第七話:旋風
聖はギルドを出た。外はもう太陽が昇りきり、太陽の光と涼しい風が、道行く通行人を包みこんでいた。聖は、その気持ちの良い天気を噛みしめながら、そのままギルドの向かい側に足を運ぶのだった。
「聖、どこに行くんだ?」
メルシーが聖の後ろに付いて歩きながら、不思議そうに訪ねた。
「あぁ、昨日行くって約束した店があるんだ。「トロイカ」ってところ。今日はちゃんと商品じっくり見てみたいからさ。」
「ふーん…。」
メルシーはあまり興味がないのか、生返事を返し、しきりに周りの様子を、珍しそうに目を絶えず動かしながら眺めていた。
聖はその様子をじっと見つめながら、
「そういえばさ、何で僕の名前知ってたの?初対面だよね?」
メルシーはその質問に、少なからず驚嘆を覚えたようで、周りに目を移すのをやめ、聖の目線に合わせるように、突然浮かび上がった。
「へぇ…あの状況で…以外と鋭いな。はっきり言っておこうか、聖。お前は私たち一部の精霊の間では知らないものがいない。それほどお前は有名で、魅力的な存在だ。」
聖は突然の事実に、頭が追い付かないのだろう。立ち止まりって目を見開き、
「え!?」
と答えるのがやっとだった。最も、今まで精霊に全く接点がないのにこんなことを言われたと考えれば、当然の反応だろう。
その反応に満足したのか、メルシーは得意気に微笑んでいる。
「いや、それはおかしいって。それなら、なんで今まで僕の前に精霊が現れなかったんだ?」
「三つ理由がある。一つは現状のお前は、はっきり言ってあまり魅力的ではない。だから、何も知らない他の連中は、お前なんか見向きもしなかった。二つ目は、実力の拮抗。お前を狙ってた他の精霊は、私を含め皆かなりの高位に位置する精霊でな。お互い睨みあって、なかなか手が出せなかった。」
「……。」
聖はただ黙ってその信じられないような言葉を、真剣な面持ちで聞いていた。
「まぁ、お前が有名な理由は後で話してやる。最後に三つ目、これが一番厄介だったのだが…その刀。お前が今背負っているその代物。そいつが、私たちがこの町に入るのを邪魔しやがった。おかげで何年、苦い思いをさせられたことか。」
「この刀が?特に何にも感じないけど。」
「そんなこと、私が知るわけないだろう!とにかく、それが原因なのは確かだ。ふふふ、まぁ、もはやお前は私の物だ。他の奴らが悔しがる姿が目に浮かぶ。その刀も、もうどうでもいいことだしな。」
聖は、腑に落ちないかのように、背負った刀を下ろし、手に持ってみた。だが、刀は無反応で、どう見てもそんな力を持っているようには見えなかった。
「まぁ、いっか…そのうち分かるだろうし。」
また元のように、刀を背に戻し、再び歩き出した。
(……しかし、何のつもりだ。散々邪魔しといて、今じゃなんの力も感じない。あいつはどこにいるんだ。)
メルシーは思考を張り巡らしたが、すぐに辞めてしまった。理由はともかく、自分は聖の精霊なのだ。そのことを確信をする度に、自然と笑みがこぼれてしまうのであった。
「メルシー?どうしたの?」
不思議に思った聖が、立ち止まり、メルシーの様子に首をかしげている。
「!!…お前のお気楽な様子に呆れてたんだよ。何でそんなにあっさりその刀を受け入れるんだか…。」
聖に怒り、呆れているかのような、攻撃的な口調を投げかけ、冷たい風と共に、聖の横に嬉しそうに並ぶのであった。
「お!よく来たな!そっちの子は?まさか彼女?」
「いや、カミンさん…浮かんでるじゃないですか。」
昨日と全く変わらず、声を張り上げながら、店の中から、カミンが笑顔で出迎えた。
「お前、私が見えるのか?ということは、お前も先ほどの連中と同じか。」
「しゃべった!?しかも人型…聖…もしかして、悪霊に取り付かれたのか?」
カミンが話し終わった直後、メルシーの起こした突風が、カミンを店の中まで吹き飛ばした。
「次、また私を悪霊なぞと勘違いしてみろ。このボロ屋ごと吹き飛ばしてやる。」
「メ…メルシー落ち着いて…カミンさん大丈夫ですか?」
聖は突然のことに、動揺し、急いでカミンの無事を確認しようと、店の中に駆け込んだ。
「ははは、元気な精霊だなー。しかもこの力…Aランククラスの精霊だな。」
聖の心配をよそに、平然とした様子で、立ちあがった。どうやら店の中も無事のようだ。カミンが、その体で庇ったのだろう。
「すみません…何ともないですか?」
「こう見えても、元ギルドの人間でね。このくらいじゃ何ともないさ。それより悪かったね。悪霊なんかと間違えちゃって。精霊の名前は?」
