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外つ国の魔女  作者: 莪藤
本編
25/33

17

「お願いします。」


むせかえるような緑の中で、精霊たちが一様に煌めいた。

差し込む日の光と結晶の乱舞に合わせて葉が枝が、目に見える速度で伸びている。

ざわざわと音を立てて生い茂る植物たちが青々とした身を揺らしている。


蕾は花に、花は実に。

早送りされていく周囲の景色の中で、美佳だけがまるで異質なもののようだ。

取り残されたみたいな感覚。

風も起こらない温室の中で、さざめく葉の音を聞いている。


「…ありがとう。もう良いですよー。」


軽い疲労を覚えた辺りで美佳は魔力の供給を止めた。

伸ばした手に精霊が舞い降りる。

ちかちかと光る様は何かを伝えているようだ。

首を傾げると同時に空気に溶け込むように薄くなる。


彼らは控えめで謙虚だ。

目に見える見返りを取られていないせいもあって、美佳の彼らに対する評価はおおむねそんな感じである。


チャーチルから知らされて数日後、正式に王妃懐妊の報が伝えられた。

ちなみにそれを聞いた時の反応が不自然すぎて事前に知っていたことはあっさりとばれた。

つくづく嘘の下手な子、美佳である。


機密事項をぺらぺら喋った司祭長にはお仕置きが下ったらしいが、当人は笑って流していたのでそんなに重い罰ではなかったようだ。

正直自業自得とは言え、はからずも漏洩の原因の一端になった美佳は胸を撫で下ろした。


それはそれとして、この件で功労者として美佳にはお呼びがかかることとなった。


王様ならびに王妃様にあられてはお目にかかるのは滅多にない上に、国の重鎮の方々が堂に会した場で注目を浴びるのは非常に精神的によろしくない。


おまけにご褒美をくれるという話になったのはこれまた聞いた通りだったのだが、「何でも良い」というとんでもない前置きがついた。


元々丁重に辞退するつもりではあったので言うことは変わらない。しかし向こうは何かしら与えておきたいものらしく、ちょっとした攻防が繰り広げられた。

大体何でもって、美佳が小市民だから良いものの、ものすごい要求をされたらどうするつもりなのか。いや勿論しないけど。


チャーチルがからかい混じりに提示した、アルフォートのまあなんだ、欲しいとかそーゆーのがちらりと覗いたりしたりしなかったりしなくもなかったが、いい加減に混乱をきたし始めたあたりでクルトが手をあげた。


「温室をミカさんにあげたいです。」


クルトの提案に一も二もなくすがりついた美佳である。

お偉方、というか主に王様は納得していないようでじゃあとりあえずはそれで、ということに落ち着いた。

他に欲しいものが出来たら遠慮なく言いなさい、とは付け加えられたが。


そんなわけで魔女の所有となった温室は格好の練習場所となった。

ちなみにアルフォートは外で待っている。

中に入れてあげたいが、練習しているのを見られたくは無いのでちょっとだけ我慢して貰っているのだ。

まあ入る度にふさふさになっている樹木を見たら丸わかりとも思うが、気にしないことにしよう。

それに元々手入れの行き届いた子たちだ。案外気付かれないかも知れない。

弦を垂らした花に触れ、軽く指でもてあそぶ。


元の主はとうとう、この美しい木々たちを見ることなく居なくなった。

詳しい経緯は省かれたものの、大体の事情はマリーガルドから聞いていた。


末の王子は相変わらず無邪気な、でも少しだけ大人びた笑顔でここの鍵を美佳に託した。

「可愛がってくださいね。」と渡されたそれは見た目より重く感じられた。


わたしが返せるものは何だろう。


物思いに耽り出した時、温室の中に声が響いた。

硝子を叩き、反響して美佳の耳に届く。扉に設置された魔法の一種で、簡単に言えばインターホンみたいなものだ。

聞き慣れた声と少し低い声が混ざり合う。


「だから少し待てと…」

「ああもう良いから、おい、美佳!出て来い!」


聞こえた声音に目を見開く。

美佳は慌てて走りより、笑みをこぼして扉を開け放つ。


「ジャン!」


何をしていたのやらアルフォートと腕を掴み合うジャンは美佳を見るなり、瞠目して動きを止めた。


「…ああ。」


何故か動揺するジャンに、目を伏せるアルフォート。

なんだろうこの反応。


「どうかした?」

「あー、何でも…いや、なくないな。ちょっと顔貸せ。」

「ジャン!」


アルフォートがたしなめるように声を上げた。

黒髪をがしがしと掻き、ジャンが面倒くさそう友人を指差し呟く。


「とりあえずこれ抜きで話したい。」

「えーと、じゃあこの中で良い?アル、もうちょっと待っててくれる?」

「…ミカ様がおっしゃるのでしたら。」


渋々頷く彼女の騎士。

何となく拗ねているような顔で、もしかしてヤキモチとかだったりしたらいいなあと思う。


ともあれ、まずはジャンである。温室の中に招き扉を閉める。

無言でテーブルのところまでやってくると、ジャンは懐から手紙を取り出した。

見た目からして美佳が出したものだ。


「あ、読んでくれた?」

「それは後だ。まず言っときたいことがある。」


額に青筋立てて彼は引きつった笑顔を見せた。

あれ、何か怒ってる?

