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第四話:運命の朝

 


 いよいよ、聖にとっては運命といっても過言ではない日、ギルドの申請日がやってきた。これは間違いなく、聖にとっては、ギルドの一つの試練と言えるだろう。

 

 聖は、町から少し離れた森の近くにある、二階建ての家に、現在母と二人で暮らしている。部屋は二階にあり、木製の丸い机、椅子、ベッド、それと書物が散乱していて、男性らしいといえば聞こえはいいが、味気のない部屋である。


 今、聖はベッドに横になりながら、目を瞑り、真っすぐ天井を見上げている。しかし、その表情からは、緊張感が嫌でも伝わってくるようだ。


「眠い……」


この独り言は、自然と呟いた言葉ではなく、意識して自分に呼びかけるように出しているようだ。恐らく全く逆の状態、眠れないのだろう。最も今日起こることを考えたら当然だが。しばらくそのままでいると、


 「聖〜朝よー!起きなくていいの〜?」


 朝から母の大きな声が襲ってくる。(なぜ疑問形なんだろう)聖は少し考えてしまう。しかし、朝早くそんなことを質問するのも煩わしく、毎回聞き流している。布団を嫌々放り、足早に階段を降りていく。

 

「おはよう。母さん。」 

 

「おはよう聖。さっさと顔洗いなさい。もう朝ごはんできてるわよ。」

 

 キッチンにある、食卓用の大きなテーブルには、もう聖の分が並んでいた。アミリヤは、その性格を表現しているかのように、料理を作るのが早かった。実際は野宿などギルドで活躍してた頃のなごりなのだろう。


 聖は何も言わず、顔を洗い、椅子に座った。だが、その一つ一つの動作には、心あらずといった様子で、淡々と遂行することが義務づけられているかのようであった。


「いよいよ今日なんでしょ?無理なんじゃないの〜?精霊はいないし、未だに組み手とか私の足元にも及ばないじゃない。」


 だが聖は返事をせず、ただ下を向いて、黙々と箸を進めている。(まったく…母さんに勝てる人間って本当にいるの?)無論口には出していないが、心の底からそう思っているようだ。


「私の父さんなんて、私の倍くらい強かったんだからね。あんたもそうなれるよう死ぬ気で頑張りなさい。」


「そ…そこまではちょっと…」


(それは人間じゃないだろう。)心の中で呟きつつ、食事を終え、椅子から立ち上がった。

そして、食器を片づけながら、


「ギルドはただやってみたいからだけだから。そんなに強くなる必要はないよ。」


 と聖は言ったが、アミリヤは含み笑いをしつつ、まるで全てを見通しているかのよう静かに、


「それだけ?」


 一言呟いた。その声が届いたかどうかは定かではないが、聖は黙って二階に上がっていった。だが、その時の紅潮した顔を見れば、どちらかは一目瞭然だろう。


 そのまま部屋に入り、ベッドに飛び込んだ。しかし、すぐに起き上がり、母から貰った頼りになる武器、とは言えない黒い鞘に収まった刀を背中に背負った。あれから何度も抜こうと試みたが、まるで拒絶されているかのように、その刀は全く動かなかった。


 「こんなので大丈夫かな…まぁ最初はこれでいいか。」


 ドコッ…突然聖は両ひざを、床についてしまった。痛みが足を駆け巡る。聖は突然のことに理解ができなかった。まるで何かに後ろから押されたように感じたのだ。


「聖ーターシャちゃんが来てくれたわよ〜」


何が起こったのか分からず、あまりのことに呆然としていたが、アミリヤの呼び声ですぐに正気を取り戻した。ターシャが来るというのも一つの衝撃だったからだろう。急いで下に向かった。釈然としない、もやもやした気持ちを抱えながら。


「ごめんね。ターシャちゃん。わざわざ来てもらって。」


「いえ、今日はギルドに用事がありますし。そのついでですから。」


「ギルドの方はどう?ターシャちゃん本当立派になったもんね。聖も見習ってほしいわ。」


 聖が下に行き、玄関に着いた頃、アミリヤとターシャが会話をしていた。この二人の付き合いは、ターシャと聖の関係を考えれば分るように、当然長い。ターシャはアミリヤに強く憧れている。その持ち前の性格、もしくは強さに魅了されたのかどうか分からないが、ターシャが家族と喧嘩するほど無理を言って、ギルドに入ったのは、母のアミリヤに憧れてなったのではないかと、聖が思ったほどだ。


 夢中になって話し込んでいた二人だが、アミリヤは、後ろに立っている聖の気配に気づき、


「あ!やっと来たわね。全くいつまで待たせるのよ?」


さも当然の権利であるかのように文句を言った。大して待たせたわけでもなく、さらに聖には入っていけないような空気を創った張本人のセリフに、多少の不快感を覚えながらも、この二人に歯むかって勝てるわけもなく、靴を履きながら、


「あぁごめん。それにしても、ターシャが来るなんて全く思わなかった。今日どうしたの?」


「馬鹿ねぇ、あんたを迎えに来てくれたのよ。さっさと行きなさい。」


 聖は何の反応もしなかった。だがその様子を見れば分かるように、突然のことに頭が働かず、言葉が出ないようだ。


「……何で?」


やっと凍った脳を回転させ、言葉を捻りだしたが、かえって場の空気を悪くしてしまった。沈黙が場を支配した。もはや聞こえるのは鳥の鳴き声と羽ばたく音だけであった。そして、ターシャが大きくため息をついたのをきっかけに、アミリヤは笑顔で、


「ふふ、早く行きなさい。わざわざターシャちゃんに頼んで、迎えに来てもらったんだから。」


無論その表情、言い方には普段の何倍もの迫力、聖を震え上がらせるような響きがあった。聖は自分の母の顔を極力見ないように努めながら、自分の状況をやっと理解することができた。母がよけいな気を使い、ターシャを迎えによこしたのだろう。


「いや母さん…言わないと分からないじゃないか…大体今日は一人で行こうと思ってたんだし。」


「何言ってるの?ターシャちゃんと一緒に行けば心強いでしょ。二人で行ってきなさい。」


 笑いながら、身振りで聖が早く行くように促している。それに、まるで感謝しろとでもいうような、もったいぶった口調であった。何が母をここまでご機嫌にさせるのだろうか。聖はもう半ば諦めたように、押し黙っている。


 「聖。早くしなさいよ。いつまで待たせるの?」


 「分かったよ。それじゃ、母さん。行ってきます…」


 こうして聖は、朝から母に振り回されつつも、胸の鼓動を抑えるように、足早に家を後にして、ギルドへとむかうのであった。






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