「メルシーだ。」
まだ気が収まっていないのだろう、憮然として、そっぽを向いている。
「あらら、怒らせちゃったか…それにしても、人間くさい精霊だな。こんなの初めてみる…少なくとも、俺の精霊よりは気分屋だな。」
「殺すぞ?」
また風を起こしそうになるのを、聖が慌てて止めて、
「そ、それよりカミンさん。今日は品物を買いに来たんですけど、何かいいものありますか?」
「おお、そうだったな。今日は聖のお祝いの意味も込めて、大サービスしてやるぞ。」
そういうと、くるりと背を向け、品物を物色し始めた。改めてこの店を見ると、外見の割に中は大きく、品物が多く棚に並んでいる。しかし、聖にとっては何に使うのか分からないものばかりだった。きれいな石やら、汚い靴やら…唯一分かるのは、薬草くらいのものであった。
「よし、こんなもんだろ。聖!ちょっと来てみろ。」
聖は、カミンに呼ばれて店の奥へと進んでいった。
「まずはこれ、この石だが、これには光の精霊の力が込められていてな。一回しか使えないから気をつけなくちゃまずいが、大抵の傷なら治してくれる。ギルドで働くなら必需品だ。次は服装だな。そんな私服じゃ、危なすぎだ。そういうわけでこれ。サイズ大丈夫か?」
そういって、白く輝いている石を三つ、それから黒色の丈夫そうな服を上下を聖に手渡した。
「着てみろよ。それは、軽い割には、すごい丈夫なんだ。熱にも強い。材料に、ある珍しい動物の……」
カミンが勢いよくしゃべりだした。しかし、聖は相槌としながらも、興味がないのか奥の着替えをする部屋で、聞き流しながら淡々と着替えている。メルシーも退屈そうに、欠伸をして眠そうな様子であった。
「ってとこだな。サイズは?見せてみろよ。」
ガチャ、ドアを開け、新しい黒い服装に着替え、すこし気まずそうに聖が出てきた。
「お!ぴったり。似合ってるぞ。これなら、ターシャちゃんもいちころだな。」
「誰が?いちころなんですか、カミンさん?」
まず間違いなく、今日はカミンにとって、疫日なのだろう。カミンの後ろには、悪魔の微笑みを浮かべたターシャが佇み、そして、カミンの方にゆっくりと近寄ってきた。その時のカミンは、傍から見て分かるくらい冷や汗を浮かべ、思わず苦笑いをしていた。
「あれ?ターシャ、用事は?」
「あんなの嘘。なんで私が、ロムなんかと出かけなくちゃいけないのよ。前は偶然会っただけ。今日は、夕方にちょっと人と会う約束してるだけよ。」
「そうなんだ。まぁともかく、カミンさん。これぴったしで、動きやすいし、気に入りました。いくらですか?」
「あ…あぁ、そうだな…銀貨二枚でいいよ。今日は特別だからな。」
「いや、値段なんかないだろう?今日は特別なんだから。」
今まで黙っていたメルシーが急に口をはさんだ。これには、カミンも吃驚して、
「こ…これでも十分サービスしているんだぞ。これ以上は無理だ。」
と、不安そうに、それでも断固ゆずらない姿勢をとったが、
「そうなんですか?」
今度はターシャがこれに続いた。これにはさすがのカミンもたじろいで、しばし沈黙したが、二人に睨めつけられ、諦めたのか、
「……言っておくが、今日だけだぞ!本当に今日だけ!ほら、聖。それそのまま持って行っていいぞ…。」
聖は、カミンを気の毒に思いながらも、巻き込まれるのはごめんとばかりに、
「…じゃあ…ありがたく貰っていきます。行こうか、メルシー。」
と、早々に店を後にするのだった。
「私のおかげだな、聖。感謝するがいい。」
メルシーは、ご機嫌な様子で、聖の傍を浮かんでいる。さっきの言動は、仕返しの意味もあったのだろう。
「何言ってるの?私が、カミンさんを説得してあげたのよ。」
いつの間にか聖に追いついたターシャが、納得いかないかのように呟いた。
「なんだお前は?何故付いてくる?」
「聖が気になって、念のため後を追いかけたのよ。」
「余計な御世話だ。さっさと帰るんだな。用事とやらはいいのか?」
「そっちこそ余計な御世話。まだ時間は大丈夫よ。それよりあんた、ホントに精霊なの?」
どうやらこの二人は、相性が悪いようだ。どちらも攻撃的な口調で、相手ばかりでなく、自分すらも苛立たせている。
「はぁ……。(なんとかしてくれ…)」
聖にはどうすることも出来ず、これからのことを思うと、溜息が洩れるのであった。
評価が来たのがうれしくて、急いで書いちゃいました。感想の方本当にありがとうございました。次はもっと描写をうまく書きたいと思います。