14.5 「金華の姫君」
マリーガルドは美しい装飾が施された箱を棚から取り出し、テーブルの上に置いた。椅子に腰掛け、蓋を開く。
中には彼女のささやかな収集物であるところの花模様の封筒や透かしの入った便箋などが収まっている。
今日はどれにしましょうか。
マリーガルドは微笑むとその細い指差しでそっと特にお気に入りの一枚を取り出してテーブルに置いた。
美しい羽根が使われたペンで、書き慣れた言葉を綴る。
彼を兄と呼んだことは無い。
マリーガルドとユスティンがそういった関係になることは遠い昔から決まっていて、物心ついた頃からすでに言い含められていた。
だから彼女にとっては当然のことなのだ。
今は魔女様にお仕えする身であるが、自分はいずれユスティンの側妃になる。
正妃ではない。彼には今は妃は居ないが、マリーガルドがその座におさまることはない。
それもまた、約定である。
そこに疑問が挟まる余地はない。
しかしユスティンは、彼女に役目さえ果たせば自由にして良い、と言ってきた。
他の男性と添い遂げようとも構わない、とも。
口には出されず書き綴られた彼からの手紙を、マリーガルドは初めて、そして最後になるように願いながら焼き捨てた。
マリーガルドは恋を知らない。
教わったことが無いからだ。それがどんなものなのか、想像することも叶わない。
ただ、愛なら知っている。
彼女の母も、あまり会う機会のなかった父王も、確かにマリーガルドを愛してくれたから。
その人を思えば胸がふわりと暖かくなる。
その人の平穏のために、何かしてあげたくなる。
笑ってくれたら嬉しい。苦しんでいたら悲しい。
それは愛よ、と母は言った。
ならマリーガルドは、ユスティンを愛しているのだろう。
今はもう遠い昔、彼女が作った不恰好な花冠を付けて微笑んだ貴方。
突然の正妃の死を、よく分からないと、けれど確かに震えた声で話した貴方。
もっと沢山笑って欲しい。その苦しみを取り除きたい。
いつも、いつも、そう思う。
だからマリーガルドは手紙に必ずこう書くのだ。
愛するユスティン様へ、と。