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扉の前に佇む侍女は、美佳の姿を認めるとぺこりと頭を下げた。
お辞儀を返して、口を開く。
「こんにちは。王女様とお会いする約束をしているんですが、いらっしゃいますか?」
「はい。仰せつかっております。少々お待ちください。」
侍女は扉を叩くと中に向かって声をかけた。
「姫様。魔女様がおいでになられました。」
「…ええ。ようこそミカさん。お入りください。」
開かれた扉から金の髪を揺らし、マリーガルドが手を招く。
「お邪魔します。」と美佳はとことこ部屋に向かう。
途中、ぴたりと足を止めた。後ろを振り返り、彼女の騎士を見据えた。仁王立ちになる。
「ア、アル。」
「はい。」
にこりと微笑むアルフォート。
たじろぐ美佳。
「き、今日はガールズトークなのです。えーと…秘密の会話なの。だから、呼ぶまで何処か行ってても良いよ?」
「いえ。ここでお待ちしております。」
「そ、そう。じゃあね。」
「はい。」
中に入ると、扉が閉まった。額に汗拭う美佳である。
明らかに挙動不審なのだが、マリーガルドは優しく微笑むと、空いた椅子を指し示した。
「どうぞミカさん。座ってください。」
「ありがとうマリーさん。」
いそいそと席に着く。
用意されていたティーセットで手ずからお茶を入れ、美佳の前に置く。
「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
カップに口を付けたところで、椅子に腰かけたマリーガルドは、その桜色の唇を開いた。
「アルと何かありました?」
美佳はむせた。
「だ、大丈夫ですか?」
慌てるマリーガルド。
常人ならば完璧に故意を疑うタイミングであるが、相手が相手である。
涙目になりながら美佳はこくこく頷いた。
「…な、何で、そう思うの?」
「先ほどの態度を見て、何となくでしょうか…。検討違いならすみません。」
「う、ううん。その、あながち間違いではないと言うか…。」
カップをテーブルに置き、もじもじと手を合わせる。
「そのね、アルといると、何か変…というか、いやまあ原因は分かってるんだけど。」
「はい。」
要領を得ない話し方にも、慈母の笑みを返すマリーガルド。
何という天使。後光が見えた気がした。
これではどちらが年上だか分かったものではない。おそらく一回りは離れているであろうに、何とも情けない話である。
意を決して美佳はマリーガルドを見た。
「ま、マリーさんっ。あのねっ。」
「はい。」
翠玉の瞳が優しく細められて、その返事の仕方と金髪とが相まって脳内に彼女の騎士がポップアップした。
「あ、あの…マリーさんは、こ、恋とかしたことあります?」
だんだん声が萎んでいく。
恥ずか死ぬ。
本当なら叫んで走って逃げ出したいところだが、何とか堪える。
ここで逃げては意味が無い。異国の地にあってこんなことを相談出来る相手は限られている。
王女様に話すことでは無いかもだが、他に気軽に会話出来る女子なんて居ないし。
そもそも女性の知り合いが少ない。残りが王妃様とクールな助手とあってはこの選択もやむ無しと言えるだろう。
マリーガルドは頬に手を当て、ここで初めて困ったような顔を見せた。
「すみません、私はしたことがないのです。…お役に立てなくてすみません。」
「あ、ううん!良いの、こっちこそごめんね!」
しょんぼりするマリーガルドに美佳は手を振る。
でもそうか、そうなのかー。
お姫様なのだからそう言うのもありか。そう思う。
物語とかならこう側仕えの騎士とか、庭師のま身分違いの恋、とかよくある話だが、現実とはやはり違うものなのだ。
物語と言えば、とふと思い付く。
「その、マリーさんって婚約者とか、いたりする?」
高貴な身分ともなればこれまた良くある話である。
案の定というか、マリーガルドは頷いた。
「あ、はい。おります。」
やっぱり。
しかし、恋はしたことがないと言うことは、政略的なあれなのだろうか。
一気に聞き辛くなり、話を別の方向に持っていこうと苦慮していると、マリーガルドは微笑んだ。
「ミカさんもお会いしたことがあると思いますが。ユスティンといって、異母兄に当たります。」
は?
美佳は喉まででかかった声を飲み下した。
ユスティンって、えーと、あの?
