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霊能堂の幽鬱な就労記  作者: 山田結貴
第一話 受難の末の就職先
5/16

(5)

 徒歩で十分ほどかけて辿り着いたのは、とある住宅街にある一軒家の前だった。

「ええーっ。こんなところに、本当に出るの? すっごくピカピカで、オカルトオーラが一ミリも出てないんだけど。全然そそられないーっ」

 遥はその建物の外観を見ながら、ブツブツと不満をもらしながら口を尖らせる。

 勇はそんな妹のことを「なら、さっさと帰れ」の一言だけで一蹴した。

「見たところ、普通の家にしか見えないけど……」

 遥みたいに文句をつけるような真似をする気はなかったが、神楽の目にもその家はごくありふれたものに映っていた。

 きれい白く塗られた壁には傷一つなく、庭の花壇もきちんと手入れがなされている。家はどう見ても新築同然で、何かが化けて出るようなところとは到底思えない。

「あの。あなた達が霊能堂の方々ですか」

 声のした方を向いてみると、そこには依頼人と思われる、二十代後半くらいの男女の姿があった。左手の薬指に同じ指輪をはめていることから、二人が夫婦であることがすぐに理解できた。

 二人は勇が手に持っている錫杖を何度もチラチラと見ている。おそらく、これでこちらの身分を判断したのだろう。

「ええ、そうですが。ところであなた方は、幽霊退治をうちに依頼した川本さんでお間違いありませんか」

「はい。私が依頼の電話をした川本です。隣にいるのは妻の良子」

「今回は、わざわざ家まで出向いていただきありがとうございます」

 夫婦は簡単にあいさつを済ませてから、軽く頭を下げる。

 勇はそれに対し「いえ、こちらも仕事ですから」と言ってから、依頼についての話を切り出した。

「お電話での話ですと、購入して間もないはずの新居で心霊現象が発生しているということでしたね」

「ええ。実は、我が家の中で幽霊の仕業としか思えない現象が次々に起こるようになりまして」

 夫婦は顔を見合わせてから、家で起きた心霊現象について詳しく説明し始めた。

「この家に住み始めてから、最初の頃は何ともなかったんです。ですが、しばらくしてから夜中に変な物音が鳴るようになりまして」

「そう。私は始めの頃は気のせいだと思っていたのですが、夫も同じようなことを口にするようになったので、段々と恐くなってきて。一時は空き巣を疑ったこともあったですが、物音が聞こえたところには誰かが侵入した痕跡もなくて」

「謎の音は、いまだにずっと鳴り続けているんです。まるで、わざと大げさに足踏みでもしているような音や、壁を拳で何度も殴りつけているような音が。最初は夜だけだったのですが、しまいには昼間にも聞こえるようになって」

「霊能堂の噂は、人づてに聞いています。お願いです、どうか家に住み着く霊を祓って下さい」

 勇は川本夫婦の話を聞き終えると、眉間にしわを作ったまま「なるほど。わかりました」と口にしてから新築同然の家に視線を移した。

 錫杖で地面を突き、シャンと音を鳴らしてから再び依頼人の方を見る。

「家に住み着く幽霊は、確実にお祓いします。ただし、一つだけよろしいでしょうか」

「はい?」

 もしかして、幽霊退治には何か条件でもあるのだろうか。まさか、思った以上に事態が深刻だから報酬を増やしてほしいとか。

 神楽があれこれ考えながら見守っていると、勇は真顔を崩さないままこう口にした。

「……安い物には裏がある。これだけは、覚えておいて下さい」

「は、はあ」

 唐突な発言を前にして、若夫婦はきょとんとしながら顔を見合わせる。そんな姿など尻目に、勇は素早い足取りで家の中に入っていった。

「あっ! 待ってよ、お兄ちゃん。あたしも心霊現象見たーい」

 その後ろを、遥がちゃっかりついて行く。どうでもいいことかもしれないが、相当心霊現象に飢えているらしい。

「え、あ、じゃあ、私も。それでは……」

 神楽は呆気にとられてポカンとしている夫婦に一礼してから、幽霊が出るという家にお邪魔した。


「こんな立派な家に幽霊なんて出るのかしら」

 玄関の電気をつけ、しげしげと眺めながら神楽は呟いた。

 隅々まで掃除が行き届き、インテリアも全てほぼ新品。至るところで幽霊と出くわしている経験を持つ自分がツッコむのもアレだが、幽霊というのはもう少しおどろおどろしい場所に出るものなのではないだろうか。

