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霊能堂の幽鬱な就労記  作者: 山田結貴
第二話 高級ホテル・深夜の怪
9/16

(2)

 一行が夢想郷に着いたのは、夕方になってからであった。

「悪いな。うちのオンボロの運転までさせて。元々一人で行くつもりだったのに」

「いや、別に全然。平気です」

 高級車ばかりが並ぶ駐車場の中、場違いなほどに古びた車を運転しながら、神楽は後部座席に座る勇に答えた。

 依頼があったことを遥から聞いた直後、勇は自ら車を運転して依頼先に向かうと言い出したのだが、神楽がそれを止めて運転手を引き受けたのである。

 理由は簡単。勇は口寄せを行い、その後すぐに激走するという、身体に負担をかける行為を連続して行ったがためにひどく体力を消耗していたのである。料金が入った茶封筒を握りしめて戻ってきた時には足元もおぼつかず、とても運転席に座らせられる状態になかったのだ。

現に駐車場に着くまでは、死んだように眠っていた。

「車の免許、とっておいてよかった。じゃないと今頃、事故が起きてたかも」

「何か言ったか?」

「いや、な、何でもないです」

「そうか。ところで……」

 勇は怪訝そうに、助手席を睨みつける。

「どうして遥までちゃっかりついてきてるんだ。明日、学校じゃないのか?」

「残念でした。明日は何と、開校記念日で学校が休みなの。だから、仕事が長引いても学校をおサボりする心配はナッシング!」

 遥は兄の問いに答えつつ、怪奇現象に関する著書を読みながらニヤニヤと笑みを浮かべている。彼女はどうやら、車酔いとは無縁のタイプであるらしい。

「何がナッシングだ。休日に登校しても足りないくらいテストで赤点を取りまくってるくせに」

「お兄ちゃんひどい! 何でそんな意地悪なこと言うわけ?」

 神楽が駐車に手こずっている間に、兄弟喧嘩が突如勃発。しかもそれは、段々とエスカレートしていく。

「意地悪なんて言ってない。俺はただ、ありのままの事実を述べたまでだ」

「それが意地悪だって言ってるの。いくらそれがありのままの事実だったとしても、ズバッと言われたら傷ついちゃうもんなの!」

「俺は指摘されて傷つくような事実を安易に作る方に非があると思うけどな」

「例えそうでも、言わないのがマナーってもんなの!」

「お前が勝手に決めたマナーに、従う義務はないだろ」

「ムカつくーっ! こんなんだから、いつまで経っても彼女の一人もできないのよ!」

「それとこれとは話は違うだろ。大体……」

「どうせ、神楽ちゃんと二人で来たかったんでしょ? ホ・テ・ル」

「は? どういう意味だ」

「ありゃ? 変な風に聞こえちゃった? でも、そういう風に聞こえるってことは、お兄ちゃんの心の中にちょっぴり」

「そんなわけないだろ! 俺は別に」

「お願いですから、二人とも静かにしていて下さい!」

 ついに耐え切れなくなった神楽は、滅多に見せない形相を浮かべながら日比野兄妹を一喝した。

 二人は委縮し、目を見開きながら神楽を凝視する。

「横の車にぶつけちゃったりしたらどうするんですか。ちょっとでいいんで、黙っていて下さい」

「わ、悪かった」

「ごめん、神楽ちゃん」

 神楽は赤の他人であるにもかかわらず、兄妹喧嘩の勝者となってしまった。

「ふう。集中、集中……」

 どうにか駐車を無事に成功させたのち、一行はトランクに積んでいた荷物を取りだして夢想郷の玄関に向かった。

「やっぱ、近くで見るとすっごく立派ー」

 遥がホテルの外観をしげしげと眺めながら、正直な感想を口にした。

 建物自体はシンプルであるが、ところどころに見られるシックで洋風なデザインが高級感を醸し出している。

「幽霊なんて、出そうにないんだけど」

 幽霊が出る場所として定番なのは、古びた老舗旅館などだと思うのだが。

 疑問符を頭に浮かべながらも、神楽はさっさと先に進んでいく勇について中に入っていった。

 エントランスホールに着くと、「野口」という名札を胸につけたホテルマンが一行に目を留めた。

 その中でも特に、勇のことを戸惑った様子で見つめながらこちらに近づいてくる。

「ええと、霊能堂の方々でよろしいでしょうか?」

「そうですが。先程から何故、おどおどしていらっしゃるのですか」

「べ、別に、深い意味はないです」

 おそらく彼は、タンスから適当に引っ張りだして着用したような服装をしながら、銀色に光る錫杖を持つ勇のギクシャクとした格好に困惑しているのだろう。神楽は見慣れてしまったので何も感じなくなったが、初見ならこうなっても無理はない。

 当の本人は他人からどう思われようがどうでもよさそうなのだが、これならばいっそ霊媒師風の身なりで固めてしまった方がマシかもしれない。

「そうですか。では仕事の話に入りましょうか。このホテルの部屋に、幽霊が出るというお話でしたね」

「シーっ。その件については、ここではちょっと。できればご内密にお願いします。お客様に聞かれてしまったら、我がホテルの評判に影響が出かねませんので」

 野口は警戒するように辺りを見回す。どうやら、周囲に盗み聞きをされていたり、ウェブ上に呟かれたりしていないかを気にしているようだ。

「詳しい話は、移動しながらいたしましょう。では、こちらへどうぞ」

 耳打ちに等しい声量で言うと、野口は警戒心を緩めぬまま歩き始める。

 一行はその背中を追うように、高級ホテルの奥へと進んでいった。

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