一瞬同名の別人かと思ったが、お兄さんだと言っているので彼に間違いないのだろう。
どうも顔に出ていたらしく、マリーガルドはくすりと笑って、「すみません。」と口元を押さえた。
「ミカさんたちの世界では馴染みがないでしょうか。兄弟と結婚、すると言うのは。」
「…うん。昔はあったこともあるらしいけど、今は禁止されてるかな。」
「正直、生まれる前から決まっていることなので、ずっとそう言われて来た私にはあまり違和感は無いのです。」
「う、生まれる前から?」
「はい。…ジャンは、話していないのですね。」
少し寂しげに笑うマリーガルド。
なぜジャンの名前が出てきたのかは分からないが、それ以上深く踏み込むのも躊躇われて美佳は黙りこんだ。
マリーガルドは気遣わしげに呟く。
「すみません、こんな話をして。つまらないですよね。」
「ううん。つまらなくなんてないよ。…わたしも、変なこと聞いてごめんね。嫌だったでしょう。」
年下の女の子に気を遣わせて何をしているのか。
自分のことばかり考えて、何が恥ずかしい、だ。
こっちの方がよっぽど恥ずかしいではないか。
「いいえ、構いませんよ。いずれお話ししたでしょうし。それに、」
落ち込む美佳に相変わらずマリーガルドは優しい笑みを返す。
「恋はしていませんが、私ユスティン様のこと、愛してはいると思いますから。」
美佳はきょとんと顔を上げた。
いたずらっぽく王女は笑うと、テーブルの上に置かれた箱に手を置いた。
綺麗な装飾の施されたそれを愛おしげに撫でる。
「まがりなりにも兄妹ですから、どんな方かはそれなりに存じています。それに時々手紙を下さるのですよ。」
「手紙?」
「ええ。まだ私が小さかった頃ユスティン様は学院に通っていらして、なかなかお会い出来なかったので、我が儘を言って手紙を送って貰ったのです。それからずっと、今でも続けて下さっているのです。」
本当に嬉しいのだろう、ほんのりと頬を朱に染めてマリーガルドはそう言った。
それを見て美佳は安心した。
良かった。
嫌々従っているのではと思っていたが、良好そうで何よりだ。
恐れ多いが、大切な友達みたいに思っているこの少女が幸せそうなのは美佳も嬉しい。
ついでと言っては何だが、頭の中の王弟殿下の人物評を大幅に上昇修正した。
意外と、いや几帳面そうではあったか。大真面目な顔して便箋を広げる彼を想像した。
口元を緩ませていると、マリーガルドが、可愛らしく手を叩いた。
「そうだわ、ミカさん。ミカさんも手紙を書いて見ては?」
「手紙、かあ。」
「はい。普段言いにくいことも、文字にするとすんなり出てくるものですよ。」
「なるほどー。…うん、良いかも。」
ついでに文字の勉強にもなるかもしれない。
そろそろ勉強もステップアップせねばならないと思っていたところである。
うんうんと首を振る美佳にマリーガルドはにこにこと箱を開いて見せた。
「実は私、封筒や便箋を集めているのです。良かったら、ミカさんに幾つか差し上げます。」
「わあ、可愛い!」
箱の中身はいかにもマリーガルドに似つかわしい可愛らしい手紙セットが詰め込まれていた。
取り出された一枚は縁がレースのようになっていて、隅に花の絵が描かれていた。
可愛い。
まさに女の子、と言った感じだ。
色付きインクを用意して、マリーガルドは羽ペンを手渡してきた。
うきうきと受け取って、はたと気付く。
誰に書こう。
話の流れからしてアルフォートに書くのが筋なのだろうが。
アルに普段着言えないことを書く。
…それって、その、いわゆる恋文というやつではないだろうか。
どっと汗が出た。
いや。いやいやいや。ちょっと待って。
大体書くには文字を教えて貰わないとだからその人には言わなきゃいけないわけであって、それ以前に初めて文字を習うから下手だったらどうしよう。
「あああのマリーさん。」
「はい?」
「まずは文字の練習をしてからで良いかな。その、汚なかったりしたら、は、恥ずかしい、し…。」
「まあ、そうですか。すみません私ったら気が回らなくて。」
「わたしが我が儘なだけだから、その、ごめんなさい。」
「いいえ。では、まずは練習してからにしましょう。慣れたら、良ければ私にもお手紙くださいね。私、女性同士で文通をするのに憧れていたのです。」
「も、もちろん!」
本当にマリーさんは、天使、いや女神だ。
美佳とマリーガルドは笑って手を取り合った。




