(8)
「親父、いい加減にしろ。仕事の邪魔をするんだったら、強制的に追い出すぞ」
勇はピリピリとしながら、眉間にさらに深いしわを刻んだ。だが、息子から反抗的な態度を父の霊はいとも軽く受け流す。
[強制的って、そこまで敵意剥き出しにしなくてもいいじゃないの。僕はただ、この場を丸く収めるためのアイデアを提案するために姿を見せたってだけなんだからさあ]
「は?」
幸徳の口元がニヤリと上がると、勇は威圧的なオーラを背中からにじませながらも構えていた錫杖を下げた。
「アイデアだと?」
[そう、アイデア。しかも、超がつくほどグッドな奴。聞きたい?]
「自信があるなら、もったいぶらずに早く言え」
[もう、素直じゃないんだから。こういうことは少しじらしてから言うのが鉄則というものであって]
「んなこと知るか。さっさと言え」
[全く、勇って本当にユーモアが通じないよね]
幸徳はやれやれとでも言いたそうに肩をすくめると、面白くなさそうに眉をひそめた……かと思えば、今度は得意げな笑みを作って手招きをする。
[話があるから、ちょっとこっちに来なさい]
「は? 何でそっちに行かなきゃいけないんだ」
[細かいことはいいから。ね?]
「……わざわざ人を近くに寄せないと、話せないことなのか?」
勇は怪訝そうにしながらも、逆らうべきでないと判断したのか渋々歩み寄っていった。
「何だよ。これ以上無駄に時間を食うのは」
[では、発表します]
「だから、人の話を……」
[じゃじゃじゃん! 勇、今からお前の霊力を使って、柴谷リョーヤの生霊を口寄せしなさい]
「⁉」
幸徳の自称超がつくほどグッドなアイデアとやらを聞くなり、勇は目玉をひん剥いた。それは決して父の霊が耳元でいきなり大声を発したからなどではなく、単純にその内容に仰天しているようであった。
[え⁉ 口寄せ⁉ あたし、リョーヤと話せるの⁉]
話を盗み聞きした女は興奮のあまり鼻息を荒くした。どうやら、直接本人に会えなかったとしても多少は妥協してくれるらしい。
一見すると名案に思えるこのアイデア。しかし、当の勇は眉をつり上げて怒りを露わにした。
「待て。親父、自分が何を言ってるのか自覚してるんだろうな?」
[もちろんだよ。どう? 彼女も乗り気みたいだし]
「馬鹿か! ちょっと、こっち来い」
[勇ってば、強引なんだから]
目力だけで実の父を威圧したかと思うと、勇は女からさらに距離を置くようにして移動を促す。幸徳がそれに従うと、二人でヒソヒソと話し始めた。
神楽は話の流れを見失ってはたまったものではないと考え、全神経を集中させてこっそりと聞き耳を立てる。
「生霊を口寄せしたら、どうなるかくらい元霊媒師のあんたならよくわかってるだろ。普通の人間が、肉体と霊魂を切り離されたりなんてしたら」
[わかってるよ。身体から精神だけを引きはがされるわけだから、霊魂の主はその間、当然意識を失う。霊媒師の腕にもよるけど、下手をすればそのまま戻れないこともあるよね。けど、勇の霊力ならいけるでしょ?]
「俺の霊力だけの問題じゃない。相手の体力とか、色々な要素が絡んでいるから気安く行うわけにはいかないんだよ」
何か今、ものすごく重要かつ恐ろしいことをサラッとおっしゃいませんでしたか。
神楽が密かに戦慄する中、霊能親子の会話はまだまだ続く。
[あれー? ひょっとして、成功させる自信ないの? 口寄せだけは、僕よりうまいよなーって前々から思ってたんだけど]
「そりゃあどうも。だが、安全性を考えると実行には踏み切れないな」
[えー? ノリが悪いなあ。ここ、普通はオッケーって言うところだよ? 案外ヘタレだね、勇って]
「あんたがガサツ過ぎるんだよ」
[できれば大胆って言って欲しいなあ。ま、それはいいや。かわいい息子のピンチだもんね。ここは一つ父親らしく、ドーンと口寄せ成功のための助言でもしますか!]
幸徳は自身の胸を拳で叩くと、勇にコショコショと耳打ちをした。その声はあまりにも小さ過ぎて、全力の聞き耳をもってしてもうまく聞き取ることができない。
[……で、……ってわけ。それで……なら、いけるでしょ。これなら、きっとうまくいくはず]
「それ、本気で言ってるのか?」
[本気に決まってるじゃない。ウケ狙いだったとしたら、もっと大きい声で堂々と言ってるから]
「どうしてあんたって人は、ふざけながらでないと受け答えができないんだよ」
勇は顔を曇らせて特大の溜め息をついたが、すぐに表情を切り替えて女の方へと向き直る。そして、至って真剣な面持ちを作りこう言い放った。
「わかった。あんたの望み、叶えてやるよ。柴谷リョーヤの生霊を口寄せして、ここに呼び出してやる」
[本当⁉]
女はパアッと顔を明るくして、キラキラと輝く眼差しで霊媒師を見据える。その姿は、悪霊になりかけていると宣言された幽霊と同一とはとても思えない。彼女は悪霊から漂うという負のオーラさえいずこへと吹っ飛ばしてしまうほど、柴谷リョーヤとやらが大好きらしい。
「でも、大丈夫なのかしら……」
女が狂喜乱舞といった様子ではしゃぐ傍らで、神楽は口寄せのリスクについて密かに心配していた。
勇は先程まで、生霊の口寄せは危険であるとして再三に渡り拒否をしていた。しかし今では、苦りきった顔をしながらも幸徳の助言をあっさりと聞き入れそれを実行しようとしている。一体、両者の間でどのような会話がなされたのだろうか。
[早く、早く! あたし、すぐにでもリョーヤと話がしたいわ! ねえ、早くリョーヤを呼んでよ!]
女は理性がはじけ飛びそうになりながら、ぴょんぴょんとその場で跳ね回る。勇はそれを、呆れ果てながらもたしなめた。
「せがまれてすぐにできるってものじゃない。口寄せには、集中が必要なんだ。俺は一旦部屋を出て、生霊を憑依させてから戻ってくる。それまでの間、ここで待ってろ」
「待つわ。いくらでも待つわよ。ああ、とうとうリョーヤに会えると思ったら……。うふふっ」
気持ちが高ぶっているのはよくわかるが、いくら何でもはしゃぎ過ぎである。霊力の行使には体力の消耗が付き物であるというのに、霊媒師様はハイテンションに振り回されたせいで既に滅入っているようだった。
「……じゃあ、そこでおとなしくしてろ。間違っても邪魔はするなよ」
[はーい♡]
「…………」
勇はどっと疲れたような表情をちらつかせると、鉛でも足首に括りつけられているのかと錯覚しそうなくらいに重たそうな足取りで出入口に向かって歩いていった。
……その背中が幸徳に対し「もし失敗したら、あんたのことを一生恨むからな」と吐き捨てているように見えたのは神楽だけだったのだろうか。




