5話
ちゃんと生きている人間らしい顔というのを鏡で練習をした。
目を開き、薄化粧をした。
学校に行き、授業を受けて、クラスメイトと喋ってふざけあって。
当たり前だけど大切だと思うことを片っ端からやっていった。
周りからは、私がいろいろなことから吹っ切れたように見えるらしく、何も言わず、前のように接してくれた。
そうして、私は一人の人間として、生きていく。
大切な人のことも忘れずに。
家に帰れば準備が待っている。
部屋をきれいにして、両親がいなくなってから何もしていなかった家事も頑張った。
慣れない手つきで洗濯をした。
回し方は、案外簡単で、洗剤を入れすぎて泡だらけになってしまったこと以外は順調だった。
食器洗いはよくお手伝いをしていたから余裕だった。
食洗器なんか家にないからすべて手洗いだ。
少し手が冷たくなり、感覚のほとんどない手をこすりながら、レターセットの入っている戸棚をあさる。
出てきたのはお母さんの好きなすいせんの花が端に二輪描かれている横書きの便箋。
それに文字を書き込み、使おうとすると怒られていたお父さんお気に入りの和紙の柔らかな封筒に挟んだ。
それを私の好きなキャラクターのシールで閉じる。
それを持ってきれいになったばかりの部屋に戻る。
私の部屋。私だけの空間。
両親も友人も入ったことのある空間。
想い出の場所。
そんな空間の隅にある、小さな棚。
その棚の一番上を開けて手紙を入れる。
静かに入れて目を閉じる。
何も考えずに息だけ吐いて立ち上がる。
夕食は大好きなオムライスのコンビニ弁当。
どこか残念な味のするオムライスをかみしめた。
お風呂に入ってテレビの時間。
普段見ない天気予報では、明日は曇りだって、きれいなお姉さんが残念そうに言っていた。
けれど、私は曇りが一番好きだ。
昔、重く下がる灰色の雲はその上に何百人もの人が住む国があるから重そうなんだ、と小さな私の手を大切に握りながら、お父さんが言っていた。
違うとわかってもなお、その話が大好きだった。
だから、曇りの日はうれしくなってしまう。
さあ、明日は最高の日になりそうだ。




