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外つ国の魔女  作者: 莪藤
本編
15/33

12

「サザネリアの夜とは、初めて魔女様が市井に降り立ち人々に祝福をお与え下さった日を祝う祭です。」


チャーチルの助手は、淡々と魔法式のチェックをしながら教えてくれた。


ちなみにチャーチルはと言えば祝祭の準備と対応に追われており、今も急な用事が入ったとのことで出ていってしまった。

よほど忙しいらしく、いつもの軽口もそこそこに去って行った彼の後ろ姿をみて「初めてまともに会話が出来たかも知れない」と思わず笑ってしまった。


同じく助手とまともに話したのも今回が初めてになる。

無口とはまた違い、必要なことしか話さないが必要なら良く話す、と言った感じだ。

少し低めの声ではきはきと声を出す。


「その話に倣って、魔女様に扮した未婚女性が祝福に見立てた六角星の焼き菓子を配って歩きます。中にはわざわざ染め粉で髪を黒くする者もいます。」

「わあ、本格的なんですね。」

「この日に声を掛けられ恋人同士になる者たちも多いです。まあ祭にかこつけて付き合うような手合いはひと月ほどで別れる傾向にありますが。」

「わ、わあ…。」


何というか、生々しいです。

でもあるよねそういうの。修学旅行とかの後にカップルが増えるのと同じ理屈だ。


「教会では敬虔な信者の為に、歴代魔女様の偉業を綴った書物を夜通し読み上げます。」


何その苦行。

しかし見れくれだけはまあ悪くない(助手さん談)チャーチルの姿を見たいと信者に混じり若い女性も結構な人数が参加すると言う。

世の中色んな人がいるよね。うんうんと美佳は頷く。


「魔女様も参加されるのですか。」

「えー、えーと。出来れば夜通しは遠慮したいです。」

「いえ。そちらはもちろん、ただうちの上司がくそつまらない説法を延々垂れ流すだけのものですから、参加する価値もありません。」


あの人に味方はいないのか。

無表情で毒を吐くクールビューティー助手である。


「祭の方です。魔女が由来なのですから、参加してみるのも一興かと思われます。」

「そっか。そうですね。許可が降りれば、行きたいです。」


書き終わった書類を机に置き、助手はにこりともせずに言った。


「他の行事よりは許可は降りやすいでしょう。この祭は魔女様が出歩くには丁度良いですから。」






城下の大通りは大勢の人と活気で満ちていた。

沢山の露店が立ち並び、客引きの声があちこちから上がっている。

商品は多岐にわたり、時々お祭り効果を狙っていたとしても売れるのか疑問になる物も置かれていた。


人いきれに揉まれながら、焼き菓子の入った籠を潰されないように抱える。

まったく身動きが取れないほどではないが、少し気を抜くと人とぶつかりそうになる。


お祭りなんだなあ、と美佳は当たり前の感想を抱いた。


「ミカさ…ん。あまり離れないように。」

「あ、うん。」


アルフォートがぎこちなくこちらを呼ぶ。

何だかくすぐったいが、さすがに様付けは不味いので今日は特別にミカさん呼びなのだ。

呼び捨てでも良かったのだが、彼が大変苦慮していたのでまあ、間を取った形だ。


手を引かれ、端に避難する。


「大丈夫ですか。」

「うん、ありがとう。」


眉間に皺寄せて注意深く周囲を見ている騎士に、美佳はまた申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。


