09.5 「魔女の騎士」
アルフォート・パストラルは深々と溜め息をついた。
扉を背に金に縁取られた瞼を固く閉じ、髪をかきあげる。
世のご令嬢方が見れば黄色い声をあげそうな悩ましげな姿ではあるが、生憎というか幸いというか、ここは彼の自室であるからそういった事態は起こり得ない。むしろだからこその態度だった。
この堅物騎士は、とりわけ彼の主が遠い異国の客人に代わってからはより潔癖に完璧であろうとするところがある。
自らの行いで主が貶められるようなことがあってはならない。あの無邪気で可憐な魔女が傷つき涙するようなことがあれば、彼は十全をもってその根元たる者を誅する心持ちであった。
ともあれ気を抜くのは終わりとアルフォートは凛々しく顔をあげ、部屋の真ん中で逆向きに椅子に座る友人に目を向けた。
背もたれに組んだ腕を乗せ、ゆらゆらさせながらジャンは軽く手をあげる。
「済まなかったな、ジャン。どうだった?」
「俺は今この国の誰よりもキノコに詳しいと思う。」
「いや、お前じゃない。ミカ様のご様子だ。」
さらりと話を放り投げるアルフォート。この人物も大概酷くはあった。
「あー、特に問題ない。そっちは随分お疲れみたいだな。ご母堂の具合はそんなに悪いのか?」
「……誤報だそうだ。」
「は?」
アルフォートは整った眉根を寄せて、瞠目する友人を半睨みした。
「ミカ様にお仕えする旨を手紙で聞いたが、一向にその後の進展が伝わってこない。愚息がお世話になろうというのにこれでは気の効いた贈り物も一つも出来ないではないかと。」
「あー、それなら直接呼び出せば良いじゃない、と。」
「あの方たちは、本当に…。」
「相変わらず面白いなお前んちは。」
はははと笑うジャン。かの家の人々を知る身としてはなんであそこからこの堅物が生まれたのか不思議で仕方ない。あれか、反面教師というやつか。
そこは口には出さず、意地悪く口角をつり上げた。
「まぁ、ご両親も気になるんだろ。もしかしたら息子の嫁になるかも知れないんだから。」
「………なんでそうなる。」
「そりゃあ、そう思うだろ。で、お前としてはどうなんだ、そこのところ。」
「ミカ様に抱いているのは…忠誠心だ。二心は無い。」
「そうか。」
友人の笑顔を見て、アルフォートはその裏に潜んでいるであろう感情を探ろうとしたが、見つけ出すことは叶わずただ目を伏せるにとどめた。
そんな彼の様子をジャンは気にすることなく続ける。
「しかしそういった関係になりそうなのはお前だけじゃないか。例えばソードレスとか、噂に違わずなら女馴れしているようだし、あっさり籠絡されるかもな。」
「…あの不埒者が、ミカ様に何か?」
「いやしてないから。人のことを言えた義理じゃないが、本当にあいつのこと嫌いだなお前。」
「斬っても良いと思うか?」
「止めとけ。後が面倒だ。」
物騒な表情になるアルフォートに制止をかけるジャン。むう、と心底残念そうにして、そうだと今更ながら友人にお礼の言葉をかける。
「護衛の代わりは助かった。ありがとう。」
「気にするな。…あぁそうだ。美佳が城内をうろつく時に不便だろうと思ってな。ウチの名を名乗るように言っておいた。」
「外に、出したのか?そんな危険なことを…!」
「そういうだろうと思ったよ。」
顔を強張らせたアルフォートにジャンは息を吐く。
この堅物め、とありありと顔に書いてあった。
「何のためにお前が付いてると思ってるんだ。一生あそこに閉じ込めとく気か?」
「…一生じゃない。3年だ。3年後、ミカ様は故郷に戻られる。外のことなんて知る必要は無い。」
「本当に帰れるならな。」
「その為に私がいる。必ず無事にお帰しする。それが騎士の使命だ。」
迷いなく言い切る。ジャンは苦笑して、だからお前
は堅物なんだよ、と呟いた。
「その使命とやらが、誰の意志かを良く考えとけ。これは友人として、あと先人としての忠告だ。」
じゃあな、とジャンは部屋から出ていく。
その背中をアルフォートは判然としない気持ちで見送った。
誰の意志か、などと考えるまでもない。ミカ様をお守りしようとする気持ちは自分のものだ。それだけは確かだ。
アルフォートはもやつく胸を押さえて彼の人を想った。こちらを見上げてはにかむ笑顔。
アルフォートは心の中の主に微笑み返すともう寝てしまおうと思う。
夜は更けており、もう今日会うことは叶わない。明日会って話のひとつもすれば、この不愉快で不可解な気持ちも収まるだろうと彼は早々に床についた。