05
ノイソン茸。
第一発見者、マクレディ・ストレフトス氏。
その名から分かる通り、ノイソン地方で発見され、また同地でしか自生しないことからそう名付けられた。湿り気のある暗所を好み、洞窟内で良く見られる。全長5~15センチ。緑がかった淡い光を放っており、その小さな外見とあわせ「精霊のランプ」の異名を持つ。
「まあ、素敵な名前。精霊が持っているのを想像すると…何とも愛らしいですね。」
可愛いのは貴女です。
手を合わせて微笑むマリーガルドを見つつ美佳はティーカップを手に取った。
あの図鑑を借りてこっち、美佳はすっかりキノコ博士になってしまっている。内容は結局アルフォートに読んでもらった。心頭滅却すればイケボイスもワンコの鳴き声、である。
ちなみに見すぎてキノコ、という文字が書けるようになった。初めて覚えた文字がキノコとはいかがなものかと思わなくもないが、まあ贅沢は言うまい。
美佳にはテイワズに「これ気に入らないので換えてください」などと言う勇気は無かった。ついでに内容どうだった?と聞かれた時のために勉強にも余念が無い。あの御仁がそんなこと言うとは考えがたいが念のため、というやつである。
マリーガルドにお茶に誘われるにあたって知識を披露してみた次第であったが、意外と受けが良かった。もちろんお姫様に聞かせられないようなゲテモノ系はあらかじめ省いてある。貴重な聖域を自ら汚すような真似はしないのである。
「それにしても、このお茶美味しいですね。」
「良かった。私のお気に入りの茶葉なのです。ミカ様も気に入ってくださって嬉しいです。」
うふふえへへと微笑み合う。…ああ、癒される。最近ちょっとアレな方々とばかり交流していたから和むことこの上ない。やっぱり女の子良いよねー、と思い、ふいに友人たちを思い出す。
元気にしてるかな。最近予定が合わなくて会っていなかったのだ。またお泊まり会とかして、わたしには縁遠いけどコイバナなどしてみたりしたい。
女子分が足らない、足らないのです!と考えて、目の前にとびきりの女の子を発見した。マリーガルドは美佳の邪な思考も知らずにお菓子を小動物みたいにちまちま食べている。
もし彼女と友達になれたなら。
いや相手はお姫様である。きっとご友人も高位の貴族の令嬢だったりするのだろう。こんなただの一平民などが不敬にも程がある。
とここまで考えて、美佳は自分が「魔女」であることを思い出す。それにいつもマリーガルドは「ミカ様」と呼んでいるではないか。不敬どころか逆に敬われている始末である。これはよろしくない。
「あの、マリーさん。」
「何でしょう、ミカ様。」
「その、ミカ様呼びは止めてもらっても良いですか?できれば話し方とかも、もう少しくだけた感じだと嬉しいなって…。」
もじもじと提案する美佳を見て、マリーガルドは瞠目すると思案顔で口に手を当てた。
「魔女様でいらっしゃるミカ様にあまり失礼は…いえ、ミカ様がそうおっしゃるのなら分かりました。…では、ミカ、さん?」
小首を傾げながら声に出され、悶絶しそうになる美佳。変な声でそうになったので大きく首肯すれば、マリーガルドはにこりと微笑んだ。可愛い。可愛い。
「ねえさまー!」
と、にやにやしながら見つめていたら、可愛らしい声とともにマリーガルドの身体が傾いた。その細腰に勢い良く抱きついているのは…天使だった。
日の光に照らされてきらきらと光るマリーガルドと同じ蜂蜜色の金の髪に、こぼれ落ちそうなくらい大きな宝石みたいな青い瞳をした美少年がにこーと輝く笑顔を振り撒いている。
「まあ、クルト。いきなり抱きついたら危ないでしょう?」
「ごめんなさい。でもでも、姉様を見かけたから、ついぎゅーってしたくなっちゃったんだ。」
「もう…仕方のない子ね。あ、ミカ様…ミカさん?」
「ハイナンデショウ」