手紙を掌の上でぺちぺちしつつ、ジャンは噛んで含めるように話してみせる。


「あのな。テイワズさんの書いた物は例外なく重要文書扱いになるんだよ。」

「うん、聞いたよ。検閲出来るのは王様と極一部の人だけだって。」

「ほー。そこまで知っててあれを寄越したのか。」

「あ、もしかして大事になっちゃった?あの、ごめんね、わたしもどうかなとは思ったんだけど。」


美佳の言葉にジャンは溜め息一つついて頭を振る。


「あの封筒、誰に貰った?」

「マリーさん。」

「テイワズさんの署名が入ったピンク色の特一級秘匿文書を受け取った時の俺の気持ちを推し測れ。」

「すみませんでした。」


深々と頭を下げる美佳。

何というか、そういった事態は想定していなかった。

戦場に届く重要人物からの重要文書。ただし花柄ピンク。

なるほどそれは想像するに痛々しい。

上手い言い訳も思い付かず、うー、あー、と唸る美佳。


「その場にいたのが身内だったから良かったものの…。王族とか将軍だったりしたらと思うと未だに震えが走るわ。」

「ご、ごめん…。」


どんどん高度を落としていく頭に手が乗せられる。

思わずびくりと身体が跳ねるが、髪を撫でるそれは言葉に反して優しかった。


「まあ、細かく内容を書かなかったことは褒めてやる。」

「あ、うん。ちゃんとそこは考えたの。」

「はいはい。偉いな。」


投げやり気味に言いながらも声色は変わりなくて、にやける顔もそのままに美佳は頭を整えながら上向く。

そこには記憶と同じジャンの姿がある。

ああ、帰って着たんだなあ、と今更ながらに思う。

彼はそんな美佳を見て、ふと考える仕草をしてから、溜め息をついた。


「何?」

「いや、しまりのない顔だなと。」

「よ、余計なお世話です!」


人がせっかく再会の感動に浸っているというのに、何という暴言だろう。

怒りをあらわにしようとして、いやいやこれから大事な相談をしなくちゃいけないのだと身を引き締めた。

さっそく口を開く前に、ジャンが先手を打ってきた。


「で、アルがどうかしたか?」

「え」

「相談。アルのことだろ?」

「な、なんで分かるの?」

「わざわざ俺に連絡寄越すってことは、あいつのことかあいつに相談出来ない相手のことだろ。で、後者に関しては俺も聞きたくないから除外した。」


なるほどなかなかの名推理である。後半に関しては良く分からないので無視した。

そこまで分かっているなら話は早い。

早いのだが、肝心な部分はやはり伝えるのに勇気がいる。本人ではなくとも、いやだからこそ余計にだろうか。


しかし埒があかないのでもごもごしつつも美佳は頬を染めつつ切り出した。


「あ、あのね。あの、わたし…。」

「アルのことが好きになったか?」


ひぃ、と変な声が漏れた。

人が渾身の力を込めて言おうとしていたことを事も無げに言われ、また他の人に知られていた事実に一気に体温が上昇する。


幸いなのは赤いあの人(チャーチル)と違ってからかうような雰囲気がないことだった。

ジャンは何故だか満足げに微笑んでみせた。


「良いんじゃないか。他の奴よりはずっと良い。」

「あ、え、そう?」

「ああ。少なくとも俺は嬉しい。大歓迎だ。」


そんなにですか。

いや応援してくれるのならこちらとしても願ったり叶ったりなのだが。


「で、どうしたいんだ?あいつに言うのか?」

「う、うーん、どうしようかな。もし告白してもアルはとりあえず「はい」って言いそうな気がして。」


心の中の忠実な騎士は、大真面目な顔して「ミカ様がお望みなら」と折り目正しく頷いている。

むう、と悩む美佳にジャンは首を振ってみせた。


「いや、あいつは実際どう思ってようと、まず断ると思う。」


その台詞にきょとんとする美佳。

じわじわ浸透する言葉の意味に、何で?と聞くことすら忘れた。

断る。つまり、振られるということか。

ああ、そういうことも起こりうる訳で、何で思い付かなかったのか不思議なくらいだ。


ジャンは複雑な顔をした。複雑というか、ぐちゃぐちゃになって原型を留めていない。あれ?


「…泣くな。」


言われてようやく美佳は自分の涙に気付く。

それは結構な勢いで流れていて、まったく制御を受け付けてくれないのだ。


「ご、ごめ、ん。」


辛うじて絞り出した声は震えていて、何ともみっともないと思う。

いい年をして振られたくらいで…いやまだそうと決まったわけじゃないけれど、とにかく落ち着けわたし。


ジャンは困った顔で手をさ迷わせ、結局その掌は定位置に収まった。

ぽんぽん、と軽く叩かれる。


「すまん。言い方が悪かった。別にあいつがお前を嫌いだとか、そういうんじゃない。」


言葉を返そうとしたが喉がひきつって上手く喋れない。

しかし黙っていたら更に困らせてしまいそうで、美佳は必死に頷く。

勢いで顔を上げればひどく辛そうな表情をしていて、また涙腺を刺激しそうになるがぐっと堪えた。

ジャンは申し訳なさそうに目をそらした。


「すまん。ちゃんと話す。あー…そうだな、俺の名前、全部分かるか?」

「ジャン…。S・コールマン。」


鼻をすすりながら答える。

ジャンは良く出来ましたと少々乱暴に頭を撫でた。


「そう。…正確にはな、ジャン・相模(さがみ)・コールマンっていう。」

「さがみ?」

「ああ。俺は、いや…俺の一族は、魔女の末裔なんだ。」

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