現代的・うらしまたろう 中編
☆これまでのあらすじ
小学三年生のうらしまたろうは春のある日、カメがいじめられているのを見かける。小学生とは思えないどす黒い心でそれをスルーしたたろうは、何故かいじめられていたカメに引き止められ、なんだかんだで竜宮城に連れて行ってもらうことに。綺麗な景色、綺麗だけどたろう以上にどす黒く口調もアレな姫、ご先祖の夢を壊す真実の姿と、色々なことを知ったたろう。姫にご先祖達の写真を見せてもらったのだが、その部屋のせいでいつの間にか、たろう、姫、カメはほこりまみれに。たろうはお風呂に入らせてもらうこととなったのだが……。
「やってきたぞー。おーふーろーぉ」
「棒読み感半端ねぇ!」
広い部屋に、二人(一人と一匹)の声が響く。むわっとした熱気は、たろうの若々しい肌をさらに潤わせていた。
ここは大浴場。もちろん男湯。流石にそこは小三らしく、お色気シーンは求めていない。
「そういえば、お前小学生なんだよな……」
カメが今更なことを言っている。確かにたろうの語彙力のハンパなさや、何だか微妙に闇のある感じを見せられたら、そう思うのも無理はないが。
「って言うか、海の中にこんなお風呂、あるんですね」
「お前の年相応の感想、マジでレアだな」
「僕にとっては、こうしてカメと喋っていることの方がレアですけどね」
「確かに!」
真っ当な正論を言うたろう。実は、カメがいじめられているのを見てみぬ振りしただけが、たろうがした行動である。それだけでこんなところまで来ているのだから、他の人から見たら相当うらやましいことであろう。ご先祖様、様々である。
「なんか、帰ったら自分の家のちっぽけさを痛感しそうです。カメの家よりは大きいでしょうけど」
「それは分かんねぇだろ! お前は何で、そう、いちいち毒吐くわけ!?」
「君は、僕の言葉のサンドバックだよっ☆」
「悲しいんだけど!」
笑顔でサムズアップをしたたろうに、若干涙目のカメ。五十歳なのに、見事ないじられっぷりである。
ともかく、体をお湯で流して、まずはぬるいお風呂に入るたろうたち。じんわりと体が温まるのが心地良い。
「このお湯は、肩こりとか、疲労回復にも効果があるみたいだぞ」
「そうなんですか? 意外にちゃんとしてるんですね」
「お前のご先祖は、HAHAHAとか笑いながら、混浴で女に牛乳注がせてたみたいだけどな」
「ご先祖様、マジで何やってんですか!? てかそこまでするんだったら、牛乳じゃなくてワインとかのお酒にしてよ!」
ご先祖様ネタはいつ終わるのだろうか。ツッコミどころが多すぎて、若干ズレたところをツッコんでいるたろうだった。――と、なにか声が聞こえた気がして、たろうは辺りを見回した。しかし、誰も居ない。
「気のせい「ぉーい、たろうさぁーん!」じゃなかった!」
壁の向こう側から聞こえてくるその声は、この一日で何十回も聞いた姫、その人である。ふぁーん、と柔らかく響く声が、たろうの耳にはっきり届いた。
「お風呂ぉ、気持ちいいッスかぁ?」
「あぁ、はい。そもそも、あんまりこういうお風呂に入ったことがなかったので」
「え!? これくらいのお風呂が普通じゃないんッスか!?」
「へ!? これが普通だと思ってたんですか!?」
恐るべき、箱入り娘。いや、箱入り姫。たろうたち庶民の価値観をナチュラルに壊す。
「は!? これくらいが普通じゃないのかよ!?」
「カメも!? まさかのカメもですかっ?」
こっちにもいた、箱入りカメ。常識人はまさかの自分しかいないのか、とたろうは愕然とした。小三しか常識人がいない城。……嫌すぎる。
こんなことがあるのか、と軽く衝撃を受けつつ、そろそろ出ようかと立ち上がった。
「もう上がるのか?」
「……逆に聞きますけど、カメってお風呂入っていいんですか? 死んだりしません?」
「今!? カメの人権無視か!? いいじゃん入っても! 死なないし!」
「人権って、カメはないですよ? あと、えっと、……もういいや」
「ツッコミを諦めた!」
遂にツッコミを放棄してしまったたろう。そもそも、日常生活でこんなにツッコミどころのあることはないから、諦めるのも仕方ないだろう。
「とにかく、僕は出ますからね」
じゃぱ、と音を立てて脱衣所にたろうは向かって行った。
「客人を待たせるわけにはいかないな……」
