19
「好きな食べ物は?」
「果物全般」
「じゃあ、嫌いな食べ物は?」
「魚卵」
「好きな色は?」
「緑と金」
「あとは、えーと、好きな花とか。」
「ラヴミールが好きだって聞いたことがあるな。」
ジャンは頬杖つきながらのんびりと答えた。
真向かいでせっせとメモを取る美佳を眺めている。若干というか大分面倒くさそうなのには気付かないふりをした。
アルフォートが見ればミカ様の前で不敬だのしゃんとしろだの言っていたであろうが、当の騎士はまた王弟殿下のところにいる。
何だかんだと定期的に呼び出されていて、その間は大抵一人で自室にいる美佳だが、今日はジャンが一緒である。
気に入られちゃったのかな、と美佳が言えば、ジャンはそうかもなと苦笑混じりに答えた。
何やら含みがありそうだが教えてくれる気は無いらしい。
ともあれここぞとばかりにアルフォートの情報を仕入れる美佳なのだった。
「そういうのより、もっと聞くべきことがあるんじゃないか?」
言われてきょとんとする美佳。
好物の把握とかかなりの重要事項だと思っているのだが、他に何かあったろうか。首を傾げる。
「例えば?」
「女の好みとか。」
「も、もうちょっと遠回しに言おうよ!」
「こんなのに遠回しもくそもないと思うが。」
動揺する美佳にしれっとした顔のジャン。
情緒もへったくれもない言い分である。
確かに気にはなるが、いきなり聞くには勇気がいる案件なのである。少しは気を遣って頂きたい。
「まあ、あいつとそういう話をする事自体稀なんだよな。それこそ1、2回あったか無かったかくらいか。」
「そうなの。」
「堅物だからな。学生の時は勉強が本分だって言って、騎士になったらなったで任務第一。見合いもことごとく蹴ってた。」
真面目なアルらしい話だと思う。
ついでに恋する身としては女性の影が無いのは喜ばしいことである。
しかしお付き合いしている相手がいない、と好きな人がいないは必ずしも符合しないのだ。
美佳はかねてからの疑問を友人たるジャンに聞いてみた。
「あのね。アルって…好きな人はいないのかな。」
「さあな。」
「さ、さあなって。」
「まあ待て。学生の時分ならともかく、今は始終一緒にいるわけじゃないんだ。あいつが誰をどう思ってるかなんて詳しく知るわけないだろ。」
「それ、似たようなこと、ティズにも言われた。」
「…聞いちゃったのか?あの人に?」
「聞いちゃったの。」
おうむ返しに頷くと、ジャンは手で顔を覆った。
はー、と息を吐く音が響く。
「まあ何だ、次からは気をつけような。」
「はい。」
神妙な顔で言われて反論のしようもなく、美佳は素直に頷いた。
素直でよろしい、と頭を撫でられる。
ひとしきりくしゃくしゃにすると、文句を言う前に不器用な手つきで元に戻してくれた。
日頃の躾が行き届いているようで何よりである。
「やっぱり、年下の方が好きなのかなあ。」
「いや、年上の方が好きだと思うぞ。間違いない。」
「そ、そう?」
やたら自信満々に言ってのけられ、でも嬉しいのでえへへと頬をゆるませる美佳を見て、何故かジャンは遠くを見るような目をした。
何度目かのため息をついて、美佳は鏡に映る己を見つめた。
向こうではごくありふれた、この国では稀有な黒髪に黒い瞳。
実年齢よりは若く見えるらしい風貌に減り張りの乏しい身体。
先ほどは喜んでみたものの、果たして自分は年上っぽいか、と考えてしまったのだった。
その手は胸の辺りで空しく空を切る。
美佳の脳内ではいつか弟の部屋で発見したいけない雑誌のナイスバディなお姉さんが、たわわに実ったそれを更に寄せて上げて投げキッスしたりしていた。
ちなみにベッド下で埃を被っていたそれを綺麗にして机の上に置いておいたら、弟が半泣きで自室に強襲してきて「違うから!俺のじゃないから!あと勝手に部屋入るなよお!」と言って来た。
心暖まる姉弟の思い出である。
つまりあれだ。色気が足りない。
胸が大きいといえば真っ先に思い浮かぶのがチャーチルの助手である。
あのクールさは大人っぽいと言えなくもないが、彼女の場合の冷たさは上司への当たりの強さに起因するもののような気がする。
まあ外見は今更どうにもならないので、せめて中身を変えるしかあるまい。
助手の表情を思い出す。
ともすればゆるゆるな顔を無理やり口角を下げ、キリッ、と効果音が付きそうな顔をしようと試みる。
ふむ。なかなかどうして、良いんじゃないだろうか。真面目そうに見える。気がする。
「ミカ様。ただいま戻りました。」
気を良くして色々ポーズをとったりしていると、扉を叩く音と共に柔らかい声音が聞こえた。
扉に駆け寄ろうとしてはたと気付く。
…はっ。ステイわたし。
つい癖で勢いよく笑顔を振り撒きそうになるのをすんでのところで堪え、精一杯に大人びた感じでしずしずと扉を開けた。
「お、お帰り。」
「はい。…?」
アルフォートは美佳を見て当惑したような顔をした。
「…ミカ様。」
「何?」
