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外つ国の魔女  作者: 莪藤
本編
10/33

08

美佳は落ち着かない面持ちで俯いていた。


「やあ、久しぶりだね。」

「つい数日前に会っただろ。」

「あれは会った内には入らないよ。ろくに話もしない内に出ていったじゃないか、君。」

「話すことなんて無いからな。どうせ報告は受けてるんだろ。」

「それはそれだよ。紙面と本人から聞くのとでは印象が違う。色々把握しておかないといけないのに、君たちは呼んでも来てくれないしねぇ。」

「あんたの都合なんか知るかよ。ウチは出来るだけ会いたくないんだ。」

「僕も野郎なんかと戯れたくはないんだけどね。これも仕事だし。」

「そんなに嫌なら辞めれば良い。もしくはくたばれ。」

「やだよ。君たちこそ気を使って女児の一人も産んでくれ。むさくるしいデカブツばっかりで辟易してるんだ。」


矢継ぎ早に繰り出される言葉の応酬。口調こそ軽妙なものの、悪意垂れ流しの会話が頭上で飛び交っている。

いっそアルフォートのように分かりやすく動いてくれた方がまだ止めようがあったかも知れない。毒は吐いても傍目には和やかに談笑しているようにしか見えない、というのはなかなかに辛い。


まさかジャンとまで仲が悪いとは思わなかった。

男は敷居を跨げば七人の敵あり、と言う。あれはライバル的な意味であって本当に敵がいるわけではないはずだが、この人に限っては正しく敵だらけのようだった。


ともあれいつまでも終わりそうに無いので、美佳はそろそろと手を上げて口を挟む。


「…あのぅ。そろそろわたしとも話してください。」

「もちろんだよミカ君。むしろ君とだけ口をきいていたいくらいだ。」


チャーチルはにっこり笑うと、あっさり会話を打ち切って椅子に腰掛ける。

足を組んで座る姿は大層様になっており、甘い台詞も相まって美佳はときめきを覚え…るわけも無かった。何せ中身が伴ってないのは丸分かりなのだ。軽いも軽い、すかすかである。というかこういうことばかり言ってるから敵を増やすのではないだろうかと思う。


