。

 なので、移動速度を少しでも奪うために後ろ足を狙っていく。

 足は太い木のような感じであり、足の先にある指の太さも俺の太ももより大きいくらいだ。

 だがまあ、太ももくらいの太さであればダメージも通るかもしれない。

 そう考えて左後ろ足の親指、その鋭い爪の付け根の上を狙って刀を振り下ろす。

 一太刀で切り落とすことはできなかったが、その太い足の指を半ばまで切ることに成功した。


 溶岩竜でもこれは痛かったのだろうか。

 攻撃したら怒ったりするし、案外と痛覚が備わっているらしい。

 俺が指に傷を負わせたら、ガクッと左足の膝が下がり、そして蹴飛ばすように足を跳ねさせた。

 慌てて飛び退く。

 いつの間にやら背中にいたシリアを振り落としていた溶岩竜は、再び俺を睨みつけていた。

 よほどさっきの攻撃は嫌だったようだ。

 ならばまた同じ攻撃を繰り返すしかあるまい。

 向こうから見たら俺はちっぽけな虫のような存在にしか見えないだろうが、何度も何度も攻撃して嫌がらせをする。

 それによってダメージを蓄積させていくしか勝ち筋はないだろう。


 期せずして溶岩竜を取り囲むような配置になった俺たち。

 それを溶岩竜も確認したのだろう。

 周りを囲むものを払いのけるかのように、何の前触れもなく尻尾を振ってきた。

 胴体部分と同じくらいの長さのある尻尾がブンという大きな音をたててこちらに迫って来る。

 この尻尾もまた太い。

 先の方に行くほど細くはなるが、尻尾の根元はそこらの丸太などよりも更に太いのだ。

 左足へと攻撃していた俺はかなり距離が近かったようで、避けるに避けられない状況だった。

 まずい。

 どこまで防げるかわからないが鬼王丸を前に立てるようにして、ガードを試みる。

 下手したら、この一撃で鬼王丸が折れてしまうのではないかと思った。

 だが、これをガロードさんが防いでくれた。


 大きなタワーシールドを地面に突き立てるようにして、その後ろに体を入れ込み体重をかける。

 おそらく渡しておいた剛力薬も飲んでいたのだろう。

 俺のところに尻尾の根元側の攻撃が届く前に、尻尾の先の方に自ら近づきガードしていたのだ。

 金属と金属がぶつかり、ガギャンという耳障りな音が聞こえた。

 視線だけをそちらに向けるとガロードさんはガードした位置よりも後ろにずれた位置にまで押されはしたものの、その攻撃を防ぎきっていた。


「ナイス!」


 思わず声が出てしまう。

 そして、その声を発したときには再び左後ろ足を攻撃するために移動していた。

 先ほどは親指を斬りつけるように攻撃したが、今度は小指側から狙う。

 剛力薬によって上昇している筋力をすべて使うかのように力を込めて、切っ先を下にした状態から刀を振る。

 今度は指を切り落とすことに成功した。

 小指を切り落として、その隣りにあった薬指にまで切れ込みを入れている。


「ガアアアアアアア!」


 溶岩竜の声からその痛みの強さが伝わってきた。

 再び足蹴りをされても困るので距離を離すと、お腹の下側を通して反対側にいるシリアの姿が見えた。

 どうやら、シリアも効果の薄い胴体部などよりも足を狙った攻撃をしていたようだ。

 俺とは違い、一撃目から足の指を切り落としていた。

 女王雪豹の爪は相当に鋭いらしい。

 そういえば、俺の着ている防具もあっさりと切り裂いていたなと思い出してしまった。

 俺を叩いたり噛み付いたりしてくることがあるが、あれは痛くないようにしてくれていたんだなと思ってしまった。


 当然溶岩竜のほうはそんな呑気なことを考えているわけではない。

 こちらの攻撃がある程度自分にも通用するということがわかったのだろうか。

 やつの体に今までとは違う変化が現れた。

 それまでは赤黒かった体表の色が変わってきたのだ。

 赤みが増して、彩度が上がっているのか。

 なんとなくその色が溶岩の色に見えた。

 これがやつの名前の由来なのか?


「気をつけろ。口から灼熱の岩を吐き出してくるぞ!」


 後方からガロードさんが叫ぶ。

 どうやらガロードさんはフィーリアの近くへと移動して防御を行うようだ。

 灼熱の岩を吐き出すというのは、スキルにあった火竜弾と言うやつなのだろうか。

 全身をマグマ色にかえた溶岩竜がその口を開ける。

 その中に見えたのは、さらに高温であることを示すかのように表面がドロっとした丸い岩だった。

 来る。

 溶岩竜の最大の攻撃が放たれ、着弾とともにダンジョン最下層が大きく揺らされたのだった。

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