第八話:初仕事(前編)
朝日がカーテンの隙間から、暖かな日差しを覗かせ、聖に朝の到来を教えてくれる。風が心地よい。聖の部屋は、家で一番日当たりがよく、風通しもよい。聖の家の周りには住宅もなく、あるといえば、家の後ろにある森ぐらいのものであった。そこで、幼い頃のターシャと聖は、よく冒険ごっこなどの遊びではしゃぎまわったものであった。その森は、聖にとっては馴染みのある、思い出深い場所なのである。
「ん〜朝か。眠い…。もう少し…。」
だが、そんな朝日も聖を起こすのには、力不足のようだ。目を擦りながら、朝日を確認した後、もう一度布団をかぶり直し、横になるのであった。
「おい、聖。アミリヤが呼んでいる。さっさと起きろ。」
どうやらアミリヤが、降りてこない聖を起こしに、メルシーを寄こしたようだ。しかし、一日でメルシーさえも従わせるとは、これは一種の才能と言ってもいいだろう。
「おぉ、メルシー…おはよ。ちょっと昨日疲れたからさ。まだ寝かせてくれ。」
「馬鹿め、それは聖が勝手にやったことだろう。むしろ私にとっては、迷惑だ。」
メルシーは怒っているのか、頬を少し膨らませ、その目は敵意で燃え上っている。
(まだターシャとのこと根にもっているのか…)聖は布団をかぶりながら、うつろな目で昨日の出来事を思い出していた。昨日、カムイの店「トロイカ」を出た後、ターシャとメルシーが、口論になったのだ。最初はお互い些細なことで揉めていただけであったが、谷底から落下するかのような速さで、どんどん深みにはまっていき、本気の喧嘩にまで発展してしまいそうになってしまったのである。ターシャが自分の精霊を出そうとまでしたほどであったのだが、聖がターシャをなんとか宥め、一度だけ何でもターシャの言うことを聖が聞くということで、やっと収まったのであった。
「何で?なんとか事なきを得たじゃないか。」
「だから、何で私とやつとの喧嘩を、聖があんな約束をしてまで止めるのだ?絶対私が勝っていたのに。これでは私が敗れたようなものではないか。」
「こうでもしないと、全力でお互いぶつかっていただろう。町が大惨事になるって…メルシーも、これからはターシャに限らず相手を怒らせないようにね。」
「ほぉ、あの女をかばい、さらには私に説教をするとは…いい度胸だな、聖。」
ターシャへの怒りが、どうやら聖への不満という形で表れたようだ。その鋭い眼光を、今度は聖に浴びせている。
「いや…それに、ターシャと精霊相手にメルシー、たった一人じゃ勝ち目は薄かったと思うよ?ターシャの格闘センスは、今の若手のギルドの人達の中ではずば抜けているって聞いたことあるし。」
「今度は私の力に対する侮辱か…今ここで見せてやろうか?」
聖の部屋に、メルシーの感情を表現するかのように、風が吹き荒れる。さすがの聖もメルシーの様子に焦ってきた。何を言っても、今のメルシーにはかえって逆効果のようだ。
「お…落ち着いて、メルシー。ほら、いい子だから。」
そういって聖は、メルシーの頭に手をかざし、やさしく撫で始めた。
「………ふん。子供扱いをするな。まぁいい。それより、アミリヤが呼んでいる。さっさと行くぞ。」
撫でられたのに吃驚したのか、しばらく大人しくしていたが、そんな自分に腹が立ったのだろう。急いで聖の手を払い、早口で言い放った。
「……え?メルシーって触ることできるの?精霊なのに?」
撫で終わって初めて気づいたのか、呆然と自分の手とメルシーを信じられないかのように見つめている。
「なんだ。知らないのか?人間と契約を交わした精霊は、契約を結んでいる限り実体化することができる。まぁ、生命の具現化とでもいうべきか。その姿も契約主の成長、魂の輝きに応じて変わることができるのだが…今の聖じゃ、今の小さな姿で我慢するしかないな。」
「へぇー…知らなかった…じゃあ、何で他の精霊はいつも見えないんだ?」
「実体化するのには、少なからず力を使うからな。普段は力を温存しているから、普通の連中には見えない。それか、契約を結んだ人間の魂にでも宿っているのだろう。無論、私はそんな微細な力など使わずとも実体化はできる。」
メルシーは、説明し終わった後、胸を張り、誇らしげな表情であった。聖に自分の力を見せつけるのが好きなのだろう。それはまるで、父親に何かを自慢したくてたまらない娘のようであった。そういう娘達は、自分を見てもらうことに喜びを感じるのである。最もメルシーの場合、父親にというよりは兄に当てはめた方が適しているが。
「すごいんだな!メルシーって。よし、じゃあターシャに大けがさせちゃうから、喧嘩は昨日きりにするんだぞ。」
と、なんとかターシャとの喧嘩を避けたいと、聖は語尾に力を込め、見つめながら祈るように言うのであった。メルシーは、ターシャの名前が出てきたことに、少し不満気な様子だったが、
「しょうがない。分かった。」
と、少し恥ずかしそうに、やっと聞こえるかのような声で呟くのだった。
「遅かったわねぇ。ご飯出来ているわよ。早く食べなさい。」
聖は、昨日トロイカで手に入れた黒服に着替え、腰には袋、刀を手にとって、メルシーと階段を下り、リビングに行った。すると、洗濯をしていたアメリヤが、待ちわびたように、テーブルの上にある料理を指さすのだった。
「いただきます。」
聖は黙々と食べ始めた。この少年は、基本的に食卓で話すのが嫌いで、食べている最中は、例え話しかけられても相槌をうつ程度なのである。それを知っているのか、メルシーは、聖のすぐ横にふらふらと浮かび、アミリヤもまた、せっせと洗濯に励むのだった。
「御馳走様!じゃあ、母さん。僕今日ギルド行ってくるから。メルシー、行こう。」
「初仕事でしょ。気をつけなさい。メルシーちゃんも、聖をよろしくね。」
聖が扉を開け、外にでた後、アミリヤはメルシーに小言で何かを話しかけた。その言葉に、メルシーはゆっくりと頷くとともに、急いで聖の後を追うのだった。
「ねぇ……本当に、これでいいのかしら…」
誰もいない家の中で、アミリヤは、まるでそこに誰かいるかのように話しかけるのであった。
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