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外つ国の魔女  作者: 莪藤
本編
13/33

10

美佳は鏡の前で自分の顔を見ていた。


あんまり眠れなかった。


楽しみで眠れませんでした、などとまるきり子供みたいで何だか恥ずかしい。知恵熱が出なかっただけマシというところか。

辛気くさい顔をしていてはアルフォートが心配するであろうと、むにむに頬をつまんでマッサージする。


にっこり笑ってみた。

うん、多分悪くない。


クマが出来てないかチェックして、重たい瞼をこすった。次いで頬を叩いて眠気を飛ばそうと試みたが、大した効果は無さそうだ。

それでも頑張っていつも通りに支度を整えて、美佳は高鳴る胸を抑えて扉を開ける。


果たしていつもの位置には彼女の騎士が待っていた。


「ミカ様。お早うございます。」

「お帰り!」


ふんわりと笑う彼の挨拶を聞きながら、美佳は勢いよくアルフォートに飛び付いた。


いや、かろうじて寸止めに成功した。

その結果、大きく手を開いて片足の浮いた何とも珍妙な姿になったのは、まあ、ご愛嬌である。


「…ただいま戻りました。」


一瞬息を止めていたアルフォートが絞り出すように声を出した。

笑顔はなくともそれに呆れが混じらなかったのは美佳にとっては僥倖であった。

慌てて手を下ろし気をつけの姿勢をとる。


「ご、ごめんね?つい手がもふもふぎゅーを求めて!」

「もふ、もふ?」


残念ながら、頭の方はまだブレーキがかかっていなかったようだ。

ぽろりと零れた、彼にとっては謎の用語に反応してアルフォートが首を傾げる。


もふ?に合わせて傾いたワンコに美佳はキュン死しそうになる。

何これ破壊力が。いや駄目だ落ち着いてわたし!

