7話
家を出て、ゆっくり歩き出す。
景色をそこまで楽しまず、ついたところは、私の家からふたつ右隣の八階建ての廃ビル。
昔たてられたにしては高めのビルだ。
ここは立ち入り禁止だから、だれも入ってこないだろう。
見られないように入口のビニールを破って入った。
エレベーターを動かすための電気はもちろん通っていない。
だから屋上まで階段で行かなきゃならない。
でも不思議と嫌じゃない。
逆に一段一段を上るごとに私の気持ちは軽くなっていった。
何故だかは全く分からないけれど。
屋上へと続く重い扉を開く。
鍵は壊されていて、ドアの下に大きな南京錠が落ちていた。
私はそれを気にせず、視線をあげれば、灰色の重たそうな空があった。
屋上に足を踏み入れ、静かにドアを閉めて四角く平らに敷かれたコンクリートの端まで歩いた。
履きなれたスニーカーをきれいにそろえて足元に置く。
私の膝くらいの高さのふちに乗り、空を仰ぐ。
この灰色の空の向こうには何があるんだろう。
この世界よりいい世界があるのだろうか。
いつも軽そうな白い雲をここまで重そうにするということは、この世界よりも人が多いのだろうか。
まず、人はいるのだろうか。
いるとすればそれを人というのだろうか。
今からその謎だらけの世界に行こう。
そして何があるのかを見てみたい。
そんな夢を見ながら視線を前に戻し、街を見る。
目を開き、顔を引き締めて、リップの塗られた唇をなめる。
無意識に握っていたスカートの裾を軽く払った。
あぁ、緊張しているな、なんて笑えてきちゃって。
その緊張を取り払うために深い深呼吸をした。
そして横のマンションに目を向ける。
あの中のくまは私を見ていてくれる。
ところどころ焦げているくまの体は両親の愛が詰まっていて、黒く光るビーズの目は自分のために生きることをあきらめてしまった友人の大きな瞳と似ていた。
あのぬいぐるみは私の大切な宝物だ。
その宝物とともに私の中に思い出として在った。
恨むこともあった。
悲しいこともあった。
だけど、それらのために死ぬんじゃない。
この世界のために死ぬんじゃない。
私自身のためにこの汚らしい世界から絶つのだ。
自分の人生ということを忘れ、周りに漂う空気を慎重に読んでいくだけで〝生きる〟ということを終わらすのは癪に障る。
少しいらだつ気分でまた視線を前に戻す。
そして、こころのなかで唱えた。
こんなところでしっかり生きられたんだ。何も思い残すことはない。あとは楽になるだけ。
よし、そろそろ行こうかな。
嫌いだった世界をぐるりと見回し、それに背を向ける。
体の力を最小限にし、重心倒し、コンクリートの角を軽くける。
目の前で垂れ下がり広がる灰色の空を最後に見つめ、そのまま目を閉じた。