呼ばれて美佳はそっと顔を覆った手をずらした。何ということはない、ちょっと直視できなかっただけである。
アルフォートとのコンビもなかなかくるものがあったが、この姉弟は眩しすぎた。正確には可愛すぎて心臓狙い撃ちであった。
「紹介しますね。この子はクルト。私の弟です。」
「クルト・フローゼンです。よろしくお願いします、ミカさん!あっ、ぼくも、ミカさんって呼んでもいいですか…?」
「モチロンデス」
「わーいやったー!ミカさん!」
上目遣いでえへへとしてくる。美佳は床というか芝生ごろごろしたくなるのを必死で堪えた。今そのような奇行に走ったら隅っこで控えているアルフォートが何事かとやってくることであろう。ワンコ系三人が揃ってきゅるるーんとしてきたら、どうなってしまうのだろうか。想像したくもない。
「ミカさんは、遠い国から来たと聞きました。どんなところなのか、色々聞いてもいいですか?」
「ハイナンデモドウゾ」
「…王子、お一人で先に行かれては困りますな。」
好奇心いっぱいでしっぽふりふり(もちろん幻覚だ。…だよね?)問いかけてくるクルトにでれでれな美佳の耳に、ふと声が届いた。
振り向けば、そこには剣を携えた大きな男性がいた。深い海のような青い髪を後ろに流し、同じ色の瞳をちっとも困ってなさそうに緩ませている。
おそらく彼らにとってはいつものやり取りなのだろう。当のクルトもマリーガルドと話す時と同じくらいの軽さで窘められたのを流して見せた。
「ごめんルドルフ。でも、姉様と久しぶりに話したかったんだよ。それにミカさんもいたし。」
「なるほど。それは大事ですな。」
ルドルフと呼ばれた男性は鷹揚に頷くと美佳に頭を下げた。
「魔女殿におかれましてはお初にお目にかかります。ルドルフ・バーガンディと申す。無骨者ゆえ、非礼はお許し願いたい。」
「新名美佳です。あの、美佳でいいです。わたしはそんな大層な身分でもないので、緩い感じでお願いします。」
美佳はおずおずと切り返す。大きな身体を屈められ、どうにも落ち着かないのであった。
ルドルフは快活そうに「ミカ殿は謙虚でいらっしゃる」と笑った。美佳はゴールデン・レトリバーのような大型犬を思い起こした。誰でもワンコに例えたがるこの頭である。
その様子を見ていたマリーガルドが首を傾げた。
「あら、バーガンディ様がご一緒なら、もしかして剣術のお稽古の時間なのではないの?」
マリーガルドが弟に問う。クルトはんー、と呟いた。
「そうだけど…。ねぇルドルフ、少しだけ、お話していっても良い?」
「王子のお好きに。ただし、次の稽古の時間は厳しくいきますぞ?」
「うん!がんばる!」
笑い合う二人は主従というよりはまるで親子のようだ。ほんわかしていると、ルドルフはアルフォートに手招きしてみせる。
「パストラル、お主もこちらへ来い。話の種にはちょうど良かろう。」
「先輩、ミカ様の前であまりおかしな事は言わないで下さいね…。」
渋い顔で寄ってくるアルフォート。
美佳はびか、と目を光らせた。先輩って言いました今!?ここに来て新たなる関係発覚である。これはアルフォートの意外な過去とか聞けたりするのだろうかと美佳はそわそわするが、ルドルフは呵々と笑ってみせた。
「心配するな。昔も今も、お主はさして変わりない。まごうことなき堅物よ。」
「あー…。」
「ミカ様っ?」
思わず納得する美佳にアルフォートが非難めいた声を上げる。いやだってそう、分かり易すぎるのがいけない。もし昔は悪い子でした、とか言われたならば美佳も驚いたりしただろう。しかしアルフォートはどこまでもアルフォートであった。
マリーガルドも微笑んで首肯する。
「そうですね、アルは昔から真面目な人でした。」
「ひ、姫様…。」
「へぇー。ぼく、もっと詳しく知りたいなぁ。」
「クルト王子…。」
あうあうと口を開いたり閉じたりするアルフォート。
その様子を見て美佳たちは顔を見合わせ笑い合った。