第五章・正しいフラグの折り方
ドンドンドンドン。
割と規則的な振動を伴う打楽器系の音。
それでたぶん目が覚めたんだと思う。
音は近づいては遠ざかり、それに伴う雑音も寄せては引いて。
見やれば外は明るい。いまは日中みたいだ。昨日寝たのが何時かわからないし、どんくらい寝たのかもさっぱり。いまが何時くらいなのか腹時計的には三時のおやつかもねとか言ってるけど信用ならない。
なんの音?
意識の明瞭度が段階的にクリアになっていくにつれて、まずは思う。
知らない天井だ。
ジョークを認識できる程度には目覚めたっぽい。
で、謎の音。
音が近づいた。この音がなにかはわからないけど、重いものが落ちる音に似ている気がする。遠くの花火とか遠雷とか打楽器系の音みたい。かすかだけど音に伴って洞窟内の空気も振動してる気がする。…というかよく見ると天井から砂が音とともにほろほろ落ちる。音源は上か。上?
一瞬なぜか炭鉱事故の古い映像が脳裏をよぎった。落盤とか生き埋めとかそんな不吉ワードがどんどん連想されていく。
なにがなんだかわからないままに、気が付くとわたしは洞窟入り口付近まで反射的に移動してた。自分でもなんでこんなんなってるのかわからん。自覚してない生存本能かもしれない。寝起きなのに半分横たわった姿勢から勢いよくぴょんって飛んだからね。
うう、体の反応に意識が追い付かん。
だから寝起きはなー。朝はなー。弱いんだよなー。
…。
とかいってる場合じゃなかった。
最接近した振動音が止まって、むしろ人の声が聞こえた。
声?人?上にだれかいる??
混乱したままとりあえず会話らしき音を拾おうと耳を澄ますと。
「獲物か?」
「どうでしょうね、それらしき痕跡はざっとみたところないですし…ここ足場悪いですよ。場所変えましょう」
「ああ、馬の足音がおかしいような気もするな」
「狸のねぐらかなんかがあるんでしょ。狸なんか狩ってもおいしくもありませんし」
人だ!馬に乗って狩りとかする人が上にいるよ!
やべえ。なんか知らんけど物音立てたらなんかのフラグがたつ気がする。
あのさあ。物語とかでどうしてここで?ってタイミングで音を立てちゃうよね。お約束だよね。そうでなきゃ物語が進まないんだろうなとは思うけどさ。とりあえずそんなお約束を知悉しているわたしはちょっと迷う。
興味が、好奇心が…抑えがたいのだ。
ここでお約束やらかしたらどうなる?どうなる?
命かかってるかもしれないのに「お約束踏襲したらやっぱ予想通りの展開になるのか!?」っていう好奇心が止まらない。
あれかな。怖いものみたさっての?
だが賢いわたしは賢く微動だにしない。
音さえ立てなければお約束にのっとりなにごとも起きないはずだった。
そしてわたしは忘れていた。これはお約束通りの展開になる物語ではなく現実であるということを。忘れていた…。運命の女神はときとしていたずらをするということを。
「…ん?こっちから降りられそうだなあ」
「ほんとだ。中型動物の移動跡らしきものもありますね」
「こりゃ狸ってレベルじゃないな」
「わたしが先に降りて安全を確認してきます。あなたはここで待って…るわけないですね」
「…ん?」
「いや、なんであなたが先行してるのかとかもう問わないことにします」
「お…結構な範囲でなぎ倒されてんなあ…」
どうやらわたしの移動跡を発見された模様。黙ってても微動だにしなくても見つかるのは時間の問題…かもしれない。ああ、楽観視した。ただしくは、確実に見つかる必然。
もしわたしが忍者だったら…。洞窟の天井に張り付いて気配を消してやり過ごせたのかもしれない。けれど、ifはあくまでもifである。
どさりと近くに馬が降り立った。そんな音がした。
マジで思考が追い付かん。全身がびくぅっ!ってなって。おもわず後ずさりしてる自分の行動を斜め上空から俯瞰してる自分がいた。
「こっちだ!」
馬の移動する騒音に紛れてわたしの動く音はまぎれて聞こえてないかも…。そんな希望的観測さえ裏切る狩猟民族の五感。
及び腰で微妙なポーズのまま固まるわたしと馬上のイケメンの目があった。うん、イケメンだった。こいつ…。攻略キャラでやんの。
しかもこのルート選んだ時にでてきたキャラだし。これなんなの?やっぱりゲームなの?紛れ込んだ異物が蝶のように羽ばたいても現象に何の影響も与えないの?
