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はっちゃけ護衛兵

作者: 珍明

はっちゃけた少年が書きたかったのです。

目を通して下さり、本当にありがとうございます。

 王城には、王族の歴史を語る物がいくつもある。その内のひとつは、肖像画だ。汚れ一つない白い壁に並べられ、見る者全てに感嘆を与える。

 中でも、賢王として名高い現国王レオポルド6世の肖像画は、木枠から絵具に至るまで最高品質を使用している。黄金色の髪に、空のように青い瞳、まさに美丈夫ともいえる姿。

「くたばれ!愚王!!」

 罵詈雑言を吐きながら、少年は泥団子を肖像画に向けて投げ放つ。

「スパーキング!」

 顔面命中(絵)を確認し、少年は颯爽と走り去る。何故なら、少年の奇声に気づいた近くの衛兵が鬼の形相で追いかけてくるからだ。

「こら!!また、てめえか!今日そこ、捕まえてくれるわ!」

 槍を構えた衛兵に追いつかれたことは、一度もない。衛兵は馬鹿正直に廊下を走るが、少年は城の秘密通路へと逃げ込む。

 顔を見られる前に、逃げ切るので、後々、捕まる事もない。少年は泥の付いた手をハンカチで拭い、喉を鳴らすように笑う。

 少年は日課のスパーキングを終え、足取り軽く自分の部屋と帰っていく。

 

 少年の名はキーファ。何故、このような日課を繰り返しているのか、説明しよう。


 まずは、彼が生まれる前に遡る。

 レオポルド6世の王太子ザカライアス時代、地方の視察へと赴いた時の事だ。

 フィリオ村にいる美しい村娘アビーと身分違いの恋に落ち、そのまま村に居着いてしまった。既に王太子妃との間には、息子と娘の2人の子がいるにも関わらず、身勝手な行いにレオポルド5世は怒り心頭になり、絶縁を言い渡した。

 監視という名目で、王太子護衛兵をしていた女騎士マリアンヌも村に移住することとなった。このマリアンヌこそがキーファの母親である。

 マリアンヌは農夫バートと夫婦になり、それなりに幸せな日々を送っていた。

 だが、キーファが3歳の折、国を荒らす魔物討伐に向かい、命を落とした。父親と共に、母親の死を悲しみ悼んだ。

 それから8年の月日が流れ、キーファは見目こそ父親に似ているが、気質は母親そのものに成長していた。父親は再婚することになった。

 同じ年にレオポルド5世が崩御、王の遺言により、元王太子ザカライアスの即位が決定してしまう。彼には、アビーとの間に娘イレーヌが1人いた。彼の妻子も登城を許し、王族としての身分と地位を約束され、即位を受け入れた。

 新王ザカライアスの即位に、村中の人々が見送りに出向いた。新王は見送りから、キーファを見つけるとこう言い放った。

「継母との暮らしは、気苦労が絶えないだろう。私達と一緒においで」

 憐みを含んだ提案に、驚き過ぎたキーファは言葉を失った。キーファは、継母を実の母のように受け入れていたし、新王に対し、継母の不満など口にしたことは一切ない。

 キーファは知らなかったが、この新王は若干、上から目線に空気が読めない。その為、身分のこともあり、村の人々から敬遠されていたのだ。

「いえ、遠慮します」

 キレ気味口調できっぱりと御断りをしたにも関わらず、新王はキーファを王城へ連行した。

「やめろ!帰せ!帰してくれ!」

 道中の必死の説得と抵抗も空しく、キーファの身分は母親の実家ヴァレンタイン伯爵家へと移された。伯爵家に顔合わせすることなく、イレーヌの相談役としての職務を与え、特例として王城へ住まわせた。

