プロローグ
高校の卒業式が近づいてきているこの時期、俺は非常に焦りを感じていた。
卒業してすぐに働こうと考えていたのだが、思っていた以上に現実は厳しかったのだ。
もうすでに3月に入っているというのに、いまだに就職先が決まっていないという有様だった。
もうこうなっては仕方がない。堅実で安定性のある職場への正社員という希望は一度忘れて、なんとか働き口を決めようと必死になっていた。
オフィス街の中にあるビルの一つ、その5階のドアの前に立っている。
一息、深呼吸をしてから、そっとドアノブに手を当てて力を入れる。
「失礼致します。葛城大和と申します。本日はよろしくお願い致します」
入室と同時に挨拶をして、その後、顔を上げて部屋の中を見る。
会議用の長机が2つ繋げられたようにして置かれ、その奥に年配の男性が座っていた。
「はじめまして。リディア人材派遣会社、採用担当の住吉です。よろしくお願いします」
そう言って、俺に椅子に座るように促したのは、髪に少し白髪が見られる50歳代くらいの男性だった。グレーのスーツをきっちりと着こなしており、落ち着いた雰囲気を感じさせている。
どうやら一対一での面接となるようだ。住吉さんの前に並べられた俺の履歴書を見ながらの面接が始まった。
「それではさっそく始めましょうか。まずは、簡単なところから聞いていきましょうか。葛城さんは今年高校を卒業見込みのようですが、なぜ、進学ではなく就職を希望されているのですか?」
今までいくつもの会社の面接で聞かれてきた質問だ。今回も同じような内容を答える。
「幼少時に父がなくなり、母が女手一つで育ててくれました。私には妹もいるため、母の助けになればと思い、就職を考えています」
「なるほど。それでは、なぜこのリディア人材派遣会社への就職を希望されているのでしょうか?」
「それは御社の活動内容に惹かれたからです。それぞれの社員の持つスキルを開発・育成し、それを伸ばして、その人にあった仕事先へと派遣する。高校卒業とともに働く私には、このように人材育成に力を入れている会社を望んでいたからです」
嘘である。単に他の会社で正社員を希望しても叶わなかったから、ここに来ただけである。もっとも、そんなことは絶対に口には出さないけれども。
「ほう。そのようにやる気のある若者が来てくれるのはこちらもうれしいですね。しかし、仕事の内容によっては非常に大変な物もありますが、大丈夫ですか?」
「はい。もちろんです。全力で頑張ります」と答える俺。
「そうですか。派遣先が日本の外になることも多いですが、それでも気持ちは変わらないと言えるでしょうか。場合によっては少し治安の悪いところもあるかと思います」とさらに聞いてくる、住吉さん。
流石にこれは少し予想外だった。ホームページでこの会社を調べた限りでは、特にそういたことは書かれていなかったからだ。少し考えてから、正直に聞いてみることにする。
「あの、私は外国語はあまり得意とは言えないのですが。それでも大丈夫なのでしょうか?」
「もちろんです。やる気さえあるのなら、しっかり翻訳できるものをつけるので、問題ありませんよ」そう言って、優しげな笑顔を向ける住吉さん。この人の声のトーンや話口調で落ち着き、なんとなくやっていけそうな気がしてくる。
「ありがとうございます。頑張ります!」少し大きな声で返事を返す。もう後がない俺にとっては、とりあえず頑張るって言っとけ作戦で押し切ろうという魂胆だった。
しかし、その後すぐにその気合も必要なくなってしまった。
「分かりました。それでは葛城大和さんを採用と致します。今後は同じ職場の仲間としてよろしくおねがいします」という、住吉さんからの声を耳にしたからだ。
面接の時間は5分とたっていないだろう。こんなにあっさりと決まってしまうとは思ってもいなかった。びっくりというか、拍子抜けというか、なんとも言えない感じになってしまう。
ほんの少しの間、思考停止状態になっていたが、すぐに頭の再起動をかけて返事を返す。
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願い致します」そう言って、椅子に座ったまま、頭を下げた。
頭のなかでは、ようやく仕事が決まったことに関する安堵感と、家に帰ってからどういう風にこのことを母親に伝えようかということで、頭がいっぱいだった。
この時の俺は、まさか自分が「人材派遣」と称して、異世界へと送り飛ばされることになるとは全く思っていなかった。
というか、この面接での話からまさか異世界へ派遣されるなんて連想する人がいれば、頭がおかしいと言わざるをえないと思う。
こうして、俺の楽しくも危険な「お仕事生活」が幕を開けたのだった。
初めての小説執筆となります。
誤字脱字などがありましたら、ご指摘いただければと思います。