現代的・うらしまたろう 前編
「あーあ、今日のテストも二十点だったよ……」
小学三年生のうらしまたろうは、海岸沿いの通学路を一人寂しく歩いていた。今日は春風が気持ち良い日。たろうの黒い髪がさらさらと揺れる。
「帰ったらドラ〇エでもしようかな……」
そんなことを言いながら歩いていると、浜辺から何かが聞こえてきた。見ると、そこには同じ学校の大柄な小二の子達(全校生徒が少ないから分かる)がカメをいじめているのが見えた。その状況を見てたろうは助けに行こうと――
「んー、でもマリ〇も捨てがたいしなぁ」
――はせず、そのまま見ない振りをしながら通り過ぎようとした。
「いやいや、おかしいっしょ!?」
「え、カメが喋った?」
カメがなんとツッコんできた! 子供達はカメが喋ったのに驚いて逃げてしまう。…………。
「……えっと、じゃ、僕はこれで」
「まーて、待て待てお前」
「……僕?」
「お前以外に誰がいるんだよ!」
なにやらカメに話しかけられてしまった。仕方なくたろうは振り返る。
「何ですか。僕も忙しいんですよ」
「嘘つけ! 今絶対ゲームの話してただろ」
「まぁそうですが」
「認めた!」
カメは嘆息した後、仕切り直すように言った。
「お前、何で俺を助けなかったんだよ」
「だって、あの子等年下だけど、僕小柄だし、怖いし、何より一匹のためだけにそこまでする必要あるかなって」
「最低か! ってかお前年上なのに躊躇したわけ!?」
「……悪いですかっ? 僕小三で、あの子等小二ですが、悪いですかっ?」
「なんか、俺悪かったよ! 悪かったけど、せめて声かけるとかしろよ!」
「てへぺろ」
「棒読みだなぁ! ってかごまかすな」
「ちっ」
「舌打ちするな!」
「てか助かったんだし、別に僕に理不尽言われる筋合いないですよね」
「うわー、これほどまでに黒い小三初めて見たわ」
カメは呆れる動作をした後、何かを呟く。
「やっべ、ストーリー的に竜宮城に連れていけなくなっちまった」
「? すとーりーてき……?」
「なんでもねぇよ。……もう無理やりでいいか」
「え」
カメは無理やり笑うと、その顔のままたろうに言った。
「とりあえず、お、お礼として竜宮城に連れてってやる」
「僕、君を見捨てただけですけど」
「俺にも無理があるのは分かってるけど! お前がこれは悪い!」
「はぁ?」
「と、とにかく行くぞ! 百円くれ!」
「お金とるの!?」
そんなこんなで、竜宮城に連れていかれたたろうだった。
「その前に、家に一言言ってからでいいです?」
「意外とそこはしっかりしてた!」
「着いたぁ、竜宮城!」
体が濡れることなく(すっごい最新の科学らしい)、お金も流石に取られることはなく、竜宮城に着いたたろうとカメ。
「意外と乗り気だったんだな」
ノリノリなたろうにカメが思わず笑った。
「はい! だって、テストのこととか、学校のこととか、色々忘れていられるし……」
「思いっきり楽しめ!」
どこか暗い雰囲気で呟くたろうに、カメは張った声を出した。
改めて竜宮城を見てみると、本当に幻想的な雰囲気だなと、たろうが胸を躍らせる。
きらめく海に囲まれるお城。そのソーダ色のお城は外国の王宮の様な感じを醸し出していた。メイドさんの様な人が何人も行き来していて、このお城の広さがうかがえる。
「うわぁ……」
たろうが声を思わず漏らしていると、不意に花の匂いがした。
「えっ……」
思わずたろうが振り返ると、そこには。
「あ……」
美少女がいた。
銀色に輝いた背中まで伸びた髪は、所々水の様にきらめく。紺の瞳はまるで、満天の星空の様であった。大人びた顔からして、十代後半か二十代前半位か。女性なら絶対に憧れる体型に、シンプルな淡い水色のドレスとラメ入りの紺の衣を纏っている。
「あ、ヒメ! お待ちしておりました! 例のお客様です」
「ひ、姫……?」
カメの声に戸惑うたろう。どうやら姫らしいと思っていると、彼女がたろうに話しかけてきた。
「どーも、私、乙姫っス! お客っスね?」
「口調!」
なんか口調が凄いことになっていた。すると姫が黒いオーラを出し、睨んできた。
「あ? なんか言ったっスか?」
「こわっ! ……あ、いや、なんにも言ってません言うわけないです綺麗ですだから睨むのやめて下さい」
「なら良いっスけど」
色々やばい姫だった。たろうが冷や汗を流していると、姫がハッと何かに気づいたように、たろうの顔を見る。
「って、この黒髪、黒い目、そしてこの顔……。まさか」
「へ?」
困惑するたろうに、姫がなぜか慌てた様子で聞いてきた。
「き、君の名前は何っスか!?」
「う、うらしまたろうですけど」
そう、たろうが答えると。
「……は?」「……ぇ」「「「……」」」
