第ゼロ章・プロローグ
はてさてご紹介にあずかりましたはわたくし、名は早希姓を縣と申す者にて、この物語を語らせていただきます拙き語り部にございますれば以後お見知りおきをば。サークルと申すもおこがましき個人誌同人にて、二つ名をばSAKKYとはこれまた名ばかり、妄想を糧とし、同人活動にて糊口をしのぐ腐女子にございます。
などと、くだらぬ繰り言に全力でなじみのない語彙使いまくったのは別に現実逃避とかそんなつもりでは毛頭ないのですけれどもね。
いやでもしかし現状についてなんか一言物申したいというか、なんかぐちぐちねちねちうらみつらみなど吐き出したいというか…ね。
「あ!?腐女子が乙女ゲーヒロイン転生って誰得?」
うん…。
冬の大祭合わせの新刊がもしかしたら早期入稿で割引き効くかも、わたしってなんてラッキーガール!?
…とか思ったとき、これがなんかのフラグだったらやだなって一瞬ちらって思ったですよ。まさかようやく買出しに行けてルンルンな気分で部屋出たら、アパートの階段の最上階ですべって転んで落下していけないところがいけない方向にぐきっていっちゃうとかさ、思わないですよねフツー、うんうんデスヨネー。
落ちる瞬間思ったのは…。
「ああ…新刊落ちる~」
いえいえご自分が真っ先に落ちてますから。修正不可能な方向に。
そしてよりによって落ちも落ちたり。落ちた先が異世界だってさ。
さようなら現実。こんにちはお約束。
ふふ…こんだけ現実逃避したのに現実では何秒もたってないよ。現状を説明しますと、月光を背に騎乗したイケメン騎士に刃物向けられてます。
この状況…。うん、それくらい軽く説明できますよ。これ某乙女ゲーの冒頭部分。お約束な展開で異世界に転移したまれびとであるヒロインのオープニングイベントですな。
ははは。
冗談はイケメンだけにしてくれ。
わたしの膨大な知識を網羅して現状認識にかかった時間はコンマ以下でしたよ。オタクの演算能力と乙女の感が非常にいい仕事をしやがった模様。
わたしの感情を除くすべてが「現実世界で死んで乙女ゲー世界に転生したぜ!しかもヒロイン!」という事実を認めたくなくて全力であがいております。ああ無情。
現状説明終わり。ついでに騎士さんや、目の前の無言の不審者を問答無用で一突きしていただけるとありがたい。あなたのためでもあるのですよ。中身残念な腐女子に惚れるとかあなたにとってもきっと不本意でしょそうでしょ?わたしも砂吐きそうなラブロマンスのヒロイン演じるより死んだほうがまし。
ゲームではこの後ヒロインが「なんなの?これは…夢?ここはどこ!?」ってパニくって泣き出しちゃうのです。女の涙に免疫のない騎士様が「驚かせてすまない」とかいいつつ近寄ってハンカチを渡してくれるのです。騎士はそのままいずこともへなく去り、ヒロインの手元には紋章が入ったハンカチが一枚。この紋章が今後のイベントにつながっていくと…。はい、そういう仕様でございます。
はい?
腐女子がなぜ乙女ゲームに詳しいのかって?
ああ…うーん、まあ確かにイケメンとの恋はわたしたち腐女子の好みからは外れてますね。まあはっきり言ってしまえば中の人萌えプラス攻略キャラ同士のカップリングを妄想するためにプレイしてます。邪道ですか?いや意外とイケるのよ。
同様の理由で「地雷注意」の男性向けもプレイします。確かに男性がプレイする場合は、地雷踏んだ感ハンパないだろうなーとは思いますよ?でもね?マジでメシウマw
まあそんなこんなでね、大量のゲームをプレイしまくった結果これが甘々の乙女ゲーだとすぐに理解できたわけでございます。
しかも現実世界で脱稿したばかりの原稿はじつはこのゲームの二次創作だったりします。もちろんドリーム系ではなくBL系でございます。言うまでもないことかな。
そして目の前の刃物に意識を戻します。
うーん、どうしたもんかなー。
甘々な逆ハーとかこれっぽっちも求めてはいません。なのでもういっそリセット希望。
ここでいっちょ、すっぱりやってくれてもいいのにな。けれどイケメンは優雅な動作で剣を鞘に戻していくようです。あれー?不審者だよー?殺さなくていいの?
「すまない、年端もゆかぬ子供を怖がらせてしまって悪かった」
のああっ!…あふぅ、なんとも魅惑のバリトンヴォイス!