「さて、今日はどんな用向きかな?愛の告白だったりすると嬉しいのだけれど。」

「チャーチルさんは魔法に詳しいって聞いたんで、教えて欲しいことがあるんです。」

「うん?うんうん。まぁそれなりにはね。」


後半はスルーする美佳だったが、気にすること無くチャーチルは微笑んだ。


「こちらに来てすぐ、王妃様を治した時、わたし倒れてしまいましたよね。」

「あぁそうだね。いやー、あの時は大変だったよ。希少石(ほうせき)をいくつも使い潰したし。僕、容態が落ち着くまでずっと看病してたんだよ?」

「え」


それは初耳だった。

起きた時にはアルフォートが側にいたし、てっきり彼かマリーガルドが見ていてくれたのだと思っていたのだ。

驚いて思わずジャンを見ると、つまらなそうに口を開く。


「看病と言うのは語弊があるが、残念ながらおおむね事実だ。が、魔女に関する雑事は大体そいつの仕事だから気にするな。」

「残念は余計だよ。でも早く治るように努力はしたよ。というわけで褒めてくれる?何なら抱き締めてくれても良いよ?」

「抱き締めるのはお断りしますけど…。」


例え仕事だったとは言え感謝はしているので、お礼をするのはやぶさかではない。

なので美佳は褒める、褒める、と考えて、そして彼女のワンコ騎士を思い描いた。

そっと手を伸ばす。


「偉い偉い…?」


チャーチルの頭を撫でる。結わえられた髪はふわふわとはいかなくとも、艶があって気持ち良い。

ぐしゃぐしゃにするのは忍びないので軽く手を動かしただけだが、満足して頂けただろうかと見れば掌の下の彼は何とも言えない顔をしていた。


あれ、駄目ですか。

ついワンコ扱いしてしまったが、考えてみればこの人は犬っぽくは無いな。犬よりは猫だ。ニヤニヤ笑うチェシャ猫が思い浮かぶ。

…そしてよく考えなくとも大の大人によしよしは無かったのではなかろうか、と思い至る。

しかしやってしまったものはしようがない。美佳は素直に謝ることにした。


「えーと、もしかしなくとも気に入らないですね。ごめんなさい。」

「…いや、大丈夫。頭を撫でられるのは久しぶりでね。少し驚いただけだよ。」


若干目を泳がせつつも司祭長は法衣を正した。

動揺しているのだろうかこれは。レアなものを見たかもしれない、と美佳が思っていると後ろから形容し難い異音がして、続けてくっくっとくぐもった声が響く。

振り向かずとも分かる、ジャンがまた笑っているのだろう。不機嫌そうにそちらを睨み、チャーチルは文句を言った。


「そこの黒いの。笑うな。」

「人をゴキブリみたいに言うな。」


ゴキブリいるんだ…。


つい天敵の名に反応してしまう。

一人暮らしの身にとってはまさしく悪魔なアレである。美佳は出て来ても戦える自信はあるが、アレは予想の範囲外から現れるから油断出来ない。

まあ侍女さんたちが綺麗にしてくれているのでこちらの自室には出ないだろう、と美佳は改めて感謝の気持ちを抱くのであった。


「似たようなものだろうに。それで、聞きたいことは何かな?」

「えーと、普通は魔法を使っても倒れたりはしないんですよね。わたし、もっとちゃんと使えるようになりたいなって思って。」

「…へぇ。素晴らしい心掛けだね、うん。ミカ君は魔女の鑑だよ。」


美佳の言葉にチャーチルは面白そうに目を細めて手を広げて見せる。何か含みがあるように見えたのは気のせいだろうか。とはいえ、彼の仕草は普段からそうなのだが。ついでにいえばオーバーアクション気味でもある。


「ただね、君の使う治癒魔法は、便宜上魔法と呼ばれてはいるけど実は少し違うものなんだ。」


例えばね、とチャーチルは人差し指を上に向け、歌うように呟いた。


「Gesa qmot mevvma qmot cosp.」


聞き慣れない言葉とともに指先に小さな炎が灯る。

目を瞠る美佳の前でその火はゆらりと大きく揺れるとすぐに消えてしまった。


おおーと思わず美佳は手を叩く。

地球であればライターのひとつもあれば再現出来るようなものだったが、何も無いところから現れた灯火は十分驚きに値する事象だったのだ。まるで手品を見ているようだ。

チャーチルは観客(ミカ)の喜びように微笑んで、ついで肩をすくめて見せた。


「僕たちが精霊の力を借りるには、今唱えたような魔法式という特殊な言語が必要なんだ。面倒だけれども、この言葉にはどの程度の力でどんな事象を起こすか、明確に指示出来るという利点がある。…さて、じゃあミカ君は、どんな風に魔法を使ったかな?」


問われて美佳は記憶を掘り起こす。

あの日、マリーガルドに(いざな)われあの子たちにかけた言葉。

思い出した解に愕然とした。声が震える。


「お、お願いします…?」


口に出すと情けなさ倍増であった。


しかし事実は事実である。先ほどのいかにも物語の魔法っぽい格好良い呪文とは大違いだ。

じりじりと恥ずかしさが込み上げてくる。

ああ、こんな事なら弟みたいに日頃から練習しておくべきだった。手から衝撃波は出せないかも知れないが、せめてもの面子は保てたであろう。


そんなわりとどうでもいい美佳の胸中を察するわけもなく、赤毛の司祭長は首から下げた六花の飾りをもて遊びながら言った。


「そうだね。正確には魔女と光の精霊は言葉をやり取りする必要がない。彼らはミカ君の望みを汲んで動き、同時にミカ君の魔力を喰い潰す。それこそ倒れるまでね。」

「喰い…。」


何か言い回しが怖い。辺りの精霊たちは美佳たちの会話などどこ吹く風、といった感じでふわふわしている。そんないつも通りの姿にも何となく不安を覚えそうになった。


「まぁ、あの時は初めてだったから…うーん、そうだなぁ。」


軽く呟くと、チャーチルは後ろを向いて机の引き出しから何か取り出した。


それは綺麗な細工の施された小さな剣だった。ペーパーナイフくらいの大きさで、大した目利きでもない美佳でも古めのものだと分かる。

ただ鞘から引き抜かれた刀身は錆ひとつ見当たらず、鏡のように景色を映しこんでいた。


彼はそれを、「え」掌に当てて横に引いた。


「な、何してるんですかっ…!!」


美佳は半ば飛び付くようにその手を取った。

勢いで椅子が倒れたが気にしている場合ではない。

傷口から零れる赤が指を這う。血、血だ。切ったのだから当たり前なのだが、ああもうとにかく治れっ…!


果たしてその傷は美佳の注視の中、すぐに塞がっていった。

急激に動いた心臓がばくばくとうるさい。酸素を求めて大きく息を吸ってはー、と嘆息混じりに吐き出すと、その音に紛れるように声が耳朶を打った。


「…あの、さ。ミカ君。」

「何してるんですかっ!馬鹿ですか!」


睨み付ければチャーチル(バカ)は狼狽え気味に顔を引いた。


「いや、分かりやすく実例をと思って…。」

「そ、そんなので自分で怪我するとか!馬鹿ですか馬鹿ですね!」

「あの、えぇと、はいすみません馬鹿です。」


もごもごと言い訳をしようとしたが、がるるとご立腹な美佳にチャーチルはしおらしく非を認めた。


「うー…、分かれば良いです。今度やったら怒りますよ。」

「うん。承知しました。」


すでに怒っているのだがそれを突っ込むほど無謀ではないようで、おとなしく頭を下げる彼を見て、ふくれ面しながらも美佳はなんとか溜飲を下げた。


「とりあえず手、洗って来い。」

「え?あわわ。」


椅子を直してくれたジャンに言われて、血の付いた手を見て今更ながら慌てる。チャーチルは同じく汚れた掌を適当に法衣で拭いつつ(それで良いのか)あさっての方に声を掛けた。