 それが王族貴族からの妬みと謂れのない恨みを買った。

 はっきり言って、キーファはイレーヌと仲良くない。好きでもないし、嫌いでもない。相談されても、答えられない。実質、下僕に等しかった。

 イレーヌもキーファの扱いに困った。好意も何もない異性との暮らしは、慣れない王城暮らしに負担を強いた。一度、彼女のほうから、新王に意見してくれた。

「最初は慣れないものだ。時間が解決してくれる」

 何とも前向きなご意見を頂いたが、要は現状維持。


 肩身も狭く、息苦しい日々。

 国王の顔を見るのも嫌になったある日、キーファはイレーヌの部屋に飾る植木鉢を運んでいた。国王の肖像画の前を通り過ぎようとした時、彼は自然と思いついた。

「スパーキング!!」

 キーファの憂さ晴らしである日課は、こうして始まった。


 今日も今日とて、泥団子を片手にキーファは、国王の肖像画の前に立つ。いつものように投げようとした時、不意に声をかけられた。

「そこの者、少し待て」

 吃驚したセシルは、投げのポーズのまま、ゆっくりと振り返る。

 輝石を散りばめたドレスを纏った赤毛の貴婦人、カイトリオーナ王妃。王妃は、口元を扇子で覆い、静かな視線でキーファを見ていた。

 その傍には、眉間にしわを寄せた侍女が伴われていた。話しかけてきたのは、侍女のようだ。王妃は扇子で口元を隠し、侍女へと耳打ちする。

「今からやろうとしていることを、お妃様にご披露なさい」

 侍女の言葉に、キーファは叱責されなかったことに疑問しつつ、肖像画に向かって投げつける。

「禿げろ!ひげ!!」

 泥団子は命中し、肖像画が汚れる。侍女は真っ青になり、悲鳴を殺した。

 王妃だけは、汚された肖像画を見上げて口の端を上げた。目を細めたその表情、嘲笑である。

また、王妃は侍女に耳打ちした。侍女の青い顔が今度は白くなった。

「お妃様も…挑戦される。ひとつ、泥団子を譲りなさい」

「正気ですか!?」

 キーファは驚いて声を上げた。

 王妃は侍女に命じ、自分の手袋を外させた。どうやら、正気で本気らしい。汚れを知らないその手に泥団子を乗せる事は、躊躇われた。

 王妃の無言の催促に負けたキーファは、泥団子を渡す。

 すると、王妃は水を得た魚のように活力を得、風を切る音を立てて、泥団子を投げ放った。

「スパーキング!」

 べちゃっと派手な音を立て、肖像画は更に汚れた。

 キーファは勿論のこと、駆け付けた護衛兵も青ざめた。侍女は卒倒してしまった。倒れ伏した音と共に、王妃は優雅に深呼吸した。

「少年、名は何と申す?」

 名を聞かれた。

 気がつくのに、一瞬、時間がかかった。

「キーファ…」

 礼儀も礼節も敬礼なく、呆けた口調でキーファは名乗った。

「お主、妾に鞍替えせんか?」

「お、王妃陛下!?お、おおそれながら、その子供は、陛下の」

 狼狽する衛兵を王妃は、人睨みで黙らせる。その眼力は、鷹より鋭い。

「妾の息子と娘は、温室育ちでのう。お主のような阿呆が良い刺激となろうて。さて、どうする?」

 人を見下した視線は、一切の憐みもなく、情もない。

 きっと、役に立たぬと知れれば、容赦なく切り捨てられる。そんな予感がした。

「いいぜ、おばちゃん。あんたに着いて行くぜ」

 この城に来てから、初めてキーファは笑顔で言い放った。

「まずは、躾から!」

 いつの間にか復活した侍女から、鉄拳を食らう。油断した痛みに、キーファは悶絶した。


 その後、肖像画に泥を被せていたことが国王の耳に届いた。ちなみにキーファの泥遊びは、最初から王妃にバレていたが、いつまで続けるか見届けていたらしい。

「何と陰湿な、余に不満あらば、直接、申すがよかろう」

 呆れたと言わんばかりに、国王は吐き捨てた。王妃は愉快そうに笑う。

「言質は取った。次からは陛下に直接、泥をぶつけるよしようかのう」

 国王を的にした王妃の泥団子遊びは、日課へと変わった。

「スパーキング!」

 狂喜乱舞と泥を投げ放つ王妃とその泥を顔面に受ける国王。その様を見ながら、家臣一同は思う。

(お妃さま…そうとうストレス溜まってんなあ)

 一夫一妻制度を破り、側室及び妾腹の王女を連れ帰った国王を夫に持つのだ。その心労は計り知れない。国王が臣下や衛兵に助けを請おうとも、皆、自業自得と温かい目で見守った。