カメは口をあんぐり開けながら、姫は顔を蒼白にさせながら両手で口を覆いながら、メイドさん達は一斉に動きを止めながら、叫んだ。
「「「あの、うらしまたろうぅぅぅううううううううううううう!?」」」
「……え?」
その様子にたろうはただ、息合ってるなぁということしか分からなかったのだった。
「えっと、つまり、僕のご先祖様がここに来たと……?」
「そうなんスよ!」
所変わってお城の資料室。姫はとある資料を捲りながら、興奮気味に続けた。
「『浦島太郎』って昔話知ってるっスか?」
「はい、よくそれでからかわれるのもあるんで……って、まさか」
「そうっス! 君のご先祖様が私のご先祖様に会ってるんっスよ……ほら!」
姫がそう言って資料をたろうに見せた。
「あ! 僕にそっくり!?」
それは、美女と男性が写っている写真。その男性のほうは、たろうをそのまま大人にした様な人だった。
「そう。その人が、竜宮城に『伝説の遊び屋』として語り継がれる男……浦島太郎っス!」
「なにやってんのご先祖!」
ご先祖様の真実の姿に愕然とするたろう。
「あ、この写真からも分かるっスけど、相当な女たらしだったらしいっスね」
「ご、ご先祖……」
「そうそう。キャバクラってところによく行ってたって書いてあるっスね。なんかよく分からないっスけど、流石、たろうさんのご先祖っス!」
「どういう意味で言った? ねぇ、今どういう意味で『流石』って言ったんですか?」
ほとんど涙目で尋ねるたろう。姫は苦笑いでそれを流し、「あ、あと」と続ける。
「時間はこっちの方が流れるの早いっスから、気にしなくていいスよ」
「む、むしろ昔話と逆!」
「技術も進化しましたから。ってか元々こっちの時の流れを遅くするって、何にも良いことないんスよね」
「元も子もないですね!」
何か昔話が軽くディスられていた。
「あ、あとっスね、この二人、け、結婚したらしいっスよ」
「はぁ……」
どこか顔を紅くした姫に、たろうは曖昧な返事を返す。その反応を見た姫は、ほんの少しだけ笑い、話を続けた。
「ここに来たのは、この写真を見せたかったからなんですよ。ねぇ、カメ吉」
そう声を掛けた姫の視線の先にはなんと、カメがいた!
「あ、いたんだカメ」
「いたよっ! ずぅーっと、ずっといましたよ!」
「いや、あまりにも存在感がありませんでしたし……」
「お前らの会話に入っていけるか! こちとら五十過ぎのおっさんなんだぞ!」
「そんな歳だったんですか!? なら、何かしょうがない気がします」
「だろ?」
「えっ、カメ吉五十歳なんスか!?」
姫まで驚いている。どうやら、彼女も知らなかったらしい。
「というか、カメ吉ぃ。『うらしまたろう』さんを連れてくるって聞いてなかったんスけどぉ」
その流れか何かわからないが、無駄に柄を悪くしてカメに尋ねる。
「い、いやヒメ! 俺も知らなかったんですよ、こいつがあの『うらしまたろう』だったなんて!」
カメが必死になって弁解する。確かにたろうには名前も聞いていなかったし、これは仕方ないだろう。……まぁ、それにしても『うらしまたろう』に出会える確率からして、すごいことなのだが。
「その、僕も名前を名乗らなかったので、ごめんなさい。……聞かなかったカメが絶対悪いと思いますけど」
フォローをしたと思いきや、言葉の暴力というパンチを繰り出したたろう。
「お前、毒舌のスペシャリストか? そうなのか?」
「……えっとぉ、僕ぅ、この世界が幸せになったら良いなぁって思ってまぁす♪」
「絶対思ってない様なことを、初めて見る満面の笑みと共に言われてしまった!」
「ま、自分でもこんな僕は柄に合ってないと思いますけどね」
「そうだろうなぁ!」
「……えっと、ネタがなくなってきたんですけど、どうしましょう」
「変なネタ出さなきゃいいと思う」
そこで、メイドさんの声がした。
「お話し中、失礼します……って。……えぇっとぉ」
「? どうかしたっスか?」
姫が、目を泳がすメイドさんにそう訊く。メイドさんは言いづらそうに言った。
「あ、あのぉ、乙姫様、たろう様、カメ様。ご夕食の用意が出来たのですが……。その格好はちょっと」
「「「へ? ……あ」」」
メイドさんが見た姿とは、ホコリまみれになった三人の姿だった。
「じゃあ、お風呂に入ってから食べましょうっスね」
苦笑混じりの姫の言葉に、たろうたちも苦笑して同意した。
そんなこんなでお風呂まで入れさせてもらうこととなったたろう。
ラブコメみたいなイベントは来るのか? たろうのご先祖様のヤバすぎな情報はまだあるのか?
そして、たろうはおじいさんにならずに済むのか?
浦島太郎を題材にしてみました。次回も、お楽しみに!