チャーチルさんのあの微妙な顔を思い出すのだ。美佳は必死に平常心を取り戻そうと試みる。


よし、と息を吸って選手宣誓のように手を上げた。


「大丈夫、もうしないから!この間ちゃんと反省したから!」

「この間、とは?」


更にアルフォートが律儀に傾く。

美佳は簡潔にソードレスの頭を撫でてしまったことを話した。その後のもどかしげな反応のことも。

アルフォートは話を聞くにつれ、常緑樹の目を細めた。ぽつりと呟く。


「…そうですか。」


なんだろう。一瞬あたりがひんやりしたような。


しかしすぐに美佳を見て微笑んだので、気のせいかも知れない。

それとも嫌いな人の話題が出たので機嫌を悪くしたのだろうか。

アルの前であの人の話題は避けた方がいいのかな、とも思うが検診でしょっちゅう会うので少しは馴れて欲しいとも思う主の心である。


彼女の騎士は何か考えるそぶりを見せていたが、ふと顔を上げた。


「もふもふ、とは頭を撫でると言う意味なのですか?」

「えーと、うんまあ大体合ってる、かな。」


なでなで、というよりはわしわし、なイメージなのだが、これを口で伝えるのは難しい。

今度は美佳が首を傾げる番だった。

思い悩む美佳にアルフォートが言った。


「ミカ様がなさりたいのであれば、私の頭をお使いください。 」

「…えっ。えっ?」


何か衝撃的な言葉が聞こえたような気がして思わず二回聞いた。


「私の頭を」

「あっうん聞こえてはいるよ。」


至極真面目な顔して某菓子パン系ヒーローみたいな台詞を吐くアルフォート。

どうしようこれ。

話が予想外の方向に行きすぎて軌道修正が追い付かない。


美佳がううー、と唸るとアルフォートは悲しそうに目を臥せる。

美佳は激しく狼狽えた。だからその顔は卑怯なのだ。


「…お嫌ですか?」

「えええと嫌というか、嫌じゃないけど!アル、そうアルは嫌でしょ?」

「ミカ様がお望みなら、私はかまいません。」

「や、待って?よく考えよう?わたしが魔女だからとか、そう言うのは抜きで答えて良いんだよ?」

「ご命令でなくとも、問題ありません。」

「本当に?」

「はい。」

「頭撫でてもいいの?」

「はい。」

「もふもふぎゅーしてもいいの?」

「はい。お好きなだけどうぞ。」


いやもう本当に何だろうこれ。

こちらを見るアルフォートはいつになく頑固な気がする。

そんなに撫でて欲しいのか、と思ってから閃く。

ひょっとして他の人を構ったから拗ねているのか。ご主人様こっち見てーみたいな。

そんなわけはないのだが、美佳もたいがい動揺していた。

可愛い愛犬がおねだりしているのだ。応えずして何が主人であろうか。


「じゃあ、お言葉に甘えて…。」

「はい。どうぞ。」


身を屈めるアルフォートに首を振ると、椅子を持ってくる。


「それだと大変だから。ここ、座って。」


やる気満々である。


「私だけ座るわけには…。」

「良いから良いから。」


渋るワンコを座らせて、美佳は覆い被さるようにその金髪に指を差し入れた。


アルフォートの身体が軽くびくりと跳ねたが美佳は完全無視した。

だって何この毛。さらさらふわっふわである。

さらさらとふわふわって両立するんだよ!と叫びたいくらいの触り心地であった。


もふもふ。もふもふ。


しばし沈黙の中、頭をもみくちゃにされる騎士とだらしない笑顔を振り撒くその主の、傍から見たら割ととんでもない光景が繰り広げられる。

止める者が居ないのでいつまでも続きそうだったが、アルフォートの蚊の鳴くような一声でそれはようやく中断された。


「…あの、ミカ様。」

「なーにー?」


ちなみにこの間も手は休むことなく動き続けている。恐るべきもふもふの魔力であった。


「その、大した物では無いのですが、私の母から贈り物がありまして、よろしければお受け取り下さい。」

「お母さん。」


ここに来てようやく手が止まる。

そういえば具合が悪いと聞いていたのに気付いて、身を離した。もふもふしてる場合じゃなかった。


「お加減どうだった?大丈夫?」

「はい。何も問題ありませんでした。ご心配頂いてありがとうございます。」


笑顔を見るに本当に大丈夫そうでほっとする。

うちのお母さんは元気かな。

美佳が故郷に想いを飛ばしていると、アルフォートは先ほどテーブルの上に置いていた袋を差し出した。


「ミカ様は花がお好きなようなので、母が栽培しているものを一つ譲って貰いました。」


覗いてみれば、袋の中身は小さな苗木だった。

白い植木鉢にちょこんと納まっている緑の若葉を見て、美佳は顔を綻ばせる。


「わー、ありがとう!嬉しい!」

「お気に召されたようで何よりです。この季節でも外に植えても問題ないとのことなので、良ろしければミカ様のお庭に植えさせましょう。」

「わたしが植えても良い?」

「もちろんです。きっと喜びます。」


せっかくアルフォートのお母さんから貰ったのだ。手ずから世話したい。

うきうきと鉢を持ち上げてから、ふと忘れていたことに気付く。

もふもふはしたのだけれど。


「ぎゅー、しとく?」

「…いえ、大丈夫です。」


ぎゅー、は通じるんだよね、と的外れなことを考える美佳に、アルフォートは顔を赤くして答えた。






魔女の庭には様々な花や樹が植えられている。

どの季節でも何かしら花が咲くように出来ているので、美佳的には大変目の保養であった。

その片隅にせっせと穴を掘り、鉢の苗を植えようとしたのだが。


「んー。」


ちょっと元気がない気がする。

アルフォートの故郷は結構遠い所にあるらしい。そこからの旅程で傷んでしまったのだろうか。

何とかならないかな、と考えて名案を思い付いた。


「アル、ちょっとあっち向いてて。」

「 はい。」


正直にアルフォートは背を向ける。

こういう時、彼の真っ直ぐさは有難く感じるが同時に心配にもなってくる。

いつか悪い人に騙されたりしないかなと思いつつ、美佳は精霊たちに手を伸ばし、小さく声を掛けた。


「ちょっとだけお願いします。」


光の精霊たちは煌めき瞬くと苗木の側をかすめ飛んでいく。

それだけで苗木は少し萎れ気味の身体を起こし、小さな芽まで生やした。


成功である。

美佳がにっこり笑ってお礼を言うと、彼らは返事のようにくるると回って見せた。


加減を誤って急成長したらどうしようかと思ったが、なかなかに上手くいった。ソードレスの言は間違っていなかったようだ。

すっかり元気になった苗を見て、ふと思い付く。


もしかして、人でなくともこうして草花に使えば立派に訓練になるのではないだろうか。


ある程度使い方に馴れておけば、平静を保つのが難しくても少しは制御がきくかも知れない。

舞い降りた天恵に美佳は小さくガッツポーズを取った。


「ミカ様、もうよろしいでしょうか。」

「あ、うん。もう良いよ。ごめんね。」

「いえ。…ミカ様は本当に花がお好きなのですね。」

「そうだね。結構好きかも。」


鼻歌混じりに鉢から苗を取り出す美佳を見て、アルフォートが笑った。

機嫌が良いのは魔法の件が原因なのだが、おおむね間違っていないので頷いておく。


大きくなるんだよー、と土を軽く叩いて立ち上がり水場で手を洗うと「ミカ様」アルフォートが布を持って待っている。

それで手を拭けと言うことかな、さすがわたしのワンコは用意が良いと手を出した。


その手を下からすくい上げられ、疑問を感じる暇もなく布を当てられる。

壊れ物を扱うように優しいその行為が手を拭いていると解るのに随分かかった。


「…え、えーと、アル?自分で出来るから。」

「お嫌ですか?」

「や、別に嫌というわけじゃ…。」

「そうですか。」


微笑み返され言葉に詰まる。

この台詞もしょんぼりに匹敵するくらいにわりと鬼門である。

羞恥に耐えかね何か切り抜ける材料は無いかと目を泳がせる。

空を泳ぐ目線が日差しに照らされた何かを捉えた。


「あ、アル!あれ何かな?」


さっと手を引き抜いて指差す先には、高い木々の間に見える金属製らしき飾りがあった。

アルフォートは顔を上げて示された方向を見た。


「あれは…温室だと思います。」

「え。そんなのあるの?中はやっぱり植物?」

「はい。行きたいですか?」

「是非!」

「分かりました。」


嬉しそうにする美佳に、アルフォートはくすりと笑った。


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