 キーファの新しい仕事は、15歳のロレイン王女から教育、17歳のダイオニシアス王子から訓練を受ける。

「13歳にもなって、こんなこともわからないなんて、育ちが知れるわね」

「僕を叩きのめしてどうするのだ!この野蛮人め」

 2人はキーファに厳しい。そして、キーファのことを『野蛮人』と呼んで、蔑んだ。だが、キーファは自分を真正面にそして、決して自分を憐れまない2人を好ましく感じている。


 ダイオニシアスとロレイン、2人に許された僅かな休憩時間にキーファは常に付き添っている。とはいえ、同席ではなく、他の護衛、従僕と共に直立不動で控えている。

「今日もお父様は、いらっしゃらないのですね」

 呼吸をするように、ロレインは呟く。

「今日も妾と妾腹のところだろ、国王陛下にとって、僕達は『我が子』ではない。もう諦めろ」

 ダイオニシアスは苦々しく吐き捨てた。

 ロレインは自嘲気味に笑うと、キーファは当然のように声を上げた。

「直接、本人に言いに行きやしょう」

 この発言に、誰かが「不敬だ」と注意する。しかし、その声はダイオニシアスが手で制す。

「野蛮人、教えてやろう。国王はな、僕達から会いに行くにも謁見申請が必要なのだ。仮に申請しても、僕達と会う気もないと却下されるだけだ」

「だったら、部屋に忍び込んでやりましょう。いい抜け道を知ってますぜ」

 キーファは臆することなく、寧ろ、満面の笑みで言い放つ。

「おい、なんで知っているのだ。初耳だぞ、それ」

「イレーヌの身辺警護をしろってことで、覚えこんだっすよ」

 その名前に、周囲がザワつく。

「ふふ、おもしろいじゃないの。あの妾腹の為に覚えたことを利用できるなんてね」

 ロレインは王妃に良く似た恍惚面で微笑んだ。

「さっすが、ロレイン様、話がわかりますね」

 企み笑顔でキーファが大はしゃぎすると、ロレインは厳しい音で扇を広げる。

「ただし、今日の予定が終わってからよ」

「変なところで、真面目なところも好きっすよ」

 棒読みで賛辞を述べるキーファに向かって、ロレインは扇を投げつけたが、素早く避けた。


 公務を終えた国王は、今日も王妃からの泥を被る。王室専用大浴場にて、下僕の手を借りて素肌を晒す。下僕以外は誰もいない浴場にて、国王は暫しの休息を取ろうと湯に足を付けた。

「お父様、お話があります!」

「きゃあああああああ!?」

 壁のタイルがガコンッと音と共に外れ、ロレインの顔が現れる。吃驚仰天した国王は、下僕からタオルを奪い取って身体を隠す。

「曲者!?あ?ロレイン!?何をしておる?」

「僕もおります、父上」

 別の隠し扉がパカッと開き、ダイオニシアス…そしてキーファが立っていた。そして、国王の悲鳴を聞き、国王直属の護衛も大浴場に現れる。

「こんばんは、陛下。陛下って、肌キレイっすね…ぷぷ」

 小馬鹿にして笑うキーファに、国王は身体にタオルを巻いた状態で威厳を保とうとする。

「このような真似をして一体、何の用だ?」

 その言葉に、ロレインはその場に膝をつき、若干、声を震わせる。

「お父様、私達ともお話して下さい。公務の合間にある、家族との時間を私達にも割いて下さい。ただ、それだけを言いたくて、馳せ参じました」

 彼女の姿勢に、ダイオニシアスも片膝を付く。倣って、キーファも渋々と膝を付いた。

 殿下への情を感じなら、護衛達は国王の反応を待つ。

 国王は、3人を見渡すと眉間にシワを寄せてため息をつく。

「馬鹿ばかしい、こんな下らん事の為にここまで来たのか?おまえ達は、王族に生まれたのだ。親の愛よりも学ぶべきことは多くあるはず。それが一時の情に流され、立場を弁えんでどうする?」

