第三十五話:幕引き
「嘘だ……この悪霊…があのアントラだと…」
カミンは驚愕を隠せなかった。今すぐにこの場を離れなくてはならないという状況の下、ラシヤ・ルーロの顔を覗き込んだ。あるのは不安とかすかな期待…見なければよかったと後悔することになっても…自分の親友でないことを祈りながら。
炎が周りを包みこんでいく…ラシヤ・ルーロの顔は、真っ黒で輪郭もはっきりせずそれだけでは判断がつかなかった。しかし…四年前の火災…それにこの憎しみに溢れた目の色…それを考えると、頭から否定が出来なかった。
信じたい…あいつが悪霊になるはずがない…
「ひひひひ、どうした?副隊長。顔色が悪いぜ。せいぜいお友達の火炎で死ぬんだな。来い、ラシヤ・ルーロ!!お前の憎しみを見せてみやがれ!!この女もついでにな!!」
カミンがナイフを突きつけた瞬間から、ターシャはシザールから解放され気絶したまま地面に横になっていたが、この距離では確実に巻き添えを食らってしまうだろう。
「シザール!!貴様だけは!!ここで始末…」
「あああああああああぁああああああぁあああぁぁぁ」
カミンを遮り、ラシヤ・ルーロは悲鳴とも雄たけびとも判断がつかない叫び声をあげ、その身を焦がしながら炎を唸らせた。そして……
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「これは…?」
今マリヤの前方半径十五メートルが炭となり何もかもが消え去っていた。木の葉や植物は燃え尽き、大木であっただろう木々は跡形もない。ぱちぱちと残り火が燃えているのが見えるだけだった。
その異様な光景は森の中にぽっかりと黒い穴があいているかのようだ。不思議にもその範囲以外の木々は悠然とそびえていた。
「あの男の仕業…かしら…」
それ以外この出来事に説明がつかなかった。あの男がアヴィズムから与えられている悪霊の能力は見たことがなかったが、一定の範囲以外が無事だというのは何かしらの能力であったと考える方が的を得ているだろう。
マリヤは炭と化した大地の土を踏んだ。何か痕跡があるかもしれない。もしかしたら、ラシヤ・ルーロが暴走し、あの男が死んだかもしれないのだ。そうだとしたら、死体すら残っていなかっただろうが、はやる気持ちを抑えつけることだ出来なかった。
「うぅ…」
少し遠くで人が苦しみにうめく声が聞こえてきた。反射的に顔を声の方へ向けると、そこには筋肉質な男性が、火傷した右手を支えながら灰に包まれた地面の外、大きな大木にその身を預けていた。全身の服は焼け焦げ、その肌は炭で汚れていた。相当痛むのか、呼吸するのも苦しそうだ。
その横には気絶している少女、ターシャが横たわっていた。カミンと違い、傷を負った様子もなく服が少し炭で汚れている程度だった。
「大丈夫ですか?」
マリヤは急いで駆け寄った。素人目に見ても凄い重症であった。マリヤは積もる疑問を胸に隠し、精霊を呼び出した。
「レイ。お願いします。この方の治療を。」
すると、カミンの全身が光で包まれた。レセに浴びせられた眩い光とはまた別の、太陽のように暖かい光が周囲を照らした。
マリヤの精霊、レイ・ラルレルグはその名の通り光の精霊だ。光…風や炎など精霊のも其々属性があるが、中でも光は最も珍しく最も神々しいと言われている。光の精霊自体、その発見例が少なく人目に触れることはない程だ。その精霊が自分の宿主に人間を選ぶ…これだけで、どれだけ光の精霊を持つ人間が重宝されるか分かるだろう。
その能力は、主に怪我の治療と穢れを払うことだと言われている。代名詞ともいえる治癒の力は凄まじく、上級者がその精霊の言霊を使えれば死者の蘇生も可能と謳われるほどである。その精霊を持つ者は大陸全土にある教会に仕える女性に多く、聖女として崇められている。
「…暖かい……メノール…か?」
…母の名前…
瞬間、マリヤに衝撃が走った。全く知らない他人から母親の名前がでるなんて、初めてのことであった。もしかして、居場所を知っているかもしれない…そんな期待が込み上げてきた。
「あなたは誰ですか?母の事を知っているんですか?」
「…母……まさか…君が………」
そう言って、カミンは閉じかけていた目を強引に開いた。
綺麗な青い髪……やっぱりアントラとメノールの娘だ……
「お願いですから答えてください!母は?どこにいるか知っていますか?」
どこにいる…かか、天国…だろうな。メノールはまさに聖女だったし、アントラは気のいい奴だ。二人仲良くやって…んだろ。
カミンは答える気力はすでになく、マリヤの必死の問いも虚しく意識を失った。普通だったら最早命はないだろう。それほどの大怪我…しかし、幸か不幸かマリヤにとってはやっと掴んだ母の手がかり…意識を集中させ、レイの力を最大限まで引き出し、なんとか命を繋げようと奮闘していた。
「意識は失ったままですが……後は近くの病院へ連れて処置してもらえば…けど、私一人では…」
今のマリヤの力では、火傷の傷を完全に癒すことは不可能だった。それでも十分応急処置の役目を果たしているが、まだ十分とは言えない。聖は今も気を失っているだろうし、メルシーを呼ぶにも治癒を止めこのままこの場を離れるわけにはいかなかった。八方塞がり…またも無力な自分に悲嘆にくれていたマリヤだったが、
「おーーーーーい!!カミンさーーん!!ターーーシャーーー!!!」
「この馬鹿兄!何でターシャお姉ちゃんを見捨てて逃げちゃうの!?」
「まだ言ってんのか?あの状況じゃあ、俺らは足手まといなんだよ。そもそも俺はお前をおいたらまた戻るつもりだったんだ。」
「そんなことどうでもいいの!ターシャお姉ちゃんが死んだら馬鹿兄のせいだからね!」
「あいつがそう簡単に死ぬか!って俺のせいかよ。ふぅ…とにかく無事でいてくれよ…」
何とかなりそうね…
一人安堵するマリヤだった。
やっっと長かったシザール戦闘が一段落しましたーー!!
こんなに長くなるとは…多分作者が一番驚いています。次回はすこしいろいろあったあとで、新章聖君の学校生活的なものをやりたいなぁ〜って思ってます!!メルシーの過去もいよいよ明らかになったり、お姫様が出てきたりと割と軽くて楽しそうだと思うんですが、読者の皆さんどうでしょうか??今までの感想やこれからについてぜひ一言お願いします!