番外編 「とある昔話」
13.25
「何か違う。」
人が必死に組んだ魔法式を、そう言ってその女は一蹴した。
ロディオン・チャイカは拳を握りしめ、眼前で唇を尖らせた女…レーナに向けて声を荒らげた。
「何かって何だ!もっと明確に説明しろ、バカ!」
「細かく説明しなきゃ分かんないの?あとバカって言う方がバカなんだからね。」
「誰がバカだ!僕を誰だと思ってる!」
「あたしの犬。」
「誰が犬か!騎士だ!騎士!」
悪びれもせず暴言を吐く。
これが自分の主だとは未だに思いたくない。
更に言い返そうとしたが、踏みとどまる。
落ち着けロディオン。お前は国立学院を主席卒業した天才だろう。こんなくだらない言い争いは時間の無駄だ。
深呼吸して机上に置かれたバカ女が描いた図案を見直す。
「そもそもこれがすでに分からない。どんだけ絵が下手なんだ君は…。」
紙には棒付飴みたいな幾重にも重なった歪んだ円とそこから生える線が描かかれている。
円は正しくは真円でさらに繋がってはおらず、一つ一つは雫みたいでそれぞれ違う色らしい。意味が分からん。
それでも何とか想像力を働かせ、彼女の望む「ハナビ」とやらを再現しようと試みている。
我ながら涙ぐましい忠誠心だ。
「もっとこー、ぱって咲くの。あんたのアレは、こー、のたくたしてる。」
「……。」
のたくたって。
大体色差を出すために全属性の精霊を同時召喚してるのにさらに速度を出せとか。
規則正しく並ばせるのにだってどれだけの詠唱が必要だと思ってる。
…いかん。愚痴しか沸いて来ない。
羽ペンを放り出し、草の上に倒れこむ。
眼前に星空が広がる。色とりどりの光が闇に散らばって煌めいている。
綺麗だな。こんな綺麗なものが元々あるのに、何を思ってニホンジンとやらはそんなものを夜空にぶちまけようとしたんだ。ロディオンは空想の日本人に胸中で悪態をついた。
ぼんやりと眺めていると、レーナが上から覗き込んでいた。不機嫌そうな顔。
「ちょっと何してんの。諦めたの?」
「黙ってろ。今考えてる。」
嘘だが。
手を尽くしてはいるのだが、なかなか上手くいかない。
…考え方が悪いのか?
あまり聞きたくはないが…しつこく聞くとすぐ機嫌を損ねるのだ、この魔女は…もっと情報が必要だ。
「おい。もっと「ハナビ」の情報を寄越せ。」
「もう散々話したでしょ。」
「君の話は雑然としていて解りにくいんだ。その「ハナビ」職人はどうやって色差を出してるんだ?」
「シキサって何。」
ちょっとむっとするレーナ。
…いかんな。もっと簡潔に話さないと。
「色の違いだ。「ハナビ」は色んな色をしてるんだろう?どうやってるんだ?」
「それはアレ、化学反応ってやつ。」
「なんだそれは。」
「昔実験でやったでしょ。何か棒の先に色んなの付けて、火に付けると色が変わるの。」
「君の昔に僕がいるわけないだろう。なぜ色が変わる?」
「だからー、化学反応だって。」
「あー…。じゃあ、棒の先に何を付ける?」
「色々。えーと、確か塩は…黄色!とにかく、火は普通赤いでしょ。そこに塩付けると黄色になるの。」
「まるで錬金術師の分野だな…普段とは違う状態に置くと変色するのか…。待てよ。」
そこでふと思い付く。
「反属性の精霊の衝突時に稀に起きる対消滅を狙えばあるいは…。」
「何?日本語で話してよ。」
「調整に手間はかかるが対価は半分に抑えられるな。なら…。」
「駄目だコレ。」
閃きが消えない内に紙に書き起こす。
相反する属性のぶつかり合う魔力が同等だった場合、魔法は互いの力にかき消される。
その時、四散する魔力の残滓が混ざり合い不思議な色合いを出すことがある。
これを狙うことが出来れば、呼び出す精霊は二属性で済む。
空いた余裕で細かく命令が出来るようになる。
速度の上昇も可能だ。
「良し、行ける!」
「おー?ホントに?」
「理論上はな。」
「それ何回も聞いた。」
「言ってろ。目にもの見せてやる。僕がこの世界初の「ハナビ」職人だ!」
目を閉じ意識を集中する。
別位層の精霊に接触、魔力を注ぎことばを紡ぐ。
上手く、行け…!
「Gesa momveqmz xuvas qmot roedlmmz qmotgmutj, desdma qmot seta qmot fetqasta!」
虚空に現れた二種の光球が付かず離れず螺旋を描き、瞬く間に上昇する。
見上げるほどの高みに付いた光球はぶつかり合い、ぱしんと音を立てて弾け飛んだ。
ぶわ、と極光が幾重もの円を生み、広がって融けていく。
ああ、確かにこれは綺麗だ。
ロディオンはうっかり見とれた後、はっとなってレーナに向き直る。
「…どうだ?」
「は」
「は?」
ぽかんと口を開けて空を見ていたレーナは身をよじった。
「あっははは!すごい!ホントに花火みたいだった!あははははは!」
けたけたと大笑いするレーナ。
どうやらやっとお気に召したらしい。
喜びと安堵感で満たされるロディオンはわざとらしく肩をすくめた。
「ほら見ろ、ちゃんと上手く言ったろ?僕に不可能はない…。」
言いかけてぎょっとする。
レーナの黒瞳から涙がこぼれ落ちていた。
目をこすりながら、レーナは笑ったまま泣いている。
「あは、は…。ホント、すごいよ。見れるとは思ってなかった。」
「…こんなの楽勝だ。君の欲しいもの、何だって作ってやる。「スゴロク」だって「オフロ」だって、用意してやったろ?」
「…うん。」
ロディオンは恐る恐る、けれどきつくレーナを抱き締める。
そうしないと、今にも彼女が消えてしまいそうだったからだ。
「だから……帰りたいとか言うなよ。」
「…言わないよ。」
耳元で魔女はくすりと笑う。
本当は、彼女がそう言ったならロディオンは叶えてしまうのだろうけれど。
手放したくない気持ちだけは本物だったから、腰に回した手に力を込めた。
【五十嵐玲奈】[いがらし-れいな]
歴代の魔女の中でも特に協力的であり、かつ娯楽の開発に力を入れたことで知られる。
彼女に端を発する風呂文化は後世の魔女を慰めた。
【ロディオン・チャイカ】
魔法の名門チャイカ家の嫡男。魔法のみならず発明家としても名を残している。