美夜湖の驚愕
美夜湖は今、直に座るとお尻が痛くなるであろう程に揺れる馬車に乗っている。
馬車の中には、
侍女のキャシー
美夜湖の父であり、湍水家現当主の湍水孝臣
美夜湖の母、湍水美智琉
が共に座っている。
飛んでいけば速いのに。
美夜湖はそう思いながら、馬車の中にいる全員を馬車の椅子から5㎝ほど魔法で浮かせ、体が痛くならないように保護をしていた。
他の3人も同じことはできるのだが、魔力が多く操るのも上手い美夜湖がするのが一番楽なため、美夜湖は押し付けられてしまったのだ。
実際、美夜湖はいくつもの魔法を同時に使うことが得意なため、魔法をいくつも出したままにすることもその範疇だ。
今使っている魔法も出したままだということと同じ概念なため、美夜湖にとって、全く苦にならない。
それでも、やはり1時間もの間使っていると魔力を留めていることは辛くなってくる。
「お父様、お母様、キャシー。少しの間我慢してください」
美夜湖はそう言うと、ゆっくりと体を椅子の上に下ろし、魔法を解く。
まわりに散っていった魔力を目の前にかき集め、イメージを固めるための呪文を唱えた。
「我を護り、仇となる物の枷となれ。《結界》!」
《結界》のなかでも、敵を閉じ込めたり、目の前にはって壁にしたり、色々な応用のきく結界をそれぞれの腰の下に展開し、馬車の振動の届かない場所へ浮かす。浮かせ終えるとそこから動かないよう、イメージを作り、魔力の操作を終える。
「いつやってても手際がいいな。さすが私の娘!」
「ええ。さすが私たちの娘ですわ。また上手になったわね。私達よりも器用だなんて妬けちゃうじゃないの」
美夜湖の父、母は揃って美夜湖を誉める。
「ありがとうございます。そのうち国くらい守れるようになってみせますわ」
国、とは言わなくても家族を守れるようにならないとね。
と美夜湖は冗談を言いながら思う。
「せっかく外にいるんだ。索敵魔法を使ってみたらどうだ。《トレース》を練習中なんだろう」
《トレース》とは索敵魔法のことで、周囲の魔力反応を探る術である。
素人だと、半径10メートルが限界だが、人によっては10キロメートル以上加えてよく使う魔法や誰なのか、までわかってしまうこともある。
「そうですわね。ここならいつもと違う反応があるかもしれませんね。やってみます」
美夜湖は新しい魔力を薄く広げるイメージで発動する。
「我に仇なす者、我を射止めんとするものを探し出せ、《トレース》」
発動した瞬間、少し大きめの反応を3つ隣に感じ、位置からして
キャシーと父と母のものだとわかる。100メートル程に範囲を広げると、いくつか魔力反応がある。
なおかつ、その反応は魔力を練っていて、攻撃魔法を撃とうとしていることがわかった。
さらに意識を集中し、その辺りを探る。
魔力反応は小さいものが約30、大きいものが3、ともう1つ。しかし、この1つのまわりは様子がおかしい。どんどん、魔力が小さくなっている。
何故かしら?
美夜湖の好奇心がうずき、淑女に似つかわしくない笑みが浮かんだ。
「お父様、お母様、キャシー。盗賊かもしれないです。襲ってくるかもしれないので、防御をお願いします。私は……少し遊んできますわ」
あそこまで走るのは少し遠いし……ドレスが汚れるといけない、飛ぶか。
美夜湖はゆっくりと進む馬車の戸を開け、詠唱をはじめる。
「雄大なる空へと、我が身を誘え。そして、我に自由なる空を与えよ、《飛翔》。それでは行って参ります」
馬車から飛び降りバサッと音がなった瞬間、キャシーの悲鳴のような忠告が聞こえた。
「美夜湖様!!ドレスは、切っても汚してもなりませんよ!あまり速く飛びすぎては……」
「そんなのわかってるわよ!」
実際は目の前の面白そうなことに忘れかけていたのだが、すぐに自分が座っていた結界を解き、詠唱破棄で水の結界を身に纏う。
「今度こそ行って参りますわ」
美夜湖は3人に笑いかけ、ドレスを気にして、走るよりも少し速めの速さで魔力反応のあったところへと進む。
美夜湖は《トレース》へもう一度意識を向ける。
攻撃はもう湍水家の馬車には向かっていなかった。
しかし、攻撃魔法の魔力反応は6つ程に増えて、何かを囲むように展開されていた。
中心には、他の魔力反応と比べものにならない大きな魔力を感じる。
明らかに、攻撃魔法はその魔力を狙っている。
仲間割れ?それにしても、リーダーでもおかしくない魔力を狙うなんて…やっぱり確かめる必要がありそうね。