 うんたらかんたらの持論を述べる国王に、キーファは隠し持っていた泥団子を投げつける。

「妻子捨てて、女に走った男が王族ぶるな!」

「お妃さまの気持ちを考えろ!」

「それでも親か!」

「このロリコン!」

「不倫は文化じゃねえよ!」

 いつの間にか、泥団子を隠し持っていた護衛や下僕までもが、国王に意見という名の泥団子をぶつける。勿論、ダイオニシアスもどさくさに紛れて、泥団子を投げつけた。

 大勢の泥を一度に受けた国王は、衝撃で湯船へと倒れ込んだ。

 少し気の晴れたキーファは、不意に気づく。

「あれ?ロレイン様は?」

 どうやら、騒ぎの最中にロレインはいなくなっていた。

「後は、任せる。来い、野蛮人」

 軽蔑に顔を歪めたダイオニシアスは、キーファは共に隠し通路へと姿を消した。

 それから、ロレインの部屋を訪れたが、彼女は戻っていなかった。

「ロレイン様は、何処へ行ったんでしょうね?」

 キーファが呑気な声で呟く。ダイオニシアスは気難しい顔つきで、キーファを一瞥する。

「…、妹はな…落ち込むと必ず行く場所があるのだ。僕は疲れた。…野蛮人、行ってやれ」

 普段は聞かせない優しい口調に、キーファは兄としての気遣いを察した。


 城で一番高い塔の屋根。

 ここはロレインのお気に入りの場所。夜空を煌めく星々を眺め、城下を一望するには最高だ。

「ロレイン様って、意外とやんちゃっすね」

 ケタケタと愉快そうに笑い、キーファは屋根を歩く。

「野蛮人、隣に座る事を許すわ」

 ロレインは扇で自らの傍を示し、キーファを招いた。普段の尊大な態度とは違い、しおらしい。

「ねえ、野蛮人。どうして空の光りは、なんだと思う?」

 不意に聞かれ、キーファはこれまで学んだ知識を検索した。

「空の光りは星と呼ばれ、その正体は魔族が灯す街の光。魔族は空の向こうに住まい、月を通じて地上に降りてくる。俺が3歳だった…、11年前のように…」

 11年前、地上に魔物が迷い込んだ。見知らぬ土地に恐怖した魔物は、暴れ狂った。

 その魔物はキーファの母マリアンネを中心とした討伐隊によって討たれた。その代償は大きかった。その武勇伝は、国中に語り継がれていると、最近知った。

「魔物の脅威は、お祖父様にとっても予期せぬ事態、その対応に負われている間、お父様はぬくぬくと幸せに暮らしていたのよね」

 失望したような口調で、ロレインは空を見上げ続けた。

「そんなお父様はでも、ひとつだけ良い事をしてくれたわ」

 キーファは興味深そうにロレインを見やる。すると、彼女の視線も彼に向けられていた。

「貴方よ、キーファ。貴方のお陰で、お母様に笑顔が戻ったわ。お父様の肖像画が汚されたって初めて聞いた時、お母様の嬉しそうな顔ったら…」

「処罰を免れたことは、お妃様に感謝おります」

 キーファは、懐かしむように小さく敬礼する。

「私もお兄様も、淋しくなんかないわ」

 何故か自慢げな笑顔でロレインは、告げる。それ受け、キーファも得意げに笑い返す。

「お妃さまに鞍替えして正解だったすよ、俺はそう思います」

 気安い返事を笑い飛ばし、ロレインは立ちあがった。夜風に、父親譲りの髪が靡く。

「キーファ、貴方の故郷フィリオより名を取り、キーファ・フィリオ・ヴァレンタインと名乗りなさい。そして、私の護衛兵になりなさい。この身を貴方に守らせてあげるわ」

 王女として気位を高くし、命じられた。

 キーファは寝そべった体勢を崩さず、返答する。

「OKっす」

 その発言に呼応するが如く、風を切る音がした。

「まずは、更なる躾!」

 忍び伏していた侍女による鉄拳がキーファを襲った。


 『殿下の護衛兵』、キーファ・フィリオ・ヴァレンタインの誕生である。

 ちなみに国王は、イレーヌの為に登城させたはずがロレインの護衛兵となったキーファにこう尋ねた。

「どうしてこうなった!?」


人に泥団子をぶつけては、なりません(国王を除く)

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだか「そんな発想はなかった」の連続で面白かったです。
2014/10/01 19:56 退会済み
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