「私は、何か不手際を致しましたでしょうか。」
「え?ううん。何も無いけど。何で?」
「その、ご機嫌が良くなさそうに見受けられましたので。」
言われてしまえば、まあそう見えなくもない。美佳はしょんぼりとつり上げた眉を八の字に下げた。
彼に気に入ってもらうつもりが困らせていては本末転倒である。
「ごめん。失敗でした。」
「いえ、謝られるようなことは何も。何事も無ければ良いのです。」
美佳が謝ると、アルフォートは微笑みを返す。
そもそもいきなり内面を変えようなどというのが無理な話であった。
大人になるのは当面の目標としておくとして、彼には申し訳ないが、今のところはそのままの美佳で我慢して貰おう。
というわけで、あっさり緩い顔を解禁して本能の赴くままににこにこと笑ってみせた。
「あ、あのね、戻って早々悪いんだけど、行きたいところがあるの。」
「構いませんが…。ジャンとは行かなかったのですか?」
アルフォートが首を傾げる。
言われて美佳は同じく首を傾けた。
「アルがいるのに?」
確かに前はジャンに色々連れていって貰ったが、それはアルフォートが不在であったからだ。
彼が居るなら連れ添うのは当たり前ではないか。
と、ここまで考えて当たり前と思うのがおかしいのかと思い至る。
散々ワンコ扱いしてきて何だが、ここらで距離を取るべきではないかと美佳は思う。
いずれお別れするかも知れない身だ。そう、これはいわゆる親離れならぬ騎士離れである。
大体今までがやりたい放題であったのだ。もふもふとか、あまつさえ、その、ぎゅーしようとしたり。
まあそれは置いといて。
「えーと…迷惑だった?」
「いえ!私でよろしいのでしたら、良いのです。」
アルフォートはほんのりと顔を赤らめる。
照れた顔も可愛いなあ、と益体もないことを考えながら差し出された手を取った。
「良い眺めだね。」
「はい。」
視界いっぱいの小さな街並み。どこまでも澄んだ青空。
城の一角、美佳が望んで行ける中で恐らく一番高い場所から見える景色を背景に美佳は振り向いた。
黒髪が風に煽られ、ふわりと舞った。
傍に控えるアルフォートの金髪も、陽光に照らされ煌めきを飛ばしながら揺れている。
王族の金より薄いその色は丁度良い明るさで目に優しい。
以前ルドルフに連れられて来た屋根の上に近い場所である。
もう一度見たいと…アルフォートと見たいと思ったのだった。
さすがに屋根に登るのは諦めたが。、
並んで街並みを見下ろしていればふいに何処からか鐘の音が聞こえてきて、きょろきょろしているとアルフォートが指先を空に向けた。
その指し示す先に、大きな建物が見える。
「あちらに大きな建物があるのが見えますか。」
「うん。赤い屋根のだよね。」
「はい。あれは国立学院です。かつてあそこで私やジャンは教育を受けました。」
懐かしそうに目を細め、学院を眺めている。
美佳もそれに倣って目を凝らした。
細部までは判らないが恐らく蔦であろう緑に覆われていて、歴史を感じさせられる。
「ひときわ高いのが時計塔です。本来なら立ち入り禁止なのですが、一度だけ登ったことがあります。」
「え、悪い子!?」
「いえ、許可は得ておりましたよ。主席卒業者は一度きり、登ることが許されます。そこで、その後に守るべき民、お仕えする王族のおられる城を眺め意志を新たにするのです。」
「アル、主席だったの?」
「はい。本来なら卒業後は領地に戻り父の後継となる予定でしたが、その為ミカ様の騎士として登用されました。」
ひとしきり感心した後に、美佳は何とはなしに俯いて、組んだ手をもじもじと動かした。
ああ、まただ。聞いても仕方ないのに、でもアルに直接言って欲しくて、聞きたくなる。
「…魔女がこんなので、がっかりした?」
「いえ、そんなことはありません。ミカ様は素晴らしい魔女だと思います。」
「わたし、ちゃんと魔女出来てるかな。
」
「はい。もちろんです。お仕えする方が貴女で良かったと、私はいつも思っています。」
「そっか。ありがとう。」
礼賛の言葉に満面の笑みで返す。
素直に嬉しく思えたことに安堵する。
もしかしなくても、彼のことだからきっと心からそう思ってくれてるのだろう。
にこにこする美佳に今度はアルフォートが居住まいを正して呟いた。
「…ミカ様にもお聞きしてもよろしいでしょうか。私が騎士で、良かったですか?」
「え?うん。」
アルフォートがそんなことを聞いてくるとは思わず、美佳はびっくりした。
無論不満などあるはずもない。
真面目で優しい美佳の騎士。ちょっと頑固すぎるはむしろ愛嬌の内である。チャーチルが絡む時だけは、その、どうかと思わなくもないが、あれは相手が悪い。
しきりに頷くとアルフォートはくすりと笑った。
「ありがとうございます。これからもより一層精進致します。」
「うん。私も頑張るね。」
二人して顔を向き合わせ、笑い合う。
立派な魔女になる為にもっともっと頑張ろう。
彼が喜んでくれるのなら、何だって出来る気がした。




