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外つ国の魔女  作者: 莪藤
本編
26/33

18

相模鈴音(さがみすずね)は、この国が戦乱の渦中にある時に喚び出された。

そもそも魔女召還はおいそれと出来るものではない。だからこそ召還の秘術は国の危機に使われるべきものであり、彼女がその日そこに顕れたのは必然であった。


彼女は大層肝がすわっており、どんな戦場の最中にあっても請われるままに治癒の力を振るってみせた。

彼女に命を救われた者は数知れず、誰もが彼女に畏敬を抱き、魔女様と歓喜の呼び声を上げた。


そしてそんな彼女が居ても、戦いは終わらなかった。


戦いの中で、鈴音は恋をした。

菫色の瞳が美しい、魔女の騎士だった。

彼女はこの世界に残ることを決め、和平が成るまで彼と共に戦場に立ち続けた。

争いがなくなったのは随分後、鈴音がこの世界に来て、実に十年の時が経っていた。




「そうしてひとまずの平和の後、彼女は騎士とめでたく結ばれた。その子孫が俺たちというわけだ。」


菫色の瞳を細めてジャンが肩をすくめるのに合わせて、黒髪が揺れた。この国では滅多に見ない色。

珍しいのは当然だった。彼もまた、こちら側の血を引いていたのだから。


「魔女は王国の秘中の秘。だから魔女と一緒になるってのは子孫代々国の監視下に置かれるってことなんだ。約定と言って、色々制限がかかったりもする。例えば国外への渡航禁止、婚姻の自由もない。」

「だから、アルは嫌がるってこと…?」

「そう見えるのか?」

「…ううん。」


問われて美佳は首を振る。

アルフォートは誰かの為に自分が縛られることを厭うような人間ではない。


そう言うと、良く出来ましたとばかりにジャンはにっこりと笑ってみせた。


「今のこの国はおおむね平和だ。というのに魔女が喚ばれたのは、王の判断でな。あの人は周囲の反対を押しきって、妃を救うためだけに国の秘術を使ったんだ。」


なるほど王の王妃に対する溺愛ぶりを見れば納得の所業ではある。

あるが、さぞ周囲は猛反発したことだろう。王弟殿下などどうやって説き伏せたのか気になるところだ。


「お前は運が良かった。おそらくこの平和を保ったまま、三年は過ぎていくだろう。アルはお前に、このまま無事に故郷に帰って欲しいんだよ。」

「そんなの…。」


勝手だ、と思う。

言わんとしたことが伝わったのか、ジャンも頷く。


「そうだな。あいつは誰よりもお前の気持ちを蔑ろにしてる。けど、誰よりもお前のことを考えてると思うよ。それだけは、理解してやってくれ。」


分かってる。

そんなこと、分かっているのだ。

伊達に毎日顔を付き合わせて来たわけではない。


だが、美佳にだって言い分というものがある。

大体わたしの気持ちはどうなるのか。こんな想いを抱えたまま、残りの時間を彼と今まで通りに過ごしてそのまま帰れと言うのか。

そんなの、辛すぎる。


「それに、こっちの世界に残るってことは地球の家族やら友人とはもう会えない。向こうの生活、全部捨てるってことだ。そこんとこ、分かってるか?」

「う……。」


あえて考えようとして来なかったことを指摘され、言葉に詰まる。

万が一にも行き来できたりしないだろうかとうっすら思ったりしたが、やはり無理な話であった。


わたしの家族。友達。

お父さん。お母さん。ユウくん。ともみちゃん、りえちゃん。


顔を合わせたのは夏期休暇以来だが、寂しいと嘆かないのはそれでもまた会えると知っているからだ。

でももう会えなくなる。ここに残るなら、永遠に。


わたしがいなくなったことを知ったら、心配するだろうな。お母さんは泣くだろう。お父さんやユウくんは、ずっと探し回ったりしないだろうか。


…あれ?