おもわず頭を抱えてうずくまる。気分は「ああもう、なんでこー…なるのっ!?」イントネーションはお好きに読んでください。わたしと同じイントネーションで読んだひと、ナカーマ。
「ええっ!?なんでこんなとこに子供が!?」
ええ聞きましたよしっかりと。ゲームのセリフどおりの第一声。
「すみませんこんなところに子供がいてびっくりされるのも当然です。驚かせて申し訳ありません。ゆえあってここで休息していた近くの村の子供です。帰り道ならわかりますので心配ご無用です」
折ってみた。
がっちり確実にガードがちがちでフラグへし折ってみた。
「あ、そなの?」
あっさり興味を失うイケメン。やったね!ところがどっこい。伏兵がいた。
「待ってください。あなた怪我してますよ?」
おいモブキャラ!
「なめときゃ治るんで…」
必死でシラをきってみた。それがお約束のセリフだと気づかぬまま。それほど精神的に余裕がなかったんだって。
とんっと軽やかに馬から降りたイケメンがずずいと洞窟に半分体を突っ込んでくる。
「ん、こっちの腕か」
何かをやりかけている途中でフリーズしたような微妙なポーズでかたまっていたわたしの腕をとりやがるイケメン。その強引さに遅まきながら気が付いた。あれってあれだ。
ぺろ…。人間の舌の感触はぬめぬめでもざらざらでもなく、やっぱりぺろりという感じだった。
一瞬でかぶりかけてた猫がずるりとはがれた。村の子供設定すぽーんと飛んだ。気が付いたら罵詈雑言吐いてた。
「テメ権力が上とか年が上とかそんな理由で子供の穢れなき腕を問答無用になめんな!世が世なら現逮だコラ」
自由な方の手でイケメンの金髪をわしづかんで遠のけようとしながら身を引いた。
当然だろう。
ああ…わたしが本当に相手が勘違いした通りの子供ならやさしいお兄さん♪くらいに思ったかもしれない。中身は成人した腐女子だコラ。
「いてて、いてっ。わかったから、つかむな。あ、こらひっかくな」
コラはこっちのセリフだ。
「人見知りするタイプか?悪かった、悪かったから離せよ」
「これ以上干渉しないと約束するなら離しますし害は与えません」
脱ぎ去った猫の被り物は雲散霧消して消えた。わたしの口からはおよそ子供らしくない言葉がぽんぽん紡がれる。いや、まずいかなーとは思ってるんだよ?けどもう子供を装う気力はないし、なにより今更子供のフリしたところで無理がある。
そんなわたしの子供らしからぬ言動にやはりふたりのわたしを見る目が変わる。
「どういう教育受けたらこんなんなるんだ?」
「我が国と違い、教育義務制度はなかったかと」
モブキャラのびみょうなフォロー。
「ふうん…。おい礼儀すら学んでない野生児!」
「いい度胸だな、やんのかコラ?」
「はあ?とにかく、礼儀作法ってやつを学びたきゃおれの国にこいよ。無償で教育受けられるぞ?」
「存じてますし、その教育の結果が人の腕をなめる変態に育つのだとしたらご遠慮申し上げますし」
さすがに金髪イケメンもここからさらにストーリーを進めるほど厚顔無恥ではなかったようだ。一歩引いてまじまじとこちらをみる。
気のせいだと思いたいが…ヤツの目が「ちょ…なんか不思議生物発見した!これ飼っていい?ちゃんと面倒見るから!」みたいなキラキラを帯びてるような。まさかね。あそこまで徹底的にフラグ折ったんだよ?