「あのね、無理言ってごめんね。」

「いえ。ミカ…さんの望みなら、なるべく叶えたいですから。」


微笑む彼を見て、ほ、と胸を撫で下ろす。

祭の話を持ち出した時、彼女の騎士は、当然ながら難色を示した。

一応魔女はそれなりにやんごとなき身分に当たるわけであって、危険を考えれば護衛としては当たり前の反応である。


しかしマリーガルドの援護射撃に加え、驚くべきことにあの王弟殿下からの後押しがあり実現に至ったのだった。


「魔女殿に我が国民の日常を見て頂く良い機会だ。」


それに自らの祝祭に出向けないのは可哀想だ、

とは王様に許可を願い出た際のユスティンの弁である。


ものすごく正直に言うと、失礼ながら怖かった。

王弟殿下が?わたしを?可哀想?というやつである。

ともあれそのおかげでアルフォートも折れざるをえなかったのだ。


まあ怒っていないのなら良かった。

せっかくの祭なのだ、連れの機嫌が悪いのでは楽しくない。


道行く人々も皆楽しそうだ。時折美佳と同じように籠を持って歩く女性も見かけられる。

助手の言った通り、黒髪の人もいるようで、

人混みの中でも目立つので目印の役目も果たしている気がする。


美佳もそうして見つけられたのか、何処からか流れてくる音楽に耳を傾けていると、人の隙間を抜けて小さな子供がやって来る。


「魔女様、祝福くださいな!」


可愛らしく笑みを浮かべて両手を差し出してきた。

美佳は笑い返してその手に焼き菓子を乗せてやると、あらかじめ教わった決まり文句を言う。


「はい、どうぞ。貴方に精霊の加護がありますように。」

「ありがとう!」


子供は菓子を受けとるとにっこりして、慣れた感じでするするとまた人混みに紛れていった。

この近くに住んでいるのかも知れない。


そんな感じで何人かお菓子を求めてくる子たちが来た。焼き菓子は順調に捌けていく、のだが、何だか子供が多い気がする。というか子供しか来ていない。

美佳は隣のアルフォートに話しかけた。


「ねえ、このお菓子、誰にでも貰う権利はあるって聞いた気がするんだけど。」

「そうですね。」

「何で子供ばっかり来るのかな。子供可愛いから良いけど。」


言いながら首を傾げる。

他の女性たちといえば、それなりに大人からも声を掛けられているのに、美佳の所には一向にいらっしゃらない。

たまにこちらを見ている人もいるのだが、それだけだ。近付く気配すらない。


この差異は何だろう。


もしかして本人には分からない本物の魔女のオーラとか何かが漏れ出しているのだろうか。


そんな益体もないことを考える。思わず手の匂いをかいでみたりしていると、アルフォートは少しだけ困ったような顔をして口を開きかけた。


「こんにちは。魔女さん、私にも祝福を貰えるかしら?」

「あ、はいっ。」


そこに割って入ったのは待望の大人の女性だ。

薄茶の髪を緩く編んでいて、胸元がなかなかに大胆な服を着ている。

組んだ腕がその谷間を更に強調していて思わず視線が向いてしまう。

いや決して怪しい意味ではなく、うらやましいとかそっち系の気持ちであってそれも失礼だけど。

おたおたと美佳が焼き菓子を差し出すと、妖艶とも言える笑みを浮かべて美佳とアルフォートを見た。


「ありがとう。そちらは、お兄さん?」

「…いえ、恋人ですよ。花飾り、してるでしょう?」


言われた意味が脳に浸透する前にアルフォートがにこやかに応えた。


「あら、そう。ごめんなさいね、あまりそれっぽく見えなかったから勘違いしちゃったわ。」

「それはどうも。俺の恋人は照れ屋なんですよ。」

「そう。お邪魔してごめんなさいね。」


女性は笑って、手を振り去って行く。


美佳はきょとんとしたまま…何だか一瞬の内に色々な感情が通り過ぎて行ったが、とりあえず、


「俺?」

「…いえ、まあその、街中でいつもの言い方はあまりそぐわないので。」


先ほどよりも困り顔でアルフォートは頬をかく。

まあ私、よりは俺、の方が確かに庶民よりな感じはする。

アルフォートが少しだけ距離をつめてくると、小さな声が美佳の耳朶を打つ。


「すみません。ああも直接言われるとは思わなかったもので。…お気を悪くされましたか?」

「…えーと、何だったっけ?」

「あ、いえ、覚えてらっしゃらないなら良いんです。」

「え、何、ちょっと待って思い出すから!」

「いえ、お気になさらず。忘れてください。」


そう言って身を放す彼の腕を掴む。その顔は赤く、目をさ迷わせている。どうでも良いが口調が戻っている。

お姉さんの谷間しか浮かべてくれないぽんこつ頭をフル回転させて、美佳は状況を思い起こした。


「あ」


……あー。


なるほど、うん。しばしお互い黙りこむ。

掴んだ手をそっと手を放した。


「えー、えーと。花飾りって、これ?」


結い上げた髪に差してある、リボンの巻かれた一輪の花に触れた。

祭の前に付けられたものだが、何かいわくがあるのだろうか。


「それは、その、意思表示です。」

「何の?」

「……恋人、がいると言う意味です。」

「…。」

「……。」


避けていた言葉に直撃してまたしても沈黙が落ちる。

というかさっきはさらっと流してたくせに、ここにきて照れるのは止めて欲しい。何というか、うつる。


「花飾りをしていれば、その、そういった、不用に話しかけられることも無いという配慮でして、決して深い意味はないのです。」

「そ、そっかー。良く分かったよ。」


なるほど道理で大人が寄って来ないわけである。

花飾りをした女性の側に男が付き添っていれば、それはもうそう言う理由しか思い付かないであろう。

よく考えれば声を掛けられていた女性の相手は異性が多かった気がする。


そう思えばさっきの女性はかなりイレギュラーだったわけであるが。

会話から察するに、アルフォートと美佳が恋人でないのを期待したのだろう。

つまり、アルフォートに気があったと。


ふーん。


何となく面白くなく感じて頬を膨らませる美佳。


度々忘れる、というか思い出す方が稀だが、この子イケメンだったりするのだった。

それはまあその相手がこんなのなら、もしかしてと言う気持ちが沸くのも理解できる。

できるのだが。あれだ、面白くない。


「ミカ様?」


不機嫌さを感じ取ったのか、アルフォートが不思議そうに声を掛けてくる。


「様、じゃない。」

「ああ、すみません。…ミカさん。」

「うん。」


籠の中を覗き見れば、残りの菓子はあと一つだった。

美佳はそれを取り出して包装を解くとひょいぱくと口に入れた。

ばりばり咀嚼音が響く。


しっかり嚥下してからきょとんと首を傾げるアルフォートに向き直った。

手を差し伸ばす。


「これから魔女は一時休業です。」

「は、い。」

「何処か楽しいところに連れてって。…くれる?」


最後に照れがぶり返して小声になる。

いまいち締まらないが、仕方ない。おずおずと上目遣いになる美佳に


「はい。」


と、彼女の騎士は破顔してその手を取った。

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