そこはちゃんとした常識があるのか、カメも出ていく。
「うわあ……」
お風呂から上がってきたたろうは、正直ドン引きした。
「「「お待ちしておりました、たろう様」」」
そこには、料理料理料理、料理がたくさん、とにかく所狭しと並んでいる。和、洋、中と色々なジャンルの料理が並んでいるが、レシピはどこから持ってくるのだろうか。
「なんでそこまで声が揃うんだろう……」
「そこかよ」
確かに、せーのとも言っていないのに、声を揃えて言えるのはすごいと思うが。
「たろう様、お会いできて嬉しゅうございます。わたくし、料理長のコオリと申します。ここにあるものは、料理係が腕によりをかけて作らせていただきました」
「えっと、どうも……」
「あ、ご安心下さい。毒や薬など、危険なものは入っておりません。……あなたのご先祖様の時とは違って」
「何があったの、ご先祖様!? 毒か薬盛られたの!?」
どこかほの暗い笑顔をした料理長がそう言ったのに対して、ご先祖様が流石に心配になって尋ねると、全く笑顔に感じられない笑顔を顔に浮かべて料理長は返した。
「どっちもです」
「どっちも!? 何したんですか、ご先祖!!」
「わたくしの口からはとてもとても……」
「そんな感じになる程!?」
何をしたのかすごく気になっていたたろうだが、「さあさあお食べ下さい」と背中を押されたため、しぶしぶ食べることにした。
「……いただきます」
ちょっと不服そうな声でちょうど前にあった肉じゃがを皿にとって口に運ぶ。すると、たろうは目を少し見張って言った。
「美味しい、ですね」
口の中でほろっと崩れるじゃがいもに、肉のうま味と肉じゃが独特の汁の甘さ。ただの肉じゃがにしか見えないのに、なんでこんなにおいしいのか。たろうはそう思いながら、ゆっくり頬を緩める。そして、何故か固まっている周りの人に呼びかけた。
「皆さんも食べないんですか?」
すると、止まっていた時間が動き出したかのように、姫が「そうッスね!」と若干声を上ずらせながら答えた。
「みんな、今日は宴ッスよー!!」
「「「お、おー!!」」」
そうして、宴が始まったのだが。
実はたろう以外のその場にいた人(+カメ)は一人残らずこう思ったのであった。
「「「(意外に素の笑顔可愛いな……)」」」
「そういえば、僕が同姓同名の『浦島太郎』さんのそっくりな赤の他人とは思わなかったんですか?」
甘辛い昆布のようなものが入っているおにぎりを食べながら、たろうは姫に尋ねた。
「そんな偶然あってたまるッスか。それに、資料室に行く前に壁に手を当ててもらったじゃないッスか。それで検査しましたから」
「へぇ……」
そういえばそんなことがあった気がする、とたろうは思い返した。ハイテクだなぁ、と思いながらお茶を飲む。お茶も地味に美味しい。どこから仕入れているのだろうか。
「あ、聞くの忘れてたッスけど、泊まって行くッスか?」
「そうですね……、時間はあんまり経たないって言ってましたよね」
ちょっと考え込むたろう。ふと気になって、カメに聞いてみた。
「そういえば、ご先祖様はどうだったんですか?」
「三日三晩騒ぎまくったらしいな。だから最後、丁寧に説明したのに玉手箱を開けたらしいぞ」
「マジですか!? 完全な自業自得ですねっ、ご先祖様!」
まさかの物語を変えるほどの事実に驚いたたろうは、やっぱり帰ろうかなー、と呟いた。
「え、もう帰っちゃうんスか?」
姫が残念そうに言う。「はい、いますぐにでも」とたろうが全くためらいを見せずに言うと、カメがニヤリとしながら口を出した。
「お前、本当に良いのか? いますぐ帰ったら、良い物が見られないぞ」
カメの意味深な言葉に、たろうは思わず気が引かれてしまった。
「え、何がですか?」
その言葉を待っていたとのばかりに、カメは怒涛の勢いでまくし立てた。
「見たいか? 見たくなっただろう? 気になっただろう! しょうがない、そこまで言うならば良いだ「また会えたら、よろしくお願いしまぁす」待て待て待て!?」
「冗談です」
カメをいじるのも慣れてきたたろうである。
ともかく。
カメの言う良い物とは何なのか? 単にしょうもないご先祖ネタなのか? そもそもこの連載、いつ終わるのか?
そして、たろうはおじいさんにならずにすむのだろうか?