「……私のこと、守るって言ってたのに」

 勇と遥の姿は、既に玄関にはない。おそらく、幽霊を探しにさっさと先に行ってしまったのだろう。

 自分の歩きづらいヒールの靴とともに、兄妹が仲良く脱ぎ散らかしていった使い古しのスニーカーを整えてから、神楽も家の奥へと足を進めた。

「勇さん? 遥ちゃん?」

 幽霊は昔から見慣れているためさほど恐くはないのだが、人間に危害を加えるタイプのものが相手ならば話は別。一人でいると、やはり心細い。

「あの……どこですか? どこにいるんですか」

「ねえ、お兄ちゃん。聞きたいことがあるんだけど」

 リビングについたところで、遥の声が聞こえてきた。

 呼びかけに対する返事ではなかったものの、神楽にとっては安心するには充分過ぎる材料だった。

「邪魔をするな。人が幽霊の気配を辿ってるって時に。集中が途切れるだろ」

 勇は室内の中心辺りで、錫杖を床に突きたてながら目を閉じている。

 神楽は能力を持っているわりに心霊現象などに関する知識には疎いため断定はできないのだが、霊能力には霊視や口寄せみたいなメジャーな類のものの他にも色々あるらしい。

「プロなら話を聞きながらでもそれくらいできるでしょ。そこはガッツよ、ガッツ」

「お前が余計なことさえしゃべらなかったら、無駄にガッツを使って体力を消費しなくて済むんだよ」

「そんな軟弱もやしみたいなこと言わないの。あたしはね、男には絶対ガッツが必要だと思うの。だから、勝手にしゃべっちゃうからね」

「お前が単にしゃべりたいだけだろうが」

「いいじゃん。可愛い妹としょっちゅうおしゃべりできるお兄ちゃんなんてそうそういないよ?」

「誰がかわいいって? 親父みたいなこと言いやがって」

「えっ! パパって、自分のことかわいいって言ってたことあるの?」

「そうじゃなくて」

 何だが本題そっちのけで、兄妹漫才が始まっているのですが。

 神楽が割って入ろうか迷っていると、ようやく遥が本来の目的を思い出したようだった。

「あ、そうそう。あたし、お兄ちゃんに聞きたいことがあるんだった」

「それでさっきから人の仕事の邪魔をしてるんだろうが。これ以上妨害されたらたまったもんじゃない。答えてやるから、聞きたいことがあるならさっさとしてくれ」

「最初からそう言ってくれたらよかったのに。ねえ、何でさっきの依頼人さんにあんなこと言ったの?」

「あんなことって?」

「ほら、安い物には裏があるとか何とか。この家、どう考えても高そうな感じなのにさあ。もしかして、霊能力で家のお値段までビビッと見抜いちゃったとか?」

 その点に関しては、神楽も非常に気になっていた。

 何故あのタイミングで唐突に、詐欺撲滅を訴えかける標語みたいなことを口にしたのか。いまいち理解しがたいので、ちょうど解説がほしいところだった。

「簡単な話だ。ここはきっと、元からいわくつきの物件だったんだよ。どこかの誰かが新築で家を購入したが、心霊現象が起き始めた。それで、格安の価格で売って……。多分、それが繰り返されて今回の依頼人に流れ着いたんだろうな。あんな若夫婦が、この辺の土地で立派な一軒家を構えられるほど収入があるとも考えにくいし」

 なるほど。この辺りの土地はそこそこ値が張るし、この家だって新築で建てるとなればかなりの大金が必要だろう。あの若さでそこまで裕福な暮らしをできるのはごく一部だろうし、そういった条件から導き出した推測であれば納得がいく。

「あと、霊能堂の宣伝も兼ねて安い除霊屋はインチキだからやめておけっていう意味も込めたつもりだ。大体、うち以外の輩はほとんど詐欺だからな」

「あたし、宣伝として全然伝わってないと思うな。さっきの依頼人さんに」

 妹さんのツッコミ通り、そっちの方は全然伝わってないと思いますけど。世の中でテレパシーができる人なんてほとんどいないのだから、何か訴えたいことがある時はもっとわかりやすく言って下さい。

 妹と披露した軽妙な掛け合いからは想像がつかないほどの口下手っぷりに神楽が呆れていると、勇は目を開けて何もないはずの天井に目を向けた。

「ここから遠くはないな。あっちの方か」

 勇がきょろきょろと周囲を見回したところで、しばらくぶりに神楽と目が合った。

「後ろについてろって言ったのに、どこに行ってたんだ」

「勇さんが置いて行ったんじゃないですか。ところで、やっぱり幽霊が近くにいるんですか? 私には、何も見えないんですけど」

「ここに居て何も感じないのか? やっぱり、霊視以外の能力は……んっ」

 突然、壁を思い切り殴りつけたかのような鈍い音が会話の流れを遮断した。

 それは一度だけではとどまらず、何度も何度も室内に響き渡る。

「何、この音……」

 夫婦が訴えていた『謎の音』とは、おそらくこれのことだろう。

 原因不明の騒音。こんなものに日頃から見舞われては、霊媒師に頼りたくなるのも無理はない。

「ええっ。何か聞こえるんですか? あたしには、なーんにも聞こえないんですけど」

「う、嘘っ」

 遥が周囲の音をよく拾えるようにわざわざ両耳に手を当てている姿に、神楽は仰天した。

 ここまではっきりと部屋全体にこだまする音が認識できないだなんて。そんな馬鹿な話があるのだろうか。

「霊能堂でも話に出たが、遥には霊感がないんだ。情けないことに、幽霊が引き起こした音を聞き取ることすらできない。ここまで壊滅的だと、かえってすごいと思うけどな」

 勇はというと、妹の絶望的な霊感のなさについて解説しながら、眉根を寄せつつ耳を塞いでいる。まさか、こちらは霊感が強過ぎて、例の音が嫌というほど聞こえて仕方がないのだろうか。何というか、両極端な兄妹である。

「いいなあ。お兄ちゃんには幽霊が出してる音が聞こえてるのね」

「全然よくない。ったく、やかましいったらありゃしない。耳障りな音をバカスカ立てやがって」

 勇は舌打ちをしてから、錫杖で床を強く突いた。

 すると、青白い電流のような物質がバチバチと鳴りながら、錫杖の周りをらせん状に巡った。

「おっ。とうとう出た。日比野流秘儀『必殺・杖電気』!」

「変な名前をつけるな。ん……そこかっ!」

 勇は鋭い目つきで天井の端を睨みつけたかと思うと、錫杖を勢いよく視線の先に突き上げた。

 先程の騒音とは比にならないほどの轟音が、青い稲光とともに錫杖からほとばしる。

[ぎゃあっ!]

 どこからともなく断末魔が響いた直後、何もなかったはずの天井から何かが落ちてきた。

 それは確かに重力に押されるようにして床に叩きつけられたはずなのに、不思議と物音一つ鳴らなかった。

「こ、これって」

 神楽はおそるおそるといった様子で、床に転がっているそれを眺めた。

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