そこまで考えて、違和感を覚える。


「ねえ、ジャン。」

「うん?」

「今、地球ではわたしはどういう扱いになってるの?」


『地球に帰られた際は召還されたのと同じ時、同じ場所に戻るようになっております。』


確かマリーガルドはそう言ったのだ。

ならば今この時、向こうはどうなっているのか。美佳が召還された時から動いていないということなのだろうか。


ジャンは頷くと難しい顔をして話し始める。


「生物には身体と(かく)がある。魂には生物の生きてきた記録が刻まれている。こっちの世界に召還された際にその魂、つまり新名美佳という生物の情報は地球から消失した状態になる。その抜けた穴を塞ぐため、歴史が再構築されるらしい。」

「…つまり?」

「要するに新名美佳は「生まれてなかった」ことになってる。」

「え、えええ!!?」

「もちろん帰ったら元に戻る。らしい。」

「そ、そう…。」

「ともかくお前が考えなきゃならんのは、こちらに残るか向こうに帰るかだ。細かいことは気にするな。」


何とも不安ではあるが、確かに言われた通りではある。


帰るか残るか。いつかは決めなければならないことだ。

始めの頃なら、帰ることしか考えなかっただろう。

だけど、こちらで過ごす内、未練と言って良い気持ちができた。

本当はきっと優しいばかりでは無い世界で、それでも優しくて、楽しくて、大好きな人たち。


今まで生きてきた日々と比べたら些細な時間だが、天秤にかけようとするくらいには、美佳の心に食い込んでいる。


話を聞く限りでは、家族たちを悲しませることはなくなった。

けれど、それは家族が美佳を育ててくれた今までの時間を否定することになるのではないか?

そして自分が忘れ去られ居場所を無くすことに耐えられるのか。

こちらに残ってもアルに振られるかも知れないし、上手くいってもこちらで幸せになれる保証はない。

子供が出来たりしたら、その子達にも苦労を強いることになるのだろう。

じゃあアルへの気持ちを捨てられるか?

ジャンやマリーガルド、こちらの人々と育んだ絆を、捨てることができるのか。


そんなこと、分からない。


たらればなんて考えてもどうしようもない。

未来は見えない。それでもいつか必ず選ばないといけない。

真っ暗闇を歩く感覚に身体の奥が冷えていく。良くないと思いながらもどんどん思考が落ちていく。


ジャンはそんな美佳の、彼とお揃いの黒髪を撫でた。

優しい笑みと声音で、顔を上げた美佳のもう一人の騎士は口を開いた。


「悩むなとは言わないが。これだけは覚えとけ。もしどっちを選んでも、俺はお前の味方だ。」

「…うん。………あのね、ジャン。」


思い立って、思わず声を上げる。


「うん?」

「…ジャンは、魔女の家系に生まれて、嫌じゃなかった?」


何となく、いや、ほとんど解りきった答えをあえて聞いた。

彼の優しさにつけこんで、自分が少しでも安心する為に。

案の定ジャンは首を振る。


「いいや。ちっとも。」

「そう。…ありがとう。」


自分の醜さに吐き気がして、泣きそうになりなる。

「美佳?」と呼ぶジャンに何とか笑って見せながら、そういえば彼だけは正しく名前を発音してみせるのだと気付いて、その懐かしい響きにまた顔を歪めた。






「ミカ様。」


アルフォートは折り目正しく温室の前で待っていた。

向けられた顔が嬉しそうに見えて、小さな痛みとともに胸が温かくもなる。

難儀な身体だなあ、と思いながら胸に手を置いた。


「じゃあ、俺は用事があるから。」

「もう行っちゃうの?また他所の国?」

「いや、今度は北の居住限界線まで行く予定だが、もう少しは城にいる。ちょっと挨拶回りに行くだけだ。」

「そっか。またね?」

「ああ、またな。」


ジャンは軽く手を上げて去って行く。

その背中を見送っていると、アルフォートが怪訝そうに呟いた。


「…何かありましたか。」

「ううん。何も。」


へらりと笑う。

心配は掛けたくない。ただ、チャーチルも言っていたが美佳は嘘が下手だ。上手く出来ているかは怪しい。


もっと上手くなりたいな。

彼が悲しまないように。そう思う。


まだしわ寄ったままのアルフォートの眉間を指差し、頬を膨らませた。


「あんまりしわ寄せたままだと、癖になっちゃうよ。」

「すみません。」

「そういう時は謝るんじゃなくて、笑顔。はい、にこー。」


いー、と口を横に開けば、つられたのか彼も口元を緩める。

それで良い。アルにはもっと笑って欲しい。


「温室の花が綺麗なの。見に行こう?」

「はい。」


いつも、いつでも、もしここじゃない何処かであっても、そう願えるように思い出を作ろうと思った。

勇気を出して、腕を掴む。


驚いた顔をする彼女の騎士に、美佳は微笑んで温室の入り口の方へと引っ張った。

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