しばらくして、魔力反応のあった林を見渡せる位置についた。
もっとはやくつけるように、今度《飛翔》は練習しないと。
美夜湖は林を木の上から見下ろす。
仲間割れ、ではないようだ。
30人ほどの盗賊のような身なりの男たち、そのうち5人ほどは息はあるようだが気絶している。索敵に意識を集中させると、気絶しているものは魔力反応がよわくなっていることに気がついた。今まで気絶している人を索敵したことはなかったけれど、きっとそういうものなのだろう、と美夜湖は思う。
そして盗賊たちの中心に式典やパーティーなどのあらたまった場で着るような正装に身を包んだ若い青年が立って……いや、かなり使い込まれた上物の剣を構えていた。年の頃でいえば19、20といったところだろう。それでいてこの隙の無い構えかたはかなりの腕前のはずだ。
「おおい、兄ちゃんよお。もう降参したらどうだい?こんだけの魔法に囲まれてるんだぁ。例え結構な腕前の剣士様でもぉ流石に死んじまうよ?とっとと有り金捨てて逃げなよお。そしたら見逃してやるかもなぁ」
ギャッハッハッハッハと下品な笑い声を一人の男があげる。
追い剥ぎか。なら少し遊ぶのも良さそう。この青年1人でも軽く伸せそうだけど、私も混ぜてもらおうかな。
美夜湖は盗賊側の6つの攻撃魔法をそれぞれ相殺をする準備をする。
幸いなことにすべてが初級魔法のようだ。美夜湖なら無詠唱で全ての魔法を相殺できる。
6つのうち、3つは《ファイヤーボール》残りの3つは《サンダーボール》
それよりも、ひとまわり大きく《ウォーターボール》を発動すれば、《ファイヤーボール》も《サンダーボール》も消滅するはずだ。
魔法を飛ばすタイミングは青年にあたる少し前が良い。そのタイミングだと、青年が吹き飛んだと思って盗賊も油断するだろう。
その瞬間に青年が動いてくれれば、青年はそこそこの上玉。気が付かなければ、私はそこで帰ろう。
美夜湖は、《ウォーターボール》を発動し、待機させる。
「兄ちゃん、逃げないのかぁ?そんじゃあ死ぬんだなぁ?行くぞぉ、放てぇ!」
盗賊はやっと、魔法を放った。
今だ!
美夜湖も魔法を放つ。
火と水がぶつかりあったため、激しい水蒸気がたつ。
「は!バカな兄ちゃんだった「うああ!?」
盗賊が、青年を罵ろうと声をあげると、その声は悲鳴で遮られる。
青年は、水蒸気がたった瞬間に動き出していた。
盗賊を一人ずつ、ではなく3人4人一気に斬り倒す。相手を動けないように、それでも致命傷は与えないようにと、手加減をしながら、一撃で倒していく。
速さも尋常では無かった。ほぼ、走り抜けていると言っても過言ではない。
一撃で、そして致命傷を与えずに相手を戦闘不能にする、そんなことができるのは相手との技術の差が圧倒的な時だけ。
そんな凄腕の青年のおかげか、美夜湖の存在に誰一人気がつくことなく、戦闘は終わった。
すごい…あっと言う間に終わっちゃった。でも誰も死んでない…この人もしかして天才?
美夜湖も魔法の面に置いては天才なのだが、これほどまでに圧倒的な戦いは見たことがなかった。
「すまないがそこの人、こいつらを縛るのを手伝ってくれないか」
美夜湖が驚いて青年を見つめていると、青年に声をかけられた。
気がつくと青年は鞄から縄を取りだし、近くの盗賊を後ろ手にさせ、3人まとめて縛っていた。
「は、はい。じゃあ少し離れてください。………我が鎖、我が敵を動かさぬ楔よ、彼の者を縛れ。《緊縛》」
美夜湖が唱えると、銀に輝く鎖が盗賊を縛る。
「すごいな!《緊縛》って縛られた人の魔力を外に出させないうえに拘束までできる上級魔法だろう?それも一気に全員できるとは賢者様か!?」
青年は今までの大人びた雰囲気を消し、《緊縛》を展開するために地面に降りた美夜湖に近づいてきた。目はキラキラと輝き、ニカッという効果音が付きそうな笑顔つきである。
「賢者ではありませんよ。まだ学生なので称号はとれませんし。貴方こそ国王の近衛兵になれそうな強さでした」
美夜湖も青年の雰囲気に感化され、貴族の笑みではなく友達に見せるような可愛らしい笑みを見せる。
ニカッという、太陽のような笑みは、それを見た美夜湖の心臓をゆらした。
どくんどくんと、高鳴る鼓動。
突然激しく動き出した心臓にに驚きを隠せず、内心オロオロとしていた。
だから
気恥ずかしくて視線をそらしてしまい、青年が顔を赤くしていたのは見逃してしまった。