4話
その日は雲一つない晴天だった。
澄んだ青とそれを映す黒く濁った私の瞳。
そんな目とたまたま廊下ですれ違った見知らぬお姉さんのきれいな茶色の目とあった。
目が合うや否や優しく話しかけてきたこの人は、どうやらスクールカウンセラーの人らしい。
ほとんどが相手の質問である会話に軽く受け答えしていると、化粧気のない優しく垂れた目じりをもっとたらして、
「もっと話したい」
と言った。
特に抵抗もしない私の背中を軽く押しながら保健室の隣の
「悩みは私たちに話してね」
と書かれたうすピンク色のプレートのかかった小さな教室へ入った。
中には小さなデスクが窓際に1つ、こちらを向いていて、手前に長くて黒い布のソファが長机を挟んで2つ向かい合っていた。
そのソファに勧められ座ってみる。思っていたほど柔らかくなくて、でも固くない、なんともいえない座り心地のソファだった。
向かい側に座ったお姉さんはキラキラした茶色の瞳を何度か瞬かせて口を開いた。
その口から発せられた言葉は私を心配するものだった。
でも、私は、今さっき知った人に話せるほど軽い奴じゃない。
心配を否定するだけの私に困ったような顔をしたお姉さんは少しためらった後、また口を開いた。
私の両親に起こったことを知っているらしかった。
そして、それからの私の表情の違いも。
カウンセラーはそんな人を見ないといけないため先生達が伝えるらしい。
それで知っていたんですね、なんてわざと他人事のように言ってみる。
内心ではあまり良い気持ちではなかった。
いくら仕事でも、人の不幸を勝手に接点のない人に言うものではない。
そんなことを思ったが、お得意の空気を読むことで何も言わず、聞かれたことは全て答えた。
友人のことは何も知らないようで、特に聞かれなかったから何も言わなかった。
自分のせいで死んだと思っているのか、と聞かれたので正直に〝はい〟と表情を変えずに彼女の目をぼんやりと見て答えた。
こんな時に罪悪感に満ちたような表情もしないなんて嫌な奴と思われるかもしれないな、なんてのんきに考えていた。
しかし、そんな私の思考とは裏腹に、なぜか泣きそうな顔をしたお姉さんは震えた声で一生懸命言った。
「ご両親は、あなたの喜ぶ顔が見たかったから出かけたのよ。決してあなたのせいじゃない。あなたは愛されていたのだから。ご両親はあなたを責めないわ。もちろん、だれもね。だから、安心してその愛に溢れた身体を自分のために使いなさい。」
その言葉は、私にとりついていた重いものを幾分か取り除いていった。
あまりにも唐突なことで、軽くなりかけている心がついていけず、思わず自分の膝を見つめていた。
「あなたも一人の人間なの。」
続けて耳に入ってきた。凛とした声に涙があふれてきた。
私は、うつむいたまま声なんか出さずに流れてくる鼻水を力強くすすり、静かに、静かに泣いた。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
かなり長い時間泣いていた気がする。
こんなに泣いたのはいつぶりだろう。
体中の水分が流れ出たかと思うほど口の中がパサついている。
思えば、両親が死んだときも友人が自殺した時も涙は出てこなかった。
もしかしたら、大事な人たちが死に直面する前からこの世界には嫌気がさしていて、死ぬ理由を探していたのかもしれない。
ずっと前から知らぬうちに、汚れた世界から逃げていたのかもしれない。
そうか。
じゃあ、今から後悔しても、なにか多く変わっても同じじゃないか。
今まで通り、過ごしていこう。
ただひとつ、自分のために生きていくということだけを変えていこう。
私はそのために生きていこう。