「助手君。」


呼ばわれいつから居たのか物陰から以前の女性がひょっこりと姿を現した。美佳は彼女に連れられ、これまたいつ用意されたのか机の上の水桶で手を洗う。


ああ、服にも付いたかも。

透明な水が赤く濁るのを見ながらつい先ほどの行為を思い出して軽く身震いした。


抱くのは怒りと呆れと、あと怖れだった。

刃物を取り出した時には何をするのかと思ったらいきなりばっさりである。どこをどう考えたらあの自傷行為に辿り着くのか美佳には理解できない。

言動も行動も軽いが、そこに己の身を巻き込むのすら躊躇しないのか。あり得ないと再度溜め息をつく。


とにかくああいうのは無しだ。ダメ。絶対。


ぶり返した怒りにぷんすかしている美佳からは死角になった方からぼそぼそと声がする。


「やれやれ、怒らせてしまったな。」

「馬鹿なことするからだ馬鹿。」

「君には言われたくないんだけど。正直不愉快だね。」

「そりゃ良かった。あんたを愉快にさせる趣味はないからな。」

「ケンカしない!」

「「はい。」」


少し目を離す暇もない二人である。

美佳は助手にお礼を言うと、きびきび歩いて席に戻る。途中刃物の行方をチェックするのも忘れない。

今は鞘に収まり机の上に置かれていた。

もしまたチャーチルが手を伸ばそうものなら即座に飛びかかる所存であった。


じと目で挙動を観察されチャーチルは若干居心地悪そうにしながらへらりと笑う。


「うーんと、とりあえず何がやりたかったかと言うとね。ほら、ミカ君、今度は倒れなかったろう?」

「ええ、まあ。そうですね。」


美佳は頷く。確かに倒れはしなかった。違う意味で卒倒しそうになったが。


「何故かと言うと、傷が塞がり血が止まった。それをミカ君が認識して、もう大丈夫だなと判断したからだ。」


チャーチルは掌を開いたり閉じたりした。


「王妃殿下の時は魔法式の抵抗もあって目に見えて良くなる感じがなかったろうからね。まぁつまり、ミカ君が冷静でいて止め時を見誤らなければそうそう倒れたりはしないよ。」

「それってすごく難しいですよね…。」


簡単に言ってくれるが、さっきだってかなり動揺したのだ。


幸いにして美佳とその身内たちは大きな怪我をしたことはないし、テレビで見るニュースも直接的な映像が流れることは少ない。ドラマでは流血沙汰もあるが、あれは演技だからまだ観られるのであって、現実に目の前で起こったらパニックになるだろう。

概ね平和な日本においてのほほんと暮らしてきた美佳にとって、怪我をみて冷静でいろなんて無理な話であった。


「こういう時は場数を踏むのが手っ取り早いんだけど。」

「言っておきますけど、さっきみたいなのは無しですよ。」

「うんうん。分かってるよ。ならあとは治療院の患者を並べて端から順番に、とか。」

「アルに斬り捨てられたいのか?」

「だよねぇ。」


チャーチルが頷く。

確かにあの少々過保護なきらいのある騎士ならば猛反対するだろう。

というか入院するくらいの患者さんを相手にしていたら多分倒れる。いろんな意味で。


…いや。それでも、多少の無理は通すべきなのだろうか。

美佳は思う。王妃様は快癒したが、もしまた誰かが具合を悪くしたり大怪我でもしたら。その時すくんで怯えて動けなくて、最悪の事態に陥ったりしたら。


皆はどう思うだろうか。…役に立たなかった魔女でも、今みたいに優しく笑ってくれるだろうか。


「ミカ君。」


思考に溺れかけた美佳を、チャーチルの声が引き戻す。垂れかけた頭を上げて顔を見た。


「まぁ、そんなに焦る必要は無いよ。ミカ君はミカ君らしく、のんびりやっていけば良いんじゃないかな。」


細められた青い瞳が優しく見えたのは自分が弱気になっているからなのか、美佳には分からなかった。


そこに後ろからジャンが気味悪そうに応える。


「熱でも出たか?」

「あのね。僕だって何でも無理強いしたりはしないんだよ。」

「日頃の行いを省みてから言え。無茶ぶりばかりするだろうが。」

「君たちみたいな剣術しか頭に無い奴らにはあれくらいが丁度良いんだよ。」

「ケンカしない。」

「はい。」

「あー、はいはい。」


二人の言い合いが何故だかおかしくて、美佳は笑みをこぼした。


…もしかしたら、気を使ってくれたのかも知れない。重かった胸は、少しだけ軽くなった。

6/1 誤字修正